第3話*亨は厨二病じゃないと言い切れない

 エリカはファナを大事に抱えたまま、とあるテントの前に立った。ウーゴも大人しく付き従っている。

 入口の垂れ幕には赤紫水晶の縁取りの中に月と太陽が入った絵を図案デザイン化したものが染め上げてあった。これは世界共通、治癒術士、薬師などがいることを示す印であり、意匠や色によって大まかな序列がわかるようになっている。このテントの印は最上級、エクストレーマの位階にあるものがいることを示していた。


「デリア様、いますか?」


 七、八人は余裕で入れそうなテントを前に、エリカが大きな声で問いかけた。ここでのテントは中央に柱をたて、その頂点から放射状になめし皮や帆布張ったもので、換気も出来るので火も炊ける。


「おお、エリカかい。いるよ、お入り」


 その言葉で、垂れ幕が中から開かれた。デリアの付き人の女性が開けてくれたようである。

 エリカは一礼してから中に入り、残る二人も同じようにして続いた。


「デリア様、急でごめんなさい。この子を見てもらいたいのです」


 エリカがファナを降ろし前に出す。亨はこうやって降ろされて、改めて自身の小ささを再認識し愕然がくぜんとした。周りにいる大人すべて大きい。眼前の安楽椅子に座っている、全身黒ずくめの、デリアと呼ばれる白髪の老婆でさえ、きっと自分より大きいだろう。亨は大人たちのお腹くらいまでしか身長が無さそうである……。どう考えても子供である。ありがとうございました。


「まぁまぁ、ファナじゃないか。おや、ウーゴも一緒かい。家族そろってお出ましとは、どういう風の吹き回しかねぇ。……どれどれ、こっちにおいで。このおばばにその可愛らしい顔を良く見せておくれ」


 自分を知っている口ぶりの老婆。記憶をたどると確かにファナは会ったことがあるようだ。苦い薬を飲まされた記憶がまさに自分のことのようによみがえり、それは露骨に表情に現れた。


「ほっほ。どうやら嫌なことを思い出したかえ? ほ~ら、ファナや、ばばの手には何もない。安心してこっちへおいで……」


 手に持ってないからって薬を飲まされないってことじゃないよね? 怪しすぎる老婆に思わずツッコミたい亨だが、それを言うほど野暮ではない。後ろからもエリカが押し出してくる。むむっと口を尖らしながらも、仕方なく老婆の元に歩み寄った。


 デリアは、近づいたファナの肩を取り、さらに引き寄せると顔をじっと見つめた。


「こ、これは……」


 ファナの顔を見るなり両の目をジッと見つめ、開いてるかどうかもわからない細い目を、くわっと見開いたかと思ったら左目に手を伸ばしてきて、遠慮なしにまぶたを指で広げた。たまらずファナがうめき声をあげる。


「んっ、んぅ~~」

「おや、すまないねぇ、ファナや。もう少し我慢しておくれ。エリカ、それにウーゴ! この子の目はいつからこうなったんだね?」


 老婆の、ちょっと不安をあおる言葉に亨は文句のうめき声をやめ、話に聞き入る。


「今日の朝は普通でした。その……実は髪の毛もそうなんですけど。採掘現場から戻ってきたときには……、そうなってたと思うのです」

「だな。え~、もっと言うとだ……。そのだな、足場から転落して気を失って……、ああっ、エリカそんなににらまないでくれ! 反省、反省してるって!」

「お主らの痴話ゲンカなぞ、他所でやっとくれ。ほれ、早く続けぬか」

「「す、すみません」」


 この二人、何やってるんだか。亨の目が冷たく二人を見つめているのだが当の二人はまったく気付いてなどいない。


「あ~、でだ、採掘抗で最後に見た時はファナの髪は、俺と一緒のすっげぇ綺麗な銀髪だった。目だってエリカ似のエメラルドみてぇな綺麗なみどりで、そりゃあ可愛いもんだったぜ。それでだ……、俺もずっと見てたわけじゃないから確かなことは言えねぇんだが、ファナが目ぇ覚ました時にはな、うう、ごほんっ、なんだ。左のこめかみ寄り、耳の上あたりから生えてる髪の毛は赤紫ピオニー色になっちまってた。目もそうだ。左目が……、髪と同じで、赤紫色に変わっちまってたんだよ……。なぁ? 怪我のせいなんてことないよな?」


 ウーゴが一気にそう話すとデリアは手を固く組んで考え込んだ。そしておもむろに語りだす。


「……うーむ、ウーゴ、エリカ、それにファナよ、みなよく聞くがいい。この色は世界中探したとしても、そうさな、千人居ればいいくらいの珍しい色だよ。……魔力をめるクリスタル。お前たちが日夜必死に探してるあれだがね。アレの色と似ているとは思わないかい?」


