第5話*亨は魔法を習い世界をちょっと知る

 エリカとファナの居住区画の天井を吹っ飛ばした上に、鎮火のため水浸しにするという惨状を引き起こしたものの、逆に言えばそれだけで済んで幸いであったといえる、今回のファナ魔力暴走事件だった。

 ファナは両親にこってりと絞られ、団員には思いっきりからかわれ、デリア様からは盛大にため息をつかれつつも、「わらしの好奇心というものをあもうみとったかのぅ」と、しわの刻まれた骨ばった手で頭をわしゃわしゃと撫でられたのだった。団員など大人には厳しいデリア様といえど、小さくて可愛らしい子供にはさすがに弱いらしい。

 ちなみにウーゴはウーゴでファナから目を離して怪我をさせたことでエリカからしばらくしてもらえなかったりした。


 

 そんな出来事からファナは、デリア様の手の空いている時間に、魔力や魔法についての教えを乞うようになっていた。自分は暴走したものの、エリカままが詠唱し法術としてしっかり見せたように『魔法』はやはりあったのだ。ファナ=亨のテンションは懲りもせず、上がらざるを得ない。

 また、それとは別に、エリカの仕事が終わってから一般的な知識を少しずつ教えてもらうようになっていた。亨の日本での常識からすれば、この歳まで教育らしい教育を何も受けていなかったことが、ある意味すごいと思わずにはいられないが、ここではそれが普通のようだった。恐ろしいことにファナは字すらまだ書けなかった。



ともれ炎――、ルーモ^フラーモ」


 ファナの言葉で手のひらの上に小さな炎が灯った。デリアが満足そうにうなずく。


「そう、そうだ、いい子だねファナ。そのまま魔力はゆっくり送るんだよ。出来うるかぎりゆっくり、ゆ~っくり、引き絞れるだけ絞るんだよ」


 ファナは額に汗を浮かべつつうなずき返し、胸に下げたピオニー畜魔クリスタルに右手を添え、真剣な面持ちで炎を見つめる。細長いコヨリのごとく絞られた炎は今にも消えてしまいそうである。ピオニーはデリアがファナのために用意したものだ。本来ならエリカが使っているようなワンドタイプ棒状の道具の方が、魔力の志向性がはっきりし使い勝手もよいのだが、訓練ということと、まだ小さな子供であるため失くすことを恐れ、ペンダントにして与えたのである。


「それじゃ、あたしゃちょいと用事があるからね。ファナは今日はずっとそいつをおやり。別にさぼったってかまやしないよ? あたしの腹は別に痛まないからねぇ。まぁ、がんばりな、ひえっひぇひぇっ」


 デリアはそう言うと独特の引き笑いを残しつつ、さっさとその場から去って行く。デリアの教え方は大体いつもこうである。その日にやることの要領だけ説明し、後は本人のやる気に任せる。強制はしない。物になるかどうかはあくまで本人次第だということだ。


「んむむぅ! ……ほのかに……ずっと――、マルフォールタ^ローンガ」


 大きく一気に力を出すより、よほど難しい。追加の詠唱を入れつつ、かれこれ1時間近くファナとおるはこれを続けてた。これは相当にすごいことである。普通の人間はここまで続けられはしないし、そもそも力として顕現できるほどの魔力を持っている人自体が少ない。

 ウーゴだって魔法は使えない。ただ、魔力は世界中、どんな生き物でも余すことなく持っているものであり、使い道は色々あるわけである。ウーゴは体力バカなわけだが、更なる身体能力向上の一助として魔力は役割を果たしている。


 亨は平凡なサラリーマンだったが、それでも職場で30歳になるまでずっと仕事をこなしてきた。耐え忍ぶことや地味な作業は日本のサラリーマンの最も得意とするところだ。頑張った分だけ成果も目に見えて現れるのだ。それも魔法を覚えると言う、すさまじく魅力的な成果を伴って――。

 ここまで頑張るファナに周囲には無理しないでいい……と、心配もされる。が、ぶっちゃけ、全く苦になっていなかった。


「ファナさん、デリア様は放任主義に見えますが、頑張ってるファナさんのこと、しっかり見ておられますし、評価もされていますよ。もの覚えもいいし、なにより熱心です。ご期待に添えられるよう精進なさいな。……とはいえ、あなたはまだ子供。無理のしすぎは体を壊します。今日はこれくらいにしておくといいでしょう」


