第7話 やっぱり最初は学院ツアー


「いやあ編入生っていうから、どんなもんかと思ったけど! 普通でよかったよ!」

「落ち込まないで、アレイアさん。あなたの“闇の刃ダークスラッシャー”、とっても良かったわよ。その……」

「……ログレス“センセー”が、“鏡合わせミラーリング”で防がなきゃ、でしょ。どうもありがと」



 高等闇術クラス――休憩時間。

 アレイアは小傷だらけになった腕をさすり、憮然とした顔で労いに答えた。


 師との決闘はいつものとおり散々な結果だったが、クラスメイトたちはその事実に落胆しなかったらしい。

 むしろ安堵したらしく、こうして晴れて彼らの仲間入りを果たせたのである。


 アレイアの奮闘を思い出しているのか、小太りの男子院生が腕を組んで言った。


「でもすごいよ。君は、誰よりも長くレザーフォルト先生と渡りあったじゃないか」

「……フン。ちょこまかと野うさぎみたいに跳ね回っていたおかげだろう?」


 滑り込んできた冷たい声の主はもう見ずともわかったが、アレイアは礼儀正しく身体をひねってそちらを向いた。


「セルジオ、だっけ。……べつに、身体を使って術を回避したっていいでしょ?」

「それは剣士や拳闘士の行動だろう。術師なら、堂々と術で防ぐべきだ」

「太刀打ちできないってわかってるのに? そんなの、下手したら死んじゃうじゃん」

「!?」


 アレイアが正直に言うと、少年を含めた同輩たちがぎょっとした顔になる。

 小粋な角度で机に預けていた腰を浮かし、セルジオは声を荒げた。

 

「君には、術師としての誇りはないのか!?」

「あるよ。でも誇りだけじゃ、相手の術は防げない」

「な――」

「相手との力の差がきちんと計れなきゃ、現場じゃすぐに死ぬよ。さっきみたいな術師同士の決闘ならともかく……普通なら前衛がいなきゃ、詠唱してる時間だって――」


 アレイアはふと、自分の周りが静まり返っていることに気づいて口をつぐんだ。

 恨めしそうな顔をしているセルジオ以外は、皆ぽかんと呆けた表情を浮かべている。


「な……なんか、すごいわね。まるで、いつも戦ってるみたいな言い方だわ」

「もしかして君、もう実務経験者なの!?」

「じ、実務っていうか……うん、まあ一応。戦いは、それなりに」


 しぶしぶ白状すると、学び舎でしか術を行使したことのないらしい院生たちは尊敬のまなざしを並べる。アレイアは慌てて手をふった。


「とにかく! あたしが言いたいのは、その――“すばやく、賢い選択をする”ってことだよ」

「おおっ、重みがあるね! 覚えておくよ」


 興奮した様子の友には申し訳ないが、完全に師の受け売りである。


「ねえ、そんなことはいいからさ! この学院のことを教えてよ、セルジオ」

「は? なんでボクが――」

「だってあたし、編入生だし。あんた、物知りそうだし……。実は次の教室も知らなくて、困ってるんだ」

「……っ」


 先刻の手痛い実習で乱れた髪をかき上げ、セルジオは眉根を寄せた。しかし周りの若者たちは、異議なしといった顔でうなずいている。


「案内してあげなさいよ、セル。あなた他の課程に兄妹が多いから、顔が利くじゃない」

「か、勝手に――!」

「できればあたし、拳闘とかの武技課程も見てみたいんだけど」

「へえ、珍しいね。それならちょうど、セルジオの妹さんが在籍して……」

「だから、勝手に話を進めるなって!」


 これ以上自分の情報を漏らされてはたまらないといった様子で、セルジオが割り込む。


「……第一、時間がないだろう。もう、次の講義が」

「あなたとアレイアさんは、“古代魔術理論”でしょ? それ、休講になったわよ」

「なんだって!?」

「まだ先生がいらしてないんですって。なんたって、今年でもう四百歳ですものね……ご自宅から学院まで、歩いて三時間かかるらしいわ」

「転移すればいいじゃないか!?」


 セルジオの抗議を受けるべき教術師は、まだのろのろと通勤している途中なのだろう。


 アレイアは吹き出したくなりながらも、いちいち反応が真面目なこの少年に好感を抱きはじめた。少しプライドが高いが、きっと根は悪くはないのだろうと直感する。


「はあ……わかったよ。たしかに君がその制服を着て場違いな課をふらふら歩いてたんじゃ、このクラスの品位が疑われかねない。ついてきたまえ!」


 荒々しく席を立ったセルジオを追い、アレイアも腰を浮かせた。

 