 亨たちにそう話を振るデリアだが、小さいファナの記憶だけが頼りの亨には聞いてもよくわからない。ただ、なんとも気になるワードがあった。――魔力ってなんだよ! なにそれ、ファンタジーかよ? 亨の頭でまた大混乱が始まった。


「そうだな、確かに似てる。蓄魔クリスタルがちょうどこんな色だ」

「うむうむ、そうであろう。目にその色はのぅ、ほんとうに珍しいのさ。ファナの場合、さらに髪の毛にまでその色が現れておる。これはのぉ、相当珍しい現れ方さね。あたしも見たのは随分昔の話で、もういつだったか覚えてないねぇ」


 デリアの言葉に皆の視線が一斉にファナに集まった。


「な、なぁに? 一体なんのお話し……してるの?」


 亨は男口調が出ないよう、気を付けながらも本気でそう聞いた。目の色がどうの、髪の色がどうとか、ずっと話しているが正直、亨には自分がどんな姿をしているのかさえ、ハッキリしないのである。ファナの記憶を頼るにも限度がある。聞く限りだと自分は相当変わった様相らしい。非常に興味があった。


「おおぉ、そうかそうか、そうであったなぁ。肝心のファナに見せておらなんだ。……アルマ、鏡をファナに渡しておあげ」


 デリアは付き人の女性に声を掛け、すぐさま、かなり大ぶりの鏡がファナの元に届けられた。自分の体の半分はありそうである。ファナにはとても持てそうもない。


「ほら、俺が持ってやる、ファナはよ~く見てみろや。大丈夫だ、お前はどうなったとしても可愛いからなっ!」

 

 親バカのウーゴがそう言って鏡を受け取ってくれた。いつの間にやら椅子に座っているウーゴとエリカをずるいと思いつつ、好意を素直に受ける。

 椅子に座った膝の上から鏡を立て、ファナが見やすいようにするウーゴ。それでファナはちょうど上半身がすべて見れる体勢となる。

 亨はちょっとドキドキしていた。女の子としての自分を初めて見るのである。そうもなるだろう。いきなり見るのが怖くて、うつむき加減にそーっと前に立つ。そしておもむろに顔をあげた。


「こ、これが……お、う、うんっ、私……」


 驚きで思わず地が出そうになった亨。それほど驚いたのである。色白な小顔の美少女、いや美幼女がそこに居た。ファナの記憶によれば、8歳にはなっているようだが歳よりも幼く見える。……ああ、ひたい上の怪我は確かに痛々しい……。


 くりんとした大きな目をさらに見開き、小さなつぼみのような口をぽかーんと開けてこちらを見つめてる。

 なるほど、右目がエメラルドグリーン、そして左目が赤紫ピオニーである。これヘテロクロミアって言うんじゃなかったっけ? 日本のオタクが厨二的発想で喜びそうだと、自分を差し置いてそう思う亨である。

 髪の色はもうわかってはいたものの、改めて見るとやはり息を飲む。つやのあるとても綺麗な銀髪だった。長さは伸ばせば背中くらいまでだろう。今は結わえてあって肩に乗る程度である。前髪が眉毛の少し下でぱっつんにならない程度に揃えてあって、頬の横でおくれ毛が揺れている。サイドの髪は後ろに流されて左右それぞれでゆるく束ね、花飾り付の組紐くみひもでくくってある。いわゆるツインテールである。そのなんとも可愛らしい髪型に、ママエリカの執念を感じることができる。

 左側のおくれ毛が赤紫ピオニー色だった。左目の周りに赤紫の色が出た感じなのだろうか。ヘテロクロミアに赤紫メッシュの銀髪などという、厨二心を存分に刺激する見てくれに自分のことにも関わらず亨の心は萌えた。(亨は日本では隠れオタクだったのだ。職場では恥ずかしくてそれ系の話は封印していた)


「ほうれ、ファナや、わかってくれたかえ? それが今のおまえの状況さね。それでどういうことになるか、話して聞かせてあげようかね。……ウーゴ、エリカ。お前たち親がしっかりしないといけない話でもあるよ。心しておきき!」


 ウーゴ達一家は、年寄りの長話を散々聞かされ、合わせて頭の治療もされ、食事もそこでとらされ、解放されたのは2時間ほど後のことだった。


 ちなみに付き人さんが食堂から持ってきてくれたもので、見た目も味もビーフシチューっぽく、固いパンと合わせながら食べたのだった。お米のごはんが食べたい……。亨はすでに日本が恋しくなっていた。


 しかし、それでもファナ(亨)にとっては非常に興味深い、これからの自分には重要になるだろう話だった。亨たちはデリア様に感謝の言葉を幾度となく伝え、テントを後にしたのだった。

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