第4話*亨、吹っ飛ばす

 自分たちのテントに戻った亨は、居住スペースとして区切られた場所に放り込まれた。ウーゴぱぱエリカままはまだまだやることがあるのだろう。これ幸いと亨は考えに没頭することにし、ママエリカと寝ている寝床で大の字になって寝ころんだ。――普通にママと考えてしまう自分が恐ろしい。亨は戦慄せんりつした。


「はぁ~~、ハードな一日だったなぁ……」


 亨は今日の濃すぎる出来事を思い起こす。


 覚えているのは仕事から帰ってきて普通に寝たということだ。何の変哲もない一日だった。なのに……、今こうなってる。8歳の女の子である。それもすっごく可愛い女の子だ。色々おかしいところはあるけれど。


「ちっちゃな手……。色も真っ白だ」


 寝ころびながら手を頭上にかざして見つめた。亨はふとトイレに行った時のことを思い出した。トイレはまぁ、山の中のベースキャンプであるし、御多分に漏れずひどい物だったとだけ言っておこう。


 それはさておき――、


 パンツを降ろし、しゃがんでみれば、わかってはいても自分の股間に何もないことに一抹の寂しさを覚えた。が、それとともに激しい興味がわいたことも否定できない。……出すものを出した後、ちょっとくらい……という軽い気持ちで、確認作業を行った……。


 なんとも気恥ずかしい想いと、自己嫌悪が残った亨である。自分の体なのだし気にするのもおかしな話だが、ファナの体であったという思いもあり、ちょっともやもやする亨だった。


 だが、恰好をつけても結局我慢しきれないところが平凡な男丸出しである――。



 亨は頭を振って無理やり思考をまじめなものに切り替える。

 この体、ファナはここで8歳まで生きてきた。あの採掘抗で足場から落ちるまでは……。


 ありがちな考えだと、落下で頭部を打ったショックで前世の記憶が戻った……とか、脳死したファナに俺の記憶が入っるなんてオカルトめいたことが起こった……とか、だろうか? そういえば俺の元の体……、どうなったんだろうか? どれくらい時間が経っているのだろう? ――考え出すと疑問だらけになる亨である。


「ああもうっ、ほんとわけわかんないよっ」


 叫んでも、わめいても答えはでない。

 正解を教えてくれるものは居ない。それに知ってどうなるものでもない。


 少なくとも今の亨はファナとして生きてきた記憶を持ち、日本人、木下亨の意識もしっかりと残っている。普通に会話できてるのはファナの記憶あってこそだろう。――はて、今はなしてる言葉は何語なんだろう? 空気を吸うように普通に話しているため認識できないでいる亨である――。

 ただ、体がファナであることから、どうにも行動がファナ主体になってしまうのは否めない事実だった。最初は霞がかってモヤっとしていたファナの記憶も今は何の違和感もないくらい自分として認識できていて、亨はそのうち自分という存在が消えてしまうんじゃないか? そんな心配をしてしまうほどだ。


 が、答えが出ないことに時間を掛けてもしかたないとあきらめ、亨は思考を進める。


 自分の周りから見れば、ウーゴぱぱエリカままが居る。大事な家族……だ。二人のことを考えると嬉しい気持ちが溢れてきて気分が浮足立ってしまう。ファナの記憶がすごく強い。それに抵抗しても意味はないし、亨は素直に心を託している。

 パパうーごはこの探鉱ベースキャンプを仕切る、『エレーラ採掘団』のリーダ―だそうだ。エレーラの名はそのままずばり自分ぱぱの姓なので、亨もそうなるわけである。


「ファナ・エレーラかぁ、違和感全然ないけど。……なんか寂しいな……」


 木下亨はもう居ない。対外的には死んでいるのと同じだ。


「ええぃ、いちいち感傷的になるんじゃない、俺! いや、私!」 


 亨は自身に活を入れ考えを更に進める。


「ここ、一体なに? どこなんだって話だろ? なんか色々変だろっ!」


 それこそが最大の疑問だった。会話の端々になんとも非現実的なワードが飛びかっていた。残念なことにまだ小さく行動範囲が狭いファナの記憶では、役立つものはほとんどなく、五里霧中といったところである。

 場所を特定できる要素は今のところ何もない。ファナの記憶は当てにならない。……これはもう誰かに聞くかどうかしないとわからない。しかし、さっきまでの話をかんがみれば……、自分はちょっとおかしな世界に居るような気がしてならない。


――森妖精、ママエリカはファナが怪我して倒れてたことをそれから聞いたって言っていた。はじめ聞いた時は戸惑ったが、今となっては、自分の周りで小さい頃からそんな存在が飛びかっていた気がするな……と、亨は思い起こす。幼かったファナの遊び相手になってくれていた森の妖精たち……。


「い、いたわ~~~。しかも普通になじんでた。たしか甘い物とか、果物とか渡すと喜んで色々やってくれた感じだった。虫みたいな翅を生やした、ガンプラ144分の1くらいのサイズのやつらだった」


 変な例えをあげる亨。


「でもやっぱ、ここって絶対ファンタジーな世界だよぁ、デリア様の話もそうだし。くわぁ~~~、小説やアニメじゃあるまいし、そんなことありえんのかよ~!」

 

 今居るこの場所、この世界のことを想像し、我ながら恥ずかしくなる亨。


 それでもそう考えたくもなる『魔力』と言うパワーワード。畜魔クリスタルとの関連を含め、デリアという老婆から聞いた話は亨の心をつかんで離さない。


「俺に強い魔力がある? 赤紫……ピオニーって言うんだっけ。その色をした左目と髪。魔力の影響でそれが体に現れている……ってことだっけ」


 デリア様から聞いた話だとそうなるわけだが、何で片方だけだったり一部だけなんだ? とも思う。魔力の加減? 全部変えるほどの力はなかったとか? いやまさか、俺がファナと、いやファナに俺の存在が出てきたから……とか? あ~、だから急に部分的に色が変わったんじゃないの?


