第6話*ファナの夢
自分の居る場所がアトランティスで、しかもローマ帝国の属州だ……などという衝撃的な事実を聞いて、早ひと月が経った。
日々暮らしていく中で、ママやデリア様、それにアルマさんにも少しずつ教えを乞い、この世界の知識を蓄える努力をたくさんした。亨の記憶にある、まじめな日本のサラリーマンらしく頑張った。知らなかった文字も普通に読み書きできるくらいまでは教えてもらった。亨の記憶はすごく頼りになり、覚えることは楽しかった。などとファナはすでに懐かし気に思い返す。
引く手あまたなエリカやデリアにはなかなか相手してもらえず、アルマに教えてもらうことも多かったが、アルマはすごく物知りありで、文字以外のことでも多くのことを教えてもらえた。
会話だけだと気付けなかったが、ラテン文字(ローマ字)というものに類する文字体系だったようだ。ローマ帝国と関係が深い文字らく、その辺りはうろ覚えの亨の知識の中にもあった。
あと……、やはり亨はファナとして生まれ変わっていた。
――小説や漫画というもの、お話みたいに
時間と共に落ち着いていき、亨としての記憶とファナの記憶がうまく馴染んで、結局私は私。ファナなんだ……と再認識が出来たのだった。
ありがち? だけど、頭を強く打った時に前世である亨の記憶が甦ったということらしい。
混乱してしまったのは、――ファナより亨として生きていた時間の方が長い分、どうしてもその人格が強く出てしまったたんだろ――と、ファナの中の亨は思っている。
ということで……、
――私はこれからもちゃんとファナで生きていけるよ!――
ファナはそう自分の中でそう宣言していた。
――などと、色々心の葛藤もあり、亨の気持ちに引きずられながらも、ファナだってこの世界を知りたいという思いは有り、二人分の熱い思いでこのひと月の間、頑張ってこれたのである。
亨はあの日の晩、就寝し、そのまま帰らぬ人となったのだろうけれど、あの世界とこの世界、似て非なる世界であるようだ。亨雑学知識的には異世界と言うよりはパラレルワールドという言葉の方がしっくりくると考えている。今居るここが死んだ後の未来の世界とは思えず、かといって過去に戻ったのか? と言えば、現状を当てはめてみても絶対違うと断言できる。
魔力。その存在が決定的に違うのである。このファンタジーも真っ青な力。魔法が使えるこの世界。亨が生きていた世界とは絶対違う。それにアトランティスなんて亨の世界では夢物語だった。実在してる時点で、これも確実に違うと言える。
ファナは思った。大きくなったらこの世界を知る旅に出たいと。まぁ旅が実現できるかどうかはともかく、知識を得たいと思った。どんな世界が広がっているか知りたいと思った。こんなこと、亨の記憶を思い出さなければ考えもしなかっただろう。
亨の心を得たことによる好奇心からくる、無謀ともいえる夢を、8歳とまだ幼いがゆえに、ファナは愚直に、ただ真っすぐな心で、それを実現するために頑張り出すのだった。
――アトランティス島は、アトランティス帝国の成れの果てであるアトランティス
エレーラ採掘団は、弧の内側中央沿いに広がるアリステリアの街から、馬車で二時間ほど奥地に入った山地にある鉱床で畜魔クリスタルを採掘することを生業とする
12歳になったファナは一般的な勉強は当然しっかりやっているが、それ以上に魔法をすさまじいばかりに頑張っていた。
亨の記憶にあるエセ魔法知識は案外馬鹿にならず、有効であったことには苦笑したものだったが、ファナはその知識を十全に使い、普通の人よりも格段に多いという魔力の更なる強化・向上に努めた。魔力アップの修練に励む中、何度か気絶しているところをママに見つかっては叱られ、しまいには呆れられ、外では絶対にやらないことを条件に許可を得たほどだ。
この歳にして、もはや帝国上級魔法術士ですらかなわないほど強い
その実力をもとに、パパとママに団の仕事を手伝う許可を取り付けることにも成功していて、将来の夢に向け、着々とその下地作りに精を出しているファナだった――。
「くぅ~、いっつつぅ、やばいなこれ。けっこう深く裂かれちまったけど……、いけるか?」
「うん、これくらいなら大丈夫、まかせて」
キャンプ地周辺の、それほど深くはない森の中。ここ最近、食料確保の狩りに付いて行っているファナである。
この日、大型獣の反撃を食らって腕に負った深い裂傷を、苦痛の表情を浮かべつつファナに見せているのは、三つ年上の少年で、名はクリストバル。
採掘団の副団長、ルイス・シルヴァの息子で、細身だが引き締まった
小さなファナより頭一つ半は背が高く、いつもファナの頭をグリグリ撫でてくるのがウザい。亨の心境からするとしゃくではあるが、まぁ、かなりイケメンな部類の爆発案件野郎である。
「まったく、いくら慣れてるっていっても相手も必死なんだから、油断すればそうなるのも当然だし!
