第11話*デリアからの贈りもの

「ファナや、あんた私を仰天させて殺す気かい。とんでもない子だね、まったく。年寄りはもっといたわりな」


「むむぅ……」


 デリアの言葉に眉を寄せ、困ったとばかりに唸るしかないファナ。自分が町でやったことが非常識なことだと気付いていないファナは、なぜデリアがすでに町のことを知っているか? の方が気になっていた。


――ファナはメサリアの町から戻り、ママエリカを見つけるや、嬉々として町での出来事を興奮気味に話していた。綺麗な海。おいしい食べ物。記憶する限り初めて見る他の町……。エリカもそんなファナが可愛くてたまらず、ニコニコ顔で頷きながら話を聞いてあげていた。

 そんなところにデリアの付き人であるアルマがやってきて、デリアが呼んでいると、取るものも取り敢えず連れてこられたのである。もちろんエリカも当然のように付いてきたわけだが――。



 デリアは、口からでた呆れの言葉とは裏腹に、そのくせ面白くてたまらないといった表情を見せていた。


「だいたいの話はトマスとクリスから聞いたよ。だがね、あたしゃファナの口からちゃんと聞きたいのさ。おぬし、随分と変わった詠唱をしたらしいじゃないか? ちょいとそれを、じっくりとこのばばに聞かせてごらん。ほ~れ、ほれ」


 ちょっとからかっているようにもとれる調子のデリアだが、目だけは真剣である。横で様子を窺っていたエリカも、また何かやったのか? と、いぶかし気にファナを見る。ファナはその辺りの話をしようとしたところで連れ出されたのでエリカにはまだ話していなかった。そしてデリアにばらしたのがトマスとクリストバルであることを知り、自然とその頬は不満げにプクリと膨れ上がった。


――くっそぉ、トマスさんとクリスのおしゃべり! デリア様にはママに話してから、ママをご報告してもらうつもりだったのに――。


 ファナとしても多少はやらかした感を持っていたようで直接の報告は嫌らしい。


――それにしても、なにこれ? 私ってなにかいけないことしたのかな――。


 大人二人になかば問い詰められた感じになり、ファナは内心で大混乱である。笑顔がとても可愛らしいその顔も、今はちょっと涙目に変わりつつある。


「えっと、そのぉ……」


 ファナはとりあえずメサリアの町での置き引き事件の顛末を、時折り詰まりながらも思い出せる限りしっかりと話して聞かせるのだった。





「はぁ、聞けば聞くほど……、改めてとんでもない子だねぇ。教えても、見せてもいないのに詠唱をそんな風に扱って、実際使えているんだからね。周りを探った魔力の使い方といい……、いったいどこからそんな発想をもってきたのかねぇ」


「ほんとです。私のファナちゃんがお利巧さんなのはわかってましたけど、そんな聞いたこともない方法で詠唱を扱って、ちゃんと成功させるなんて! ファナすごい。さすが私とパパの子ね!」


 デリアの呆れ混じりの賛辞とエリカののろけ交じりの恥ずかしくなる誉め言葉に、難しい表情を見せていたファナの頬がゆるむ。それとともに、ファナの中の亨は考える。


――ひょっとして、俺やらかしてる? アニメとか漫画の発想から、多重詠唱っぽくやってみただけだし、探知なんか、もろレーダーのイメージだし……、それって普通じゃないっぽい?――


 どうやら自分がやったことがおかしいことにようやく気付いたファナの中の亨。この元日本の30歳男にしてオタクサラリーマン、にぶ過ぎである。


「よくお聞き、ファナ。まずはお主がやった、魔力を使った周りを探るための技術だがね。確かにそういう使い方はあるにはある。ただし、それはエリカが使っているようなワンド短杖を用いてだよ。ワンドにはね、ピオニー畜魔クリスタルが仕込んであって、そこに魔力を溜めこんでおいて、術を使うときはまずはそこから充てるもんなのさ。エリカ、ワンドを見せてお上げ」


「はい、デリア様。ほら、ファナ、あなたにはちょっと大きいけど、しっかり持ってね」


 デリアの言葉にエリカが腰に下げていたワンド短杖を取り出し、ファナに渡す。大人であるエリカ用に調整アレンジされているそれは、ファナには長すぎてもう普通に杖であり、可愛らしい小さな手では握ることすらままならず、両手でしっかり受け取る。ファナの中の亨は、自分の小ささ、成長の遅さに内心愕然とした。


