第10話*ファナ活躍し、やらかす?

「これすっごくおいしい!」


 屋台で買ってもらったエンパナーダミートパイを小さな口でモグモグしながら、嬉しそうにクリストバルたちに言うファナ。大きな餃子みたいな形をしたそれは、カリッと焼けたパイ生地の中に色んな具材がギッシリ詰まっていて食べ応えがある。港町らしくメインの具材はツナである。


「そうだろう、そうだろう。ほれファナちゃん、もっと食え。生ハムとチーズを一緒に食えば最高にうまいぞ!」

「うん、生ハムおいしそう!」


 マリオがひな鳥にエサを与えるがごとく、お猪口おちょこをちょっと大きくしたような器に入れられた屋台の食べ物ピンチョスをファナにあたえる。重ねてくるりと巻いて入れてある生ハムとチーズを豪快に手づかみでパクリと口に入れる。それを食べればまた、別の屋台からも買ってきては与えるマリオ。

 屋台での、いわゆるジャンクフードは塩っ気や濃厚な味付けのものが多く、山でのキャンプ生活ではなかなか食べられない中毒性のある味は、ファナの中の亨にとってはすでに遠くなってしまった元の世界を思い出させることもあり、小食のファナにしては珍しく食も進む。ちなみに器は返却かポイ捨てであり、なんともおおらかで、いい加減なものである。


「おいマリオ。お前いい加減にしろよな。ファナもあっさりなついてんじゃねぇよ。食いもんに釣られるなんて、お前はその辺の魔力に寄ってくる妖精か!」


 イラつき加減のクリストバルが我慢しきれずツッコミを入れる。


「何怒ってんだよ、クリス。トマスさん達も一息ついてるじゃねぇか。ずっと気を張ってても疲れるだろ? ほれ、ここにうるさく言うやつはなんていねぇ、一杯どうだ?」


 差し出されたのは良く冷やされた麦酒ビールである。一応アルコールはこの世界でも成人しないと飲めないことになっている。なって……いるらしい。成人は16歳。クリストバルは本来ならまだ飲めない。


「むぅ……、ビール麦酒か……」


 飲んでみたい。しかし、ファナの手前、自分がルールを破るのはどうかと、躊躇してしまうクリストバル。ちなみにマリオは一足早く成人し、世にはばかることなく飲酒可能だ。


「くははっ、冗談だよ。ほれ、これでも飲んで気分転換しな!」


 ビールと入れ替わりに差し出されたのは大き目のジョッキに入った、淡い黄色みのある透明な飲み物。中からとめどもなく気泡が湧きあがっているそれは、レモン果汁とハチミツの入ったソーダ水。亨知識的にはレモネードの炭酸割りといったところか。


 文句をあきらめたクリストバルは、屋台前で道を塞ぐように並べられた市場共用のテーブルの一部を陣取って、休憩することにする。もちろんカハール夫妻も目の前で買い出し品の確認をしつつ休憩をしている。周りを見れば、飲食や休憩で多くの人々が同じように席に着いて会話を楽しんでいる。

 荷車をトマスに渡したファナはクリストバルの横にちょこんと座った。マリオは差し出していたビールをそのまま飲みだす。最初からそのつもりだったようである。ファナはしっかりオレンジジュースを買ってもらって飲んでいる。果肉交じりのしぼりたてのジュースはちょっとすっぱいものの、とても濃厚で甘く、甘みの少ないキャンプ生活では味わえない市場での食べ歩きに、ファナは大いに満足感を覚える。


「ファナちゃんは可愛いなぁ。レクシーといい、エリカさんといい、クリスは美人に囲まれて羨ましいぜ。どうファナちゃん。山暮らしは小さな女の子には大変だろ? 俺んとこくれば、うまいもんいつでも腹いっぱい食えるし、海は最高に綺麗だし、なにより州都アリステリアまでうちの船なら2時間かからないんだぞ? おすすめだぜ、おすすめ!」


 マリオのどこまで本気かわからない熱心な言葉に、呆れながらも興味がわくファナ。思わず隣のクリストバルを見上げる。


「まったく、勝手にファナを勧誘しないでくれ! 俺が団長に殺されちまうわ! いや、エリカさんはもっと怖い……。やっべ、マリオ、おめぇ、もう死んだわ……。ああ、馬鹿だけど憎めないやつだった。半年くらいは忘れないでおいてやるぜ……」


