第9話*初めてのメサリア散策

 荷馬車を町の広場の駐車場ちゅうしゃばに止め、警護に残る二人に飼い葉を頼み、意気揚々と買い物に繰り出すファナたち。まぁ、元気が有り余っているのはファナだけかもしれない、というかファナだけだ。そんなファナは、一応仕事として荷車引きの役をもらっていた。まぁ、いつまでもつか、おなぐさみである。

 平地が極端に少ない迷路のような町、メサリアだが、広場を歩き出して早々、装飾の彫刻がされた石造りの土台の上に高くそびえる、真っ白な石の塔が目に飛び込んできた。平屋や二階建てが多くを占める家々の屋根をたやすく見下ろせる、上に行くほど細くなる四角柱のそれは、ファナの主観だと20mは下らない高さがありそうで、ファナの中の亨的には久しぶりに見る大きな建造物である。


「ねぇ、クリス。これって何?」

「何って、塔だろ。でっけぇな」


 そんなことは見たらわかる。聞きたいのはそんなことじゃない。ファナは、何回か来てるはずなのに役立たずなクリストバルを憮然とした表情で見つめる。


「ファナ、それはオベリスクだ。ローマ帝国の統治下にある都市や町なら必ずあるものさ。ローマ神教の象徴であり、皇帝さまの威信を示す大事な石柱だ。てっぺんにグリュプス鷲獅子の像があるのがわかるか? グリュプスは皇帝さまの紋章だからな。あれな、オリハルコン製なんだぞ。それにほれ、柱の側面に御名みなが刻んであるだろう? ……だから、くれぐれも不埒なことしないでくれよ」


 会話に入ってきたトマスの説明で納得のファナ。まぁ、ファナの中のオタク亨的にはオリハルコンとグリュプスという言葉だけで、もうワクワクである。オリハルコンもそうだが、何よりグリュプス。グリフォンとも言う、わしの頭にライオンの胴、背には大きな翼を持つ幻獣である!


「トマスさん、グリュプス見たことある? ねぇ、ある?」


 オベリスク象徴の石柱そっちのけで、幻獣に頭が行ったファナ。トマスは困った子だと思いながらも答える。


「残念ながら俺も見たことは無いな。エリカならじっか……、いや、そ、そうだな、この辺りだと黒海を越えた東、更に奥に入ったコーカサス山脈のどこかにいると聞くな。グリュプスは金とか貴金属が大好きだからな、鉱脈のあるところに巣を作って、そこに集めてきた宝をため込むらしいぞ」


「トマスのおっさん、それマジ? じゃあ、巣にいるそいつを確保できれば二重にうまい話になるじゃないか!」


 市場に向けて歩きながらも、クリストバルが興奮してトマスにまくし立てる。


「クリス。馬鹿お言いでないよ。グリュプスは恐ろしく強くて危険な幻獣だよ? 皇帝さまの紋章に使われるくらいなんだ、あんたにどうこう出来る代物じゃないんだよ。それよりほらほら、さっさと護衛の仕事しな。のんびりしてたら日が暮れちまうよ!」


「うへっ、わかった、わかったって。まっ将来の楽しみに取っておくわ」


 マリサにくぎを刺され、そう言って肩をすくめ引き下がるクリストバル。ファナも慌ててクリストバルに追従する。触らぬマリサにたたりなしである。


 脱線したが、そんな広場を起点に海沿いに細長く道が伸びていて、そこに沿うように市場も開かれているため、目的地は探すまでもない。

 市場は、生鮮品を売る店で溢れ、他にも各種専門店やバルbarなどものきを並べる。更には、腸詰や、生ハムなど色々な食べ物の屋台が多数出ていて、細長い海辺の町は、商いをする人はもちろん、買い物や食事に来る人など、多くの人々でごった返していた。


 しかしファナ的には、それよりもなによりも、目の前に広がる海である。道の端からいきなり海なのだ。これなら先ほどのオベリスクは、遠くの船からでもさぞや良く見えることだろう。

