第7話*ファナの日々

「クリス、そっち行ったっ、お願い!」

「まかせろ!」


 ファナたちは今日も日課である狩りのため、森に入っていた。役割はファナが魔法による獲物の探索(もちろん先頃も行った治癒も含まれる)、それを受けての、まずはアレクシアの弓での射撃。それで仕留められれば良し、討ち漏らし、手負いとなったならクリストバルが引き継いで仕留める流れだ。

 後は地道に罠による捕獲もやる。設置は皆でやるが、確認役は主にファナだ。捕らわれた獲物の止めを刺すことに最初は非常に躊躇ちゅうちょし、クリストバルに苦笑いと共に頭をポンポンされたのは忘れたい思い出だ。団員たちが生きるためには必要なことであり、今ではもう割り切ったつもりなファナである。


 アレクシアの射掛けで傷を負ったものの、手負いの獣は反撃に出てきた。逃げることが多いが、時折りこうして反撃に出てくることもあるので危険度はそれなりに高い。今回の場合、相手は大猪のようであるが、とおるの知識にあるものより一回りは大きい。ファナは思わずコクリとつばをのみ込む。


――これまでの経験からこの世界の生き物は亨の生きた世界と同じものも居るが、それ以上に違うことの方が多い。野鳥や大小の野生の獣……、ここまではまだいい。更には魔獣、そして幻獣という存在がいるのである。またもファンタジー要素満載の生き物だ。

 魔獣――。特に魔力を強く持った獣がそれになるといわれるが、大型化したものは非常に強力で危険度も高い。種類も獣から変化することから多種多様で、新種が毎年のように現れるようである。変化の仕組みについてはまだまだ謎が多く、解明されていない。

 ……あとは幻獣だが、これは亨の世界でも神話や物語の中には登場したが、ここでは実際に。まぁ、妖精が居るのである、幻獣だって居てもおかしくないよね……、などと自身に言い聞かせるしかないファナの中の亨である。

 アトランティス島のカルデラ湖中央に浮かぶ、現在も尚、活動を続ける噴火口のあるコリオス島周辺には、ドラゴンやワイバーンが住まうと聞いている。一度見てみたいと思うのは亨の厨二心がゆえか? いずれにせよ、今のファナにはそこに行くすべはない。まぁ、そのうち何かしら目にする機会もあるだろうと、気長に待つ気のファナである――。


「ほらよっ、うまくかれよー!」


 三つの尖ったおもりつなげたロープからなる武器を、魔力を込めつつ頭上で廻していたクリストバルが、タイミングを見計らって投擲とうてきする。魔力である程度飛び方の操作が出来るというそれは、唸りをあげすさまじい遠心力による回転を伴って獲物に襲い掛かった。


「ぎゅびぃー」


 見事前足を絡めとられた大猪は、ファナたちの方に向かい突進してきた勢いそのままに、もんどりうって巨体をその場に倒れ込ませた。そこにすかさず駆け寄ったクリストバルが、暴れる大猪をものともせず、腰に差したショートソードでとどめを刺す。


「よし、今日の狩りもこれで終了だな! キャンプに戻ろうぜ」

「もうクリス、まだ後始末があるでしょ、面倒がらずにちゃんとやってよね!」

「へいへい、わかってますって、レクシー。ファナたのまぁ」


 注意はされたものの、すでに血抜き作業を始めているクリストバルがファナにう。


「は~い、わかった」


 嫌な顔も見せず素直に従うファナ。これもいい鍛錬たんれんだ。やることは魔法による浄化と、保存処理である。


「洗浄せよ異物、乾かして浄化――、ラーヴォ^エクステランダ_アフェーロ=スェーカ^プリーグォ」


 本来なら吊り下げたいところだが、重すぎてそれも出来ないため、運搬用のソリに乗せられた大猪。詠唱と共に現れた淡い光が、それを覆い隠すように広がっていく。


「おおぅ、いつもより詠唱が長いな。一発で決める気だな、ファナ」

「うん、連続の詠唱の許可もらった。これからはどんどん複雑なのもやる!」


 一心不乱に魔法を行使し続けるファナ。そんなファナに優しい視線を送るクリストバルとアレクシア。


 やがてその光が収まり、現れたのは小ぎれいになった大猪。流れていた血は跡形もなく消え、土や体液で汚れた体も清潔な状態になっていた。見えないが、皮膚に巣くうダニや蛭なども一掃されている。


「おお~、成功か? やるな、ファナ。ここまでやれりゃあ、もう一人前の支援魔法術士だな」


 その一言にファナがヘテロクロミアの目でキッとにらむ。だが幼く可愛い顔に全く迫力はなく、ただいやされるだけである。


「わお、すまんすまん、お前が目指すのはオールラウンダーだもんな。支援や、治癒だけにゃ留まりたくねぇってんだからなぁ、大きく出たもんだぜ」

「ファナちゃんなら大丈夫だよね~、私も頑張らなきゃだ!」


 アレクシアがファナをよしよしと撫でつけ、つられてファナの頭がゆらゆら振れる。にもかかわらずファナの集中はまだまだ続いていた。


「冷やせ対象、継続せよ効果――、マルヴァール^セーロ=ダウリーグ^エフェークト」


 大猪の表面が一瞬ほのかな光を帯び、それが消えればそこには冷気を伴い、固く凍りついた大猪。ファナはそれをクリっと大きな目を更に見開き見つめる。驚きにその小さな口がぽかぁんと開いている。