「クリス、おまえってやつは、冷てぇな。つうかさ、それちょっとおおげさ過ぎと違う? なぁ?」

「ふははっ、マリオ。俺からもエリカにそう伝えておいてやろうか? こりゃ見ものだ。今晩の食堂でのいいネタになったな」


 横から参戦してきたトマスにまで突き放されるマリオ。


「そりゃないぜ、トマスの旦那! ああもう、ただの冗談じゃねぇかよ~、二人してからかわないでくれよ」


 口では困ったようなことを言いつつもマリオの愛嬌ある顔は、終始にやけたままである。3人なりの休憩時間のちょっとした余興といったところか。


「くくっ、それにだ、ここから州都まで船で2時間だと言ったが、山の採掘場から州都までだって2時間ちょいってところだ。ほれ、あまり変わらんぞ。どうする?」

「くぅ、めちゃ細かいな、旦那! さすがエレーラの台所番だぜ」


 まさかのトマス追撃である。クリストバルは、困るマリオを見てなんともいい顔をしている。


「あっ」


 そんな中、ファナが急に可愛くも素っ頓狂な声を上げた。


「どうしたファナ? トイレならほら、すぐ前が海だ。ドボンと入って垂れ流してこいや」


 クリストバルが女の子に対し最低な声を掛ける。ファナとファナの中の亨、どちらの感性的でもこいつはアウトである。日本ならセクハラで訴えられ、SNSにさらされて刎死ふんしするレベルでアウトである。


「クリス、死ねばいいのに……」


 ファナは色違いの目ヘテロクロミアでクリスをキッっと睨んで一言毒を吐き、胸のペンダントに手をやって集中を始める。


 ファナの毒舌に肩をすくませるも、空気の変化にすぐ気が付くクリストバル。

 

「守れ私たちの物、捕らえて留めろ――、プロテークティ^ラ_ニーアイ=キャプタード^フィクシーグ」


 ファナは目立たないよう、詠唱を小さな声で、それでもしっかりと唱える。


 直後、ファナたちのそばに置いてあった荷車近くで、大きな物音と共に勝手にイスが倒れる、などという不可思議な現象が起きる。


「ぐあっ、な、なんだこれはっ!」


 更には、男のうめき声と驚きの声がしたものの、辺りにそれらしき姿が見えない。

 周りの客も大きな物音と、急に聞こえた男に声に驚き、キョロキョロと辺りを見渡している。


「こいつ、やる。思ったより……、強い」


 そうつぶやくと再び詠唱を唱える。ここに来て、クリストバルとマリオはファナから滲み出る魔力の圧を感じ、目をみはった。しかし、ここに師匠であるデリアがいれば別のことを言うだろう。体から魔力を漏らし、他人に感知させているようではまだまだだと……。


「やっぱ、赤紫の色ピオニー持ちはすげぇわ……」


 マリオがつぶやく。


「捕らえて留めろ――、キャプタード^フィクシーグ」

{保持1つ――、テナード^ウーヌ}

「乱れろ魔気力、姿を表せ――、マレスティーミ^マギアエーブラ=アベーロ^エルメーツ」

{保持2つ――、テナード^ドゥ}

「このっ、私に屈服しろっ!=ミィ^エンスペーゾっ!」


 一息に詠唱を唱え切ったファナ。

 今までにない長く不思議な詠唱に戸惑いの表情を見せるクリストバル。


「く、くっそ、何だ、こ、これはぁ……」


 先ほどの声を発した男が、誰も居なかったはずのその場所に、まるで蜃気楼がごとく揺ら揺らと……、次第にその姿を現す。現れたのはどこにでもいそうな中肉中背の冴えなさそうな男である。

 その懐には採掘場で使うための照明の魔道具を収めたケースをかかえている。暗い坑道では必需品となるもので、壊したものと置き換えの為、今回新たに3セット購入していた。照明の魔道具、魔灯は、特に希少価値があるものでもないが、そうは言っても魔道具。一個人が購入するにはそれなりに値が張る代物ではある。どんな町にも一軒は魔道具を扱う店があるもので、ファナの中の亨的には日本にもある町の電気屋さんみたいなものかと、変な納得をしたものだった。


「てんめぇ、置き引きかよ! 無駄に手の込んだ盗みやりやがって。そんな特技あんなら他にやれることもあるだろうがよ~」


 姿を現した男に吠えるマリオ。


「うっせえ、ガキにとやかく言われる筋合いはねぇ! くっそ、ついてねぇぜ。一体どうなってやがんだ。いきなり体が動かなくなったかと思えば、自分の魔力マギオなのに流れが全然つかめなくなりやがって……」