「その先端に付いてるのがピオニーなのはわかるね?」

「うん!」


 ワンドの先には綺麗にカットし整えられたピオニーがしつらえてある。その色は自分の左目と同じ深みのある赤紫に染まっていた。


「うむ。ファナやよくお聞き。上等なワンドはね、それだけじゃなく、持ち手の部分、棒状になってるところの内部にまでピオニーが封入されているもんなのさ。つめ方はワンドを作る魔道具技士によってさまざまだけどね。エリカの物はとびっきりの業物だよ。杖の部分はオリハルコンで出来ているからピオニーとの相性も最適さね」


 デリアの言葉に手にしたワンドをじっくり見つめるファナ。鈍い光を帯びた淡い赤金色をし、上品な装飾がほどよく施されたワンドである。よく見れば、ピオニーとの接合部辺りに何かしらの文字が細かく刻んであるが、さすがに読めない。重さは片手でずっと持つには、今のファナには少々ツライところだ。けれどママエリカの魔力に染まったワンドは持っていてとても気持ちが安らぎ、不思議な充実感すら与えてくれて、まるでママに抱擁されているような気分になる。


「ほれほれ、エリカの魔力に酔ってるんじゃないよ。どうだいファナ、理解したかえ。ワンドは使い手の魔力を溜め、使いやすくするし、なにより保有魔気力が少ない者にでもそれなりに魔法が扱えるようになる優れものなのさ」


 ワンドを両腕で大事に抱えつつ、デリアにうなずくファナ。


「ファナにあたえたペンダントもピオニーであつらえたものだけどね、それはあくまで小さかったお主の魔力を落ち着かせるためのもの。ワンドとは目的が違うし、そもそも大した魔気容量マギアカパシートでもない。今のファナにはお守り程度のものでしかないね」


 それを聞き、思わず自分の胸元を見下ろすファナ。いつも胸に輝く赤紫ピオニーのペンダント。魔力を扱うときはいつもそれに手を添え、詠唱をつむいできた。4年間連れ添った、唯一ファナの物と言える大切なものである。


「よくもまぁ、それだけで、複雑な詠唱や、魔力の制御をしてきたものさね。改めて言っておくよ。ファナ、お前の体の魔気容量マギアカパシートはどんな大人よりもとても多く、魔気力マギアエーブラもその年では考えられないほどに強力だ。だからワンドも無しに、魔力垂れ流しで周囲の探知に使ったりも出来るんだろうさ……。だからこそ、魔力の扱いは慎重に丁寧に行わなきゃダメなんだよ。――まぁ、普通の魔法術士には真似したくとも絶対に無理だがね――」


 最後のぼそりとつぶやいた言葉はファナに届いているのかどうか?

 神妙な面持ちでデリアの話を聞いているファナからはそれは読み取れない。デリアは続ける。


「それからもう一つあったね。唱えた詠唱を保持し、次の詠唱を唱え、それも保持して、それぞれの効果を継続させたんだってねぇ。……一つの詠唱の効果を延長させる魔法は普通に使われているし、お主にも教えた。だがねぇ、それを複数、多重で魔法を維持し、次々種類を増やしていくなんて詠唱をされた日には話は別になってくるのさね……」


 デリアはその皺の重なった生きてきた歴史を感じさせる手をファナの小さな頭にのせ、優しく撫で始める。ファナは一瞬ビクリとするもののそれを受け入れ、まだ続きそうな話に耳を傾け、その色違いの目ヘテロクロミアでデリアを見つめる。


「うんうん、可愛いねぇ……。ほんにファナは素直でいい子だ。だからこそ、多重詠唱だったかえ、……それを使うには細心の注意をもってなさねばならぬ。今のいままでそのような詠唱は存在しておらなんだ。それに似たようなことをするのであれば、複数の術士を集めて行なわねばならぬだろうね」


 ファナの大きなまなこが驚きで大きく見開かれる。


「そしてそれは、例え最上級治癒術士エクストレーマたるアタシや、帝国の上級魔法術士アルティニベーラ、いや、皇帝直属の近衛魔法術士グラディーストとて扱うことかなわぬ、ピオニー赤紫の目持ち故の技となることを、しかと心得るがよい」


 見開かれたままのファナの目。そして今は可愛らしい小さな口もぽかーんと開け、放心状態なファナ。どうやら現実について行けていないようである。エリカはそんな可愛いファナを優しい目で見つめるものの、どこかその顔は寂し気だ。