「あちゃ~、ファナ。お前、これはちょっとやりすぎだな……」


 そう言いながら大猪を指先でたたくクリストバル。そこからは『カツンカツン』と生き物だったものからは出てはいけない音がする。

 ファナが狙ったのは凍るか凍らないかのギリギリライン。しかるに結果は完全な凍結。釘を打てる固さは言い過ぎにしても普通に硬く凍っている。確実に魔力の通しすぎである。


「ま、まぁ、仕方ないよね~。でもいいじゃない、冷えてるんだから結果は一緒でしょ? もう、クリスったら、細かいこと言わないでいいのよっ」


 アレクシアがそう言ってクリストバルの背中を盛大に叩き、ファナをその大きな双丘に抱き寄せる。ファナの顔が見事にそれに包まれる。ファナの中の亨はさすがにもう色々慣れっこで、どちらかと言えば息苦しいからやめて欲しいと思っていたりするのだが……、クリストバルはうらやましくてたまらない。それをチラ見しては鼻の下を伸ばす。この時ばかりは思春期真っただ中のエロ少年でだった。


「むむぅ……、ごめんなさい……。次は失敗、しない!」

「あははっ、ま、いいさいいさ。ファナでも失敗するのがわかって、俺は安心したぜ! 次は頑張れ、な!」

「うん!」


 失敗しながら……、それでもくじけるどころか、次こそはと、気合を入れるファナなのだった。




 ファナが亨としての記憶を思い出してから4年。

 その間、色々勉強して知識は得ていたものの、外の世界を見たことも、州都アリステリアに行ったこともまだ無い。小さかったファナは、採掘場での一件もあり、危険の多い外には連れて行ってもらえなかったのである。ファナの世界はエレーラ採掘団のキャンプ周辺、後は時折りやってくる仲買人や商人らとの交流がすべてだった。


 しかしそれもファナのたゆまぬ努力、ウーゴとエリカへの諦めない交渉が実を結び、ついに買い出しに出る最寄りの小さな町になら出ることが許されることになった。ただし最寄りと言っても片道一時間程の道のり。結構遠い。しかも亨のいた現代日本とは程遠い環境。舗装もされておらず、当然のことながら山間やまあいを縫うように走る道中は危険が多い。

 移動手段は馬車である。団員は20名足らずとはいえ、買い出しに使うのは荷物を大量に積み込む必要性から二頭立ての大型の荷馬車ワゴンが使われていて、その前後を警護の団員たちが馬で付く。買い出し要員として、トマス・カハールと妻のマリサ。団の雑務と食事を担当する中年の夫婦であり、ファナはおまけである。警護団員は一人が荷物運びでファナたちに付いてくる手筈てはずで、今回はクリストバルがその役目を負う。


 ちなみにこの世界、時間はきちんと24時間、1年は12ヶ月の365日とする太陽暦が用いられ、時計も存在した。ゼンマイ式の懐中時計はマネージャーのロレンソがいつも自慢する逸品である。こよみの名はユリウス暦で、現在は1896年だそうだ。聞いてもそれが何? 状態で、つくづくこの世界の文明の度合いがわからないファナの中の亨である。


「おーい、ファナ。具合はどうだ?」

「はうぅ……」

「くははっ、天下のファナ様にも苦手なものがあったか! レクシーにいい土産話ができたぜ」


 ファナはクリストバルの前に座らせてもらったものの、力なくうなだれ、馬のたてがみを弱々しくなでる。


 そう、彼女は絶賛馬車酔い中なのである。


 ちょっと心配げなエリカママに送り出され、買い出し部隊と共に意気揚々と出掛け、しばらくは乗り慣れぬ馬車にはしゃぎ、見慣れぬ景色に興奮していた。

 が、それも最初の数十分だけ。そこからは馬車のすさまじいばかりの揺れに一気に酔いがまわってしまったファナである。一応サスペンションの付いたそれなりに装備の良い馬車なのだが、何しろ道が悪すぎた。上下左右、時折りジャンプも混ざるその恐ろしい揺れ。日本の整備が行き届いた舗装路しか走った記憶がない亨。もちろんファナ自身も乗り物の記憶などない。酔わないほうがおかしいのである。


「み、みんなどうして、平気……、なの……」

「慣れさね、慣れ。ほらファナ、外でも見て気を逸らしな。ちょっとは楽になるかもよ」


 息も絶え絶えなファナの問いに、そう答えつつも同乗しているトマスとマリサは、ただ笑うのみだ。ハッキリ言って人ごと。子供とは言え仕事で来ているのだ。甘くはしない。それに、こればかりはほんとうに慣れるしかない。とは言ってもファナならば魔法で改善と言う手もあるはずなのだが……、今のファナにそんなことに考えが回る余裕もなく、マリサたちだって魔法の知識なんてない。


 窓から顔と腕をだらりと出して、うな垂れているファナを見かねたクリスが外の空気吸えと、馬上に乗せ今に至る。馬も揺れるが、外の空気に触れ、流れる景色を見れば、気分も変わろうというものか?


 町まであと数十分。

 ファナの苦しみはしばらく続くようである。

 

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