【1回表】1球目

1989年5月20日、不二家に1つの小さな命が産声を上げた。不二家にとって3番目の女の子だった。娘が誕生した時、一族は口を揃えて「また女か・・・。」と言った。それもそのはずで、不二家の子供が3人とも女なのに加えて、現在の当主である父は姉2人の三人姉弟、祖父は戦争で他界し、祖母は女手1つで3人の子供を育ててきた。つまり、父以外女しかいないのである。さらに言うと、後妻で不二家に入った母は最初男の子を身籠っていた。『誠』という名前にすることまで決まっていたのに、流産してしまったのである。その後に出来たのが、神様の気まぐれか、何かの巡り合わせかまた女の子だった。不二家としては男の子を待ち望んでおり、一度はその希望が現実になっていたことも手伝い、私の性別は一家に祝福されたものではなかった。それを証拠に長女が男の子を出産した時、一家は「待望の男の子!」と心底歓んだ。

両親は娘に『真奈』と名付けた。この物語の主人公【私】である。真奈と名付けたのは、長女・次女とは【腹違い】という事実を考慮した両親の精一杯の気遣いで、姉妹仲良く育って欲しいと、長女『麻子』・次女『菜子』の頭文字を取ったという理由である。漢字が違うという突っ込みは、こと不二家において全く重要視されることはないので、心に留めておくことをお勧めする。

ちなみに長女と次女の名前が出たので、彼女達の出生児の話も少し触れておく。麻子の時は「待望の赤ちゃん!」であり、菜子の際には「ブサイクだけど大丈夫か?」だったことを私が中学生になった時、麻子が教えてくれた。

産まれてしばらくは、両親はもちろん、麻子、菜子、親戚に加えて、不二家が人の出入りが多かったこともあり、たくさんの人に抱っこしてもらった。眼鏡をかけていた父の影響で、私は眼鏡をかけない男性に免疫がなかったようで、不二家に出入りする男性は私に泣かれるまいと、伊達メガネを購入して訪問していた。

麻子と菜子に関しては、ないに等しいくらい【ぺちゃんこ】だった私の鼻を暇があればつまんで「高くなりますように!」と唱えていた。そのおかげで今では多少見れるレベルで鼻が存在する。それ以外でも麻子と現在の旦那さん『こんちゃん』や菜子と当時の彼氏とはたくさん歩き回り、それぞれの子供と勘違いされたエピソードや写真も残っている。


上記のように、端から見るとちょっと変わっている我が家だが、面倒なやり取りは私の知らないところで行われていたのか、私が見て見ぬ振りをする術を幼少期に身に付けたのか、30歳を過ぎるまで自分の家は普通だと思い込んでいたし、複雑なやり取りは何も知らなかった。


今でも実際に起きたことを全部は知らないし、知っていることも半分は聞いた話なので情景描写は妄想でしかない。それでも少しずつ紐解いて行こうじゃないか。まずは私を産んだ母の話から・・・。



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