――ま、マジか――。


 ファナの中の亨はそう思い心の中で唸る。まぁ多重詠唱なんていう、いかにも創造の産物、無くても不思議はないのかもしれない。そもそも魔法自体も不思議なものだが。それにしても自分だけが使えるなんてことを難しい言葉で言われれば、亨の中の厨二心が激しく揺さぶられ、放っておけばとても大変なことになりそうで……、必死に昂ろうとする気持ちを押さえつけるファナである。おかげでエリカの表情には気付けないでいた。


「ファナや、今後はこれを使うがいい。今のままではあやう過ぎるからねえ……」


 そう言って、後ろに控えていたアルマに目をやれば、彼女はそれを受け、大きなテントの片隅に数多くある収納箱の中から布でくるまれた細長い包みを取り出してきて、そのままファナに手渡した。

 受け取ったファナはデリアとママを交互に窺い見る。思いもよらなかったデリアからの贈りものにファナの気持ちはウキウキ気分が絶頂だ。


「包みを開けて見てみな」


 デリアがそう言い、エリカも頷く。


 やわらかい布で覆われた細長い贈りもの。ファナはほぼ中身を確信しながらもワクワクした気分を抑えきれず、それを解放するため、いそいそと小さな手を動かす。

 デリアとエリカ、そしてアルマも、そんな様子のファナを暖かい目で見つめる。


「……っ、うわぁ!」


 現れたのは予想たがわず、ワンドだった。作られたばかりであろうそれは、曇り一つない滑らかな表面を見せ、それを見つめるファナを映した。その色はエリカのワンド同様に赤金のにぶい輝きを見せ、材質がオリハルコンであることを嫌でも知らしめる。先端にはファナの拳より二回りほど小ぶりな美しい輝きを見せるピオニーがしつらえられ、ファナの魔力を受け入れることを今か今かと待ちわびているようである。杖の部分には先ほどのデリアの話からすれば、その内部にもピオニーが収められているのであろうことが窺えようというもの。ワンドの長さはファナの肘から手先くらいまでであり、太さはファナの小さな手でも十分に握れ、その重さも片手で問題なく振りまわせる程度に収められていた。


 総じてみれば、まさしくファナ専用と言うに相応ふさわしいものとなっていた。


 ファナはそのあまりの優美さと、余りにしっくりくるその造りに感動し、すでにその目には涙がたまりまくりである。


「……で、でり、デリアさまぁ~」


 泣きながらもデリアにお礼をしようとするも言葉にならず、ぞのまま抱き着きにかかったファナ。

 デリアはファナの突進を、多少よろけながらもしっかりと受け止め、撫でつける。


「ファナや。喜んでくれてアタシも嬉しいよ。良くできた可愛い弟子への師匠からの祝いの品だよ。……そいつは使わなきゃ宝の持ち腐れだからね、存分に使いたおしておあげ」


「……うん、うん、ありがと、ありがとう、デリア様っ!」


 泣き声で言葉をくぐもらせながらのファナのお礼に頭を撫でることで答え、しかし、最後に締めることも忘れないデリアはファナに告げた。


「多重詠唱を使うなとは言わぬよ。むしろ多くを修練し、その身体に技を刻み込むことこそ肝要やもしれぬからねえ……」

 

 デリアの言葉に、泣き顔から一転、神妙な面持ちになるファナ。


「ただしだ。いいかえ、ファナ。修練は良いが、むやみやたらと人の前でそれを見せることはおよし。この世には帝国が治世のために放った密告者が多くいる。それ以外だって、どこでお主のその技を見聞きし、それを良からぬことに利用しようとする輩がいないとは限らないからね。それを心にしっかり留めておくことさね」


「うん、わかった……、ううん、わかりました! デリア様に言われたこと忘れずに、しっかり修練します!」


 屈託のない、可愛らしい笑顔でデリアにそう答えたファナ。

 そんなファナを見てデリアを筆頭に、大人たち三人は本当にわかっているのか? と、不安が心をよぎることを抑えることが出来ないのだった。



 実際のところはファナ……、いやファナの中の亨も、内心びくびくしていた。


――密告者って何? 良からぬことってなによ? 奴隷? 奴隷にされちゃう? さらわれちゃうの? 撃退っ、撃退魔法用意しなきゃ!――


 亨の頭では、所詮こんなものである。


 しかし、この様子のわからない世界においてはアニメや漫画の見過ぎである……と、一概には言い切れないのがつらいところなのであった。

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