 早足のクラスメイトについて広大な学院内を歩きながら、アレイアはあらためて感嘆の息をついた。この学び舎こそ、まさに自分が思い描いていた地である。


 どの教室も、意欲あふれる新鮮な熱気に包まれていた。


 皆が一心にペンを走らせる心地よい音。

 初等科の子供たちが簡単な呪文を練習する、可愛らしい声。

 中庭や演習場から響く、軽快な剣戟の金属音――。


「ここが“魔法術師”課程だ」

「っひゃ!? いたっ! な、なん――」


 とある廊下で勝手に真横に広がった三つ編みを押さえ、アレイアは涙目になった。


「精霊だ。痛がるんじゃないぞ。……もっとひどくなる」

「経験アリって顔じゃん。いたた! もう、やめてったら」


 ぼんやり輝く光と、衣擦れのような笑い声が左右から耳を打つ。痛がるなと言われても無理な話だと憤慨する直前、不思議な響きが廊下を走った。


『……モラク・ゥレ・カニーエ』

「?」


 セルジオの声を聞くと、髪を引っ張る気配はさっと遠ざかっていった。乱れた髪を垂らしたまま、アレイアはまじまじと同輩を見る。


「い、今の――精霊語? なんて言ったの?」

「……君だって術師だろう。辞書でも引くんだね」

「ちぇ。でも、助かったよ。ありがとねっ!」


 村の友からの助言を思い出し、アレイアは惜しみない笑顔を浮かべてみせる。セルジオはまた驚いたような顔になり、薄い色の瞳を逸らして呟いた。


「い、行くぞ……。早足で回らないと、日が暮れる」

「転移する? あたし、あんまり得意じゃないけど」

「先生は“転移石”を持ってるけど、院生は使用禁止だ。急ぐぞ」


 そう聞くと、不便な身分だなと感じてしまう。アレイアが苦笑していると、廊下の角から小さな人影が現れた。


「あれっ? お兄ちゃんだ。めっずらしー」

「せ、セルア!」


 動きやすそうな上着に身を包んだ少女。彼女がセルジオの妹であろうと察するのに時間はかからなかった。髪も目も同じ色をしている。

 くるりと踵を返した兄の前に、驚くべき速さで少女が回り込んだ。


「その人、カノジョ? かわいいじゃん。二人しておさぼりデートですかあ?」

「ばっ……バカなことを言うな! こいつは編入生だ。ボクはクラスの長として――」

「アタシは、セルア。“初等拳闘”課程に通う、愛らしい十二歳!」


 喚き続けている兄をおいてさらりと自己紹介をしたセルアは、たしかに“愛らしい”笑顔を浮かべている。アレイアは頬を緩ませて答えた。


「こんにちは、セルアちゃん。あたしはアレイア。お兄さんが言ったとおり、今日来たばかりの編入生で――」

「ってことは、レザーフォルト先生の知り合い?」

「!?」


 飛び出した名前に、アレイアは硬直した。しかし一瞬で笑顔を貼り直すと、自分よりも小さな少女に余裕――そう見えるようにと祈った――の表情で答える。


「ううん。そんな教術師も来たみたいだけど、ただの偶然だよ」

「ふーん……」


 薄い色の瞳がわずかに細くなったことにアレイアは肝を冷やしたが、彼女の兄が真面目な疑問を挟んだことで救われた。


「なんでお前たち“拳闘士”クラスが、そんなことを?」

「さっき、見慣れない真っ黒な胴衣を着た人が廊下にいたから。イルル師範に訊いてみたら、“特別教術師”として来てくれた有名な闇術師だって教えてくれたの」


 そんなことは置いておいてという手振りをしたセルアは、小さな拳を作って鼻息を荒くする。


「廊下近くにいた友達が言ってたの――すっごい美男イケメンだったって!」

「……そ、そうなんだー」

「はあ……。相変わらず、そんなことで時間を無駄に」

「もー! わかってないなあ。だから術師課程は“ネクラ”って言われんのよ」


 活発な実習をこなした後だというのに、セルアの優雅な巻き毛には寸分の隙もない。

 その滑らかなツヤを見、アレイアは代わり映えしない自分の三つ編みから目を逸らして進言した。


「ロ……レザーフォルト先生も、術師なら“根暗”なんじゃないかなあ?」

「ああいうのは、いーの! 名声もあってちょっと影のある大人のオトコって、ステキじゃない?」

「う、うん……」

「でしょ!? 普段は冷たいヒトが時たま見せる優しさとかケダモノ感とか、憧れるでしょっ!? さっすがアレイアちゃん、わかってる! やっぱオンナノコだー!」


 がしっと肩を掴んで激しく揺さぶるセルアに、アレイアは顔を赤らめた。

 数えるほどしかないが、“優しさ”に思い当たる場面が浮かんだからである。


「二人とも、なんの話をしているんだ……?」

「はあ……セルジオ“お兄さま”。そんなだから、いまだにカノジョがお出来にならないんですのよ。せっかく素材はいいのに、おかわいそうなこと」

「な、なにを哀れんでいるんだ!? ボクは、学びを深めるためにこの学院に」

「あ、そろそろ移動しなくっちゃ。じゃあね、アレイアちゃん! よかったら、また遊びにきてね。今の時代、術師も体力つけなくちゃだよ!」


 ふたたび兄の言葉を遠慮なく遮り、セルアは握った拳を突き出した。

 軽快な動作でふり向くと、遠くで待っている友達の元へと駆け出していく。


「くそ、あいつ……!」

「ふふ。かわいい妹さんだね」

「どこが!? 考えてもみてくれ。あいつは夜、ボクの部屋に平気で入り込んでくるんだ。まだ一人で寝たくないからって――」


 意地になって言うセルジオに思わず吹き出し、アレイアはからりと笑った。


「そういうとこが、かなぁ」

「き……君たち女子の言っていることは、いちいち不明瞭すぎる!」


 怒り顔の“学友”は灰色の背を見せ、ずんずんと大股に歩きはじめる。

 アレイアはどこか軽やかになった足取りでそれを追った。


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