こうお説教を垂れつつ、心配げに腕の傷を見ているのはアレクシア・ナダル。ファナの二歳上のお姉さんで、採掘団の管理・運営を請け負うマネージャーをしているロレンソの娘である。
くすんだ金髪を肩口で切りそろえたボブヘアがいかにも活発そうに見える、ヘーゼルの目を持つ少女は、程よくグラマラスな体をしていて、愛嬌のある可愛らしい顔も相まって、団の男たちからの人気は高い。クリストバルほどではないものの高身長で、ファナは二人に挟まれるとそれはもう背の低さを強調されてしまうので、なるべく並ばないようしている。しているが、実際はそうならず、グリグリされている訳で、ファナは人生の
「へぇへぇ、悪うございました。気を付けますよ、お嬢様。つうか、
苦痛に顔を
「なっ、なによ、せっかく人が心配して注意してあげてるのに! だいたいクリスは……」
頬を赤く染め、怒り出すアレクシア。なんだか長くなりそうなので無視して治療をしようとファナは思った。
「これくらい」と軽く口にしたファナだったが、実際のところクリストバルの傷は、皮膚や肉がかなり深めにズタズタにされた裂傷であり、下手したら神経まで逝っているレベルである。普通なら確実に一生使い物にならない深手であり、実際、今、クリストバルの手指は動かない。
にも関わらずクリストバルとアレクシアの間にあまり緊迫感がないのは、それだけファナが信頼されている証拠であるともいえる。
「癒せ裂傷――、レサニーグ^ラメント」
首に下げたピオニーに右手を当て、傷に左手をかざしつつ――そうしなくても良いが、した方がより指向性が高まる――、詠唱を唱えたファナ。
傷まわりに淡い優しい光が生まれ、それがジワジワ強くなり、視界が歪んで見えるほどとなる。――なにしろファナが詠唱を唱えると、その癒しの光に誘われ、精霊や妖精たちが集まることもあるほどだ。ファナの魔力はそれらにとって良い物らしい――。
「継続せよ、効果――、ダウリーグ^エフェークト」
さすがに深い傷。数分経ったところで、ファナは効果を続けるため、詠唱を追加した。この辺りがまだまだファナの甘いところである。
そうして更に5分程度が過ぎたころ。
癒しの光が収まるとともに、目に見えて痛々しかった傷は完全に塞がっていた。ただ、ケロイド状の傷跡が残っている。ついでとばかりにもうひと詠唱追加するファナ。
「整えよ、綺麗に――、クルテーノ^ボーネ」
一瞬の淡い光が出たものの今度はすぐに消え、残ったのは傷一つない綺麗な肌だ。
それを食い入るように見つめるクリスバルとアレクシア。
「おお~~! ファナ、お前やっぱすげぇな」
「ほんと、すごい! さすがファナちゃん、あのデリア様の弟子にしてアルマさん唯一の教え子。ちょっとなにこれっ、羨ましいくらいに滑らかな肌……。クリスにはもったいないわ、これ私にもかけて欲しいくらいだよ!」
褒めてくる二人の言葉がこそばゆいファナ。クリストバルは治った腕をさすりつつ、手を閉じたり、開いたり……、確認にも余念がない。
「そ、そんなことない。私なんてまだまだ。魔力高いだけで、詠唱の組み方なんか全然へたっぴ。デリア様の足元にも及ばない……」
「ふふっ、ファナちゃん照れちゃってかわいい! 専門の治癒術士さんにだってここまで綺麗に治せないと思うなぁ。そりゃデリア様は別格だけど……」
「おうおう、そうだぞ。ファナは治癒術士に留まらない、最高の魔法術士目指してるんだもんな。ファナなら絶対なれるぜ! ……っと、礼いってねぇや。ありがとな、ファナ! おかげでこれからも狩りが出来るぜ。幻獣トレーダーへの夢をあきらめなくてすんだ、恩に着るよ」
言いながらファナの頭をグリグリするクリストバル。
ファナもこの時ばかりは嫌がる素振りを身ぜず、素直に撫でられておく。
「うん。クリスが無事でよかった。私、これからもがんばってみんなの役に立つ」
「おーおー、ファナちゃんなんてけなげ! かわいい!」
アレクシアがそう言って身をかがめ、ファナの頬に自分の頬を寄せてスリスリとし、なんとも幸せそうな笑顔を見せている。
ファナはちょっとメンドクサイと思いつつ、年上ながら友達と呼べる二人と共に、こうして日々
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