 そう告げるのはデリア付きの女性、アルマである。デリアは治癒や薬方に特化した魔法術士のため、魔力の鍛錬法は教えられるものの、属性特有の魔法についてはこのアルマが指導してくれていた。


「ええっ……、あ、はい。そうする! ありがとう、アルマさん」


 もうちょっと続けたいと思いつつも、アルマに従う小心者のファナである。




「ファナ、あまり無理しちゃダメなんですよ。魔力欠乏症になるとなかなか回復できないから。ファナも覚えあるでしょ? 最初の暴走の時、全然動けなくなってたでしょ」


 頑張りすぎてデリアのテントからふらふらした足取りで戻ってきたファナを見て、エリカままのお小言が飛ぶ。


「わかってるって、ママ。私だってちゃんと考えてるもん」

「ふ~ん、ホントでしょうか?」

「ほんとだもん! ほらママ、早く教えて、教えて~」

「大丈夫なの? 今日はお休みにすれば?」

「だいじょ~ぶ! ジッとしてたらすぐ元気になる。ママたちと違って私、若いんだもん」


 なんとも可愛らしい憎まれ口をたたくファナ。いや、中身は亨……、しかし亨はファナ。……まぁいずれにしても……、どうにも子供らしさが板に付いてきているようでなによりである。


「もう、この子ったら、どこでそんな嫌な言葉使い覚えてきたのです? ……きっとパパウーゴね! あとでとっちめてやるんですから」


 ファナの生意気口調でとばっちりを受けそうなウーゴなのであった。


 しかしファナの無理は亨のオタク知識による確信犯的な無理である。亨の考えとしては……、――ほらほらあるでしょ? ボロボロになってからのっ、強くなって復活みたいな! ――、なことを考えているようである。……亨は虚構と現実の区別もつかない痛い子になってしまったようである。


 まぁ、いま現在が現実とは思えない様相を呈している訳で、そういう意味では……もうどうでもいいこと、とも言えよう。



*****



 亨であるファナは、自分が生きるこの世界について少しでも情報を得たくて、エリカに教えを乞うていたわけだが、始めたばかりにも関わらず、その内容はちょっと驚きと言うか、信じられないというか、なんとも理解しがたいことが多すぎていっそ知らないほうが良かったなどと思ってしまうほどだ。


「ねぇママ、それウソじゃないよね? ほんとにほんとなんだよね?」

「どうして私の大事なファナにウソを教えなきゃならないですか? ……そんな風に思われてるだなんて、ママ悲しい……」

「うわぁ~~、ママ、ごめんなさい。思ってない、思ってないよ~! 聞いたことないことばっかだったから! ほら、よくあるよねっ? 思ってもいなかったこと見たり聞いたりしたら、『うっそ~』とか言うでしょ? ね、言うよね?」


 亨はなぜ必死にママを慰めなければいけないのか疑問に思いつつ、ママにぎゅっとすがりつき、上目使いで仰ぎ見て、あざといまでに自分の武器をしっかり利用してなぐさめた。


 ――亨がエリカから聞いた話によれば、今いるここは島だそうだ。……アトランティス? 亨は聞くと同時に我が耳を疑ったものだ。その昔は大陸だったそうだが、大規模な自然災害で大半が沈み、残ったのが現在の島だとかどうとか……。島の三分の一は当時の災害の元凶である噴火によって出来たカルデラ湖なようだ。……もっとも海とつながってしまい三日月状になっているらしく、汽水湖の中央付近にはその噴火口が島として残り、今も煙を立ち上げているんだとか。


 で、強大だった帝国は滅んで、今現在、大陸から島になったアトランティスを支配しているのはローマ帝国で、属州となったアトランティスには属州総督が派遣されているんだそうな……。しかもアトランティスは、畜魔クリスタルピオニー、それに……、が産出されることから例外的に皇帝私領となっていて、皇帝任命による総督が、その任についているとのこと。


「ろ、ローマ。ローマ帝国……。アトラン……ティスに、ろ、ローマね……。皇帝任命の総督様……ね、あは、あは、あははは……、なんだそれ~っ!」


 やさぐれたファナは、その場で仰向けに寝っ転がり、手足をじたばたさせてそのモヤモヤした気持ちを発散させる。

 エリカは、ファナのそんな行動を訝しむものの、やたら可愛らしいそのしぐさに、ファナの気分とは裏腹に、いやされた気分になるのだった。


 それにしても――、今後色々教えてもらう中でどんな凶悪なネタが潜んでいるか? たまったものではないと思った、ファナとおるなのである。

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