 店の軒先のきさきから日よけのオーニングが伸びているところも多いが、道幅が狭いところだと、先端が岸壁に届いているところもあって、これ、嵐の時とかどうなるんだろう? とか、余計な心配までしてしまうファナである。

 岸壁には所々に桟橋さんばしが伸びていて、そこには大小の漁船、ヨットから手漕ぎボートまで、小さい町にもかかわらず、数多く係留されている。多くの船はみな帆船か手漕ぎであり、動力を用いた船は、少なくともここには存在しないようである。

 高い透明度を見せる綺麗な海は、船の影が落ちる白い砂の海底まで日差しが通り、波に揺れ、屈折した光が様々な輝きを見せファナの目を楽しませてくれる。よく見れば、色んな種類の小さい魚たちが群れを成して泳いでいたりして、このまま飛び込んでしまいたい気分に駆られてしまう。


「おいファナ、いくら珍しいからってのぞきこみすぎて海に落ちるんじゃないぞ? ま、それはそれで面白いけどな」

「むー、私そんなドジじゃないし。クリスこそ、言ってなかったっけ? ここのお水、体が浮くって。それ、今見せくれたらちょうどいいね。ほらっ、見せて、見せて~」


 さも海を見たのが初めてな風を装うファナが、クリストバルをからかう。そのにやけた表情は、可愛い顔もだいなしである。


「ちっ、おまえ、だんだん言うことが生意気になってきてない? これもレクシーのせいなのかね。ついさっきまで、今にも死にそ~って顔してたのになぁ、調子いいぜほんと」

「あ、もう、それ言わないで~。私、気付いたんだもん。帰りは魔法で酔わないようにするから、もう二度とあんな姿は見せないんだから!」

「くくっ、そっかそっか。ぜひそう願いたいもんだ」


 そんなたわいもない会話をしながら、買い物を始めているカハール夫婦の後を付いて行く二人。野菜や果物、海鮮類など、色々な店に入っては値引き交渉をするトマスたち。その姿はいかにも慣れた様子であり、頼もしく感じる。

 が、ファナの中の亨的には、売られている食材は元の世界でも見た記憶があるものばかりで、イマイチ面白みに欠けた。もちろん直接見たことは無いのだけれど情報としては知っていたので、正直すぐに飽きてきた。そもそもローマ通貨の扱い自体が謎。時に物々交換を織り交ぜながらの買い物交渉はファナにはまだ敷居が高過ぎである。


「なんだファナ。あれだけ楽しみにしてたのに随分つまらなさそうな顔してるじゃないか。やっぱ子供が買い出しについて来るなんて無理あったかー」


 からかい口調でそう言ってくるクリストバル。

 それに言い返そうとファナが口を開きかけたところで、クリストバルが真剣な表情を見せる。


「む、まずい奴が来やがった……」


 クリストバルの見る方向にファナも顔を向けようとするが、クリストバルに強引に止められた。


「お前は見るな。俺の後ろに回って目立たないようにしてるんだ。出来ればマリサさんに引っ付いてた方がいいんだがなぁ、もう無理か……」


「おい、クリスじゃないか! 久しぶりだな。なんだ……、今日はレクシーは居ないのか? だめじゃないか、ちゃんと連れてこないと」


 声を掛けてきたのはクリストバルに負けず劣らずの上背を持つ、見事なまでに赤い髪を短いながらツンツンに立てている、イケメンとはいえないものの愛嬌のある顔をした男である。日に焼けて真っ黒なその男は、服の上からでもわかる、引き締まった体をしていて、いかにも腕っぷしが強そうである。


 そんな男とクリストバルは、お互い強い視線で睨み合ったままである。


「マリオ……」

「クリス……」

「「…………」」


 突然ニカッと笑顔になる二人。


「「よぅ! 久しぶりだな!」」


 そう挨拶を交わし、ハイタッチやら、拳を突き合わせるやら、腕を交差させるやら……、何とも変なルールにのっとった激しい挨拶を交わしている二人。ファナはもう唖然というか、呆れた顔をしてそんな二人を見つめていた。