「お前が知る必要なんてねぇんだよっ、おっさん! 自警団の詰め所にぶち込んでやるから、観念しやがれ。ここの自警団は州都の治安維持部隊ウィギレスに仕込まれてるからな。脱走できるなんて甘い考え起こすんじゃないぜ~」


 置き引き犯の男と掛け合いをしながらもマリオが手早く、男の手首を腰に下げていたロープで後ろ手に縛る。変に魔法など使われてはたまらないと、口にも見るからに汚れたタオルを突っ込み、目隠しまでする執拗さ。おちゃらけているようで案外しっかりしているのかもと、マリオのことをちょっと見直すファナである。散々食べ物を奢ってもらいながらそんなことを思っているファナは、将来は小悪魔的な娘になるのかも知れない?


「解呪――、ソールヴォ」


 とりあえずもう安心かと、魔法を解くファナ。放っておいてもいずれ解けるがマリオが扱いにくかろうと気を利かせた。


 置き引き犯を引き連れ、自警団詰め所に向かったマリオを見送るクリストバル。周りで事の成り行きを見守っていた客も一緒になって歓声をあげて見送っていた。なんともノリの良い人々である。


 身内だけになったファナたち。

 再びテーブルについてファナに対する尋問が始まった。


「おいファナ。さっきの魔法ちょっと変わってなかったか? あんな風な詠唱、俺、初めて聞いたぜ。ま、そんなに知ってるわけじゃないけどさ」

「いや、俺も初めてだ。マリサはどうだ?」

「すまないけど、私にはよく聞き取れなかったよ。でもなんだい? 何か問題でもあるのかい? こんな小さい子捕まえて問い詰めるなんて感心しないねぇ」


 そんな大人たち、――いやクリストバルはまだ大人ではないが――、を上目でうかがいい見つつメンドクサイことになったなと、心の中でため息をつくファナ。だいたい私は12歳で小さい子ではない! などと憤ったりもしていた。もちろん空気を読んでそんな発言はしない。


「あの詠唱は私が自分で考えた。詠唱繋げていくのは疲れるし、何度も同じこと言わなきゃだし、すぐ効果切れちゃうから、楽に複数の詠唱使うやり方ないか考えたらああなった」


 ――ファナの中の厨二とおる的にはあれは、漫画とかアニメでおなじみ、魔法陣がいくつも浮かぶ多重詠唱というやつからイメージしたものである。魔法陣が出ないのが残念と思ってる厨二とおる、自分がいかにすごいことをやってのけたか気付いていない、享年たぶん30歳のオタクである――。


 ファナの発現に驚くクリストバルとトマス。二人とも身体強化しか能のない、術士のことなどほとんどわからない門外漢である。マリサは多少使えるものの肝心の詠唱を聞いていない。


「じゃあ、それは置いといて、なんであの男が魔灯を持ち出したことに気付いたんだ? こう言っちゃなんだが俺だって警戒はしてたつもりだ。だがあの男は魔力の圧を完全に消し去っていた。駄々洩れなお前と違って全く漏れてなかった。良ければ教えて欲しいもんだ」


 クリストバルが本当に不思議そうにファナに聞く。それはトマスも同じである。いや、クリストバル以上にそう思っている。台所番で年齢的にも衰えが見えてきたとしても、実力はまだ子供のクリストバルには負けないという自負がある。


「ああ、あれはねぇ……」


 魔力をレーダーみたいに波として出して周囲を探知してたと言えれば楽なのに……、と思うファナであるが亨的知識のないこの世界の人間にそれを説明することは難しい。


――ファナは気付いてないが、今回のような使い方は有り余る魔気力マギアエーブラを持つファナだからこそ出来ることで、普通の魔法術士に同じことが出来るかと問えば、はなはだ疑問である――。


 悩みだしたファナを見て、ここで聞き出すのは無理かとあきらめるクリストバルとトマス。その役はデリア様なりアルマさんに任すことにする。




 そんなこんなで色々あった買い出しご一行様であったが、無事帰途に着くことができたのである。


 ちなみにディーノはちゃっかり馬車に戻って来ていて、荷馬車の番を押し付けられていた警護の二人共々、なぜかニコニコと機嫌のよいのを見て、一人不思議がるファナが居るのだった。



 大人は何も教えてくれない。


 そうぶつくさつぶやくファナは遠目から見る限り、とても可愛らしい女の子が頬を膨らませて拗ねているように見え、疲れた大人たちはとても癒されたのは余談である。


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