 ……亨の厨二病的発想は留まるところを知らない。魔力があるなら魔法使えるんじゃない?


――ふと試してみたくなった、単純な亨である。


 亨の傷を治したのは変な塗り薬だったけど、帰るころにぬぐい去って見れば、綺麗さっぱり傷が無くなっていた。治療術士であり、薬師でもあるらしいデリア様は、あの時は薬剤で怪我を治してくれた。傷跡もなにも残ってなかった。術士の技を見たかった気もするが薬にしてもすごい効果であり、日本でそんなものが売られたら大変なことになるのは想像にかたくない。そんなものを見せられていたからよけい試してみたい。


「どうすればいいのかな? やっぱ呪文みたいなのいる?」


 試してみたくなったもののやり方がわからない。

 さっきの話でデリア様から魔力の扱いについて近々師事することにはなっている亨。どんな内容かもまだわからない。……でも魔力を持ってると聞いてそれまで我慢るだろうか? いやできない!


「ありがちなやつだと、魔力を感じろみたいなのだよな……。あとイメージが大事、魔法はイメージだともいうよな……」


 ブツブツいいながら色々試しだす亨。

 銀髪の小さい子供が寝ころびながらごろごろころがりつつうなっている姿は、それだけ見ていると微笑ましいが、中身は日本人の30男である。なんと微妙なことか。

 だがしかし! いい加減であろうが何であろうが、想像の産物でもそれなりに役に立ったのか……、亨が急に真顔になる。


「むぅ、なんか行けそうな気がする!」


 亨がそんな声をあげ、体を起こし膝立ちになる。右手を胸に当て、左手のひらを上に向け、胸の前に差し出す。その場しのぎのポーズだが亨なりに一番集中できそうな体勢がそうであったようだ。


「でっかい火とか出せばかっこいいけどなぁ……。けど初めてだしテントの中だし……、やっぱ水かな? よ~し、小さな水だよ、水。お願い、水、出て!」


 妙に可愛らし口調で、欲張りなことを言いながら、くどい願いを込める亨。イメージは小さなしずく。水面にポトリと落ちる水滴のイメージ……のつもりだ。手のひらで受けられるくらいの量が現れてくれたら最高である。なんともいい加減な、手順もへったくれもない、不器用なやり方だが……、それでも亨なりに強く願った。


 日も落ちて、ランプ一つがともるだけの薄暗い部屋。無駄に真剣な表情の、亨=ファナ。


 刹那、それは起こった――。


 いきなり閃光が走り、一瞬部屋が真昼の明るさになったかと思うと、ほぼ同時に細長い火柱が鋭く立ち昇り、一気にテントの天井を噴き抜いた。


「あえっ? う、うそぉ……」


 ガスバーナーが出すような燃焼音が亨の耳を打ち、不安定な亨の手のひらの上で、光と炎の競演が巻き起こる。


「くうぅ……っ、何で炎っ! ……って、それどころじゃない! と、とまって……、お願いっ、とまって~!」


 突然の力の発現に亨は怖くなって、その場に尻もちをつく。必死に手首を掴みながら、それが止まることを必死に願った。そんな行為に比例するかのように急激に体から力が抜けていく。それと共に発火現象も収束へと向かう。

 

「どうしたっ、な、何があったっ!」

「ファナっ! 無事なのっ?」


 ファナの居る区画に、血相変えて飛び込んできたウーゴとエリカ。結局、炎が出ていたのはほんの数十秒だけだったのだが、周囲に飛び火するには十分だった。そんな様子を確認した二人は即座に動く。


「おい、エリカっ! 行けるか?」

「大丈夫、これくらいならまだなんとかいけるのです。ウーゴッ、ファナをお願いっ!」


 息もぴったりな二人が、それぞれの役割を果たす。


 エリカが手に持った棒状の道具ワンド――ちょうど警棒のようなもの――を、広がろうとしている炎にかざし唱える。


「出でよ水、覆って冷ませ――、エカペーロ^アークヴォ=コヴリーロ^マルヴァールッ!」


 詠唱に呼応し、ワンドの先端に埋め込まれている魔畜クリスタルピオニーが鈍く輝き、その効果が遺憾いかんなく発揮された。


「さ~すが、俺の宝! 俺のエリカ。ありがとよっ」


 床で震えて縮こまっていたファナを無事回収し、抱き上げてのウーゴの誉め言葉はともかく、延焼しそうだった炎は瞬く間に一面に湧きだした水により鎮火された。


「ばか。……ファナは大丈夫なのです?」

「もちろん! 俺に抜かりはねぇ。なぁ、ファナ、ほらほら泣くんじゃないぞ~」


 どんな時も親バカなウーゴである。


「ファ~ナ? 事情は後でたっぷり聞かせてもらいますからね? もう……、これ片付けるの大変よ。……もちろんファナは強制で率先して片付けしてもらいます!」


 ママエリカの固まった笑顔の言葉に震え上がり、思わずウーゴの首に縋りつく。ウーゴはとても嬉しそうである。


今の騒ぎで団員たちがどんどん駆けつけてくる中、眼前に広がる惨状と、自らに今から起こることを重ね見つつ、亨は心の中で深いため息をつく他なかった――。


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