 どうやら知り合いのようである。それにしてもそれならなぜ、自分のことを隠そうとしたのか……? 余り理由を知りたくないと思うファナなのである。


「おいクリス。その子なんだ? 随分小さいけどお前の妹か? そんな子いたのか?」


 早速、クリストバルの後ろにちょこんと立つファナに気付いた様子。つばの広い麦わら帽を深くかぶったファナの顔を、いきなり覗き込もうとする。


「違う! こいつは団長の娘だ。お前がちょっかいだしていい子じゃねぇし」


 そう言いながら、それを阻止するクリストバル。


「なんだクリス。固ぇこと言うなよ。団長って、ウーゴさんか。あんなごつくって怖い人にこんな小さい娘、いたのか。へぇ~」


 そして懲りずに、またのぞき込もうとするマリオ。意地でも防ごうとするクリストバル。その攻防がしばらく続いた。


 ファナは何この茶番、メンドクサイと思い、もういいやとばかりに前に出た。


「初めまして。ファナ・エレーラです。です! パパのこと知ってるんだ? これからもたまに来ると思うからよろしくね、お兄さん」


 麦わら帽を脱ぎ、ちゃんと相手を見て可愛いらしい声で挨拶するファナ。小さい子じゃないとばかりに歳を強調した。


 隠れていたファナに、まさかちゃんと挨拶されると思っていなかったマリオは逆にたじろいだ。


「うぉ、お、おう、よろしくな、ファ、ファナちゃん? 俺はクリスのダチのマリオだ」


 そう返しながらもマリオの黒味がかった赤い目はみるみる大きく見開かれ、しばし呆然とした表情でファナを見つめる。


 赤紫とエメラルドグリーンの色違いの目ヘテロクロミアで興味津々にマリオを見てくるファナの容貌。それに加え、綺麗な銀髪のお下げ髪ツインテールにも関わらず、頬に垂れるおくれ毛が見せる色は、赤紫。その左目と垂れ下がった髪は見事な魔畜クリスタルピオニーの色を見せていた。


 クリストバルは、一瞬しまったとばかりに手で自らの顔をおおうが、大きくため息一つついてから、あきらめ顔で一言いう。


「おい、マリオ。このことは他言無用だぞ。別に絶対に隠したいって訳じゃないが、見せびらかすつもりも毛頭ない。目立つのは御免だ。頼むぜほんとに」


 言葉と共に、ファナが手に持っていた麦わら帽を奪い取って、乱雑にファナの頭にかぽりとかぶせ直す。乱暴な被せ方に文句を言おうとクリストバルを見上げるも、逆に睨まれシュンとするファナ。まぁ、自業自得である。


「くくっ、面白れぇな、お前ら。……しかしまぁ、その色はすげぇな。下手に手出ししたらそいつのほうがやべぇんじゃねぇの? とは言え、わかった。他言はしねぇ、まかせとけ! 俺の口はとても堅いって有名なんだぜ。と一緒でな!」


「なっ、て、てめえ、ファナの前で何てこと言ってんだよ!」

「お、悪い悪い。小さい女の子にはまだ早かったか。そうだな、少なくとも3年、いや5年は必要か? それくらいになったら一緒に遊ぼ……っ、ふがっ」


 マリオの口にクリストバルの腰に下げられていた皮手袋が突っ込まれていた。年季の入ったそれはさぞや……。目を白黒させたマリオに更に言うクリストバル。


「お前はファナを、二度と見るな、触るな、近寄るな! ファナがはらむわっ!」


「は、はら、はら……む……」


 その言葉をとっさに飲み込めないファナ。

 理解とともに顔が朱に染まった。


「んな訳あるかい! 俺はお前んとこのディーノさんと違うわ!」


 市場を行きかう人々で騒がしい中、そんな喧騒にも負けない二人の掛け合いはしばらく続いたとか続かなかったとか……。


 ファナのメサリア散策は、そうやって知り合ったマリオも勝手に加わって、更に楽しいものになっていくのだった。

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