第6話 突然ですが、決闘させてください
果てしない学びの上に成り立つ魔術のひとつ――“闇術”。
地下を統べる裁きの国“冥府”から、闇の力を借り受けて実現させる数々の怪奇。
彼らが纏うその黒は、古来より陽の下に生きる人々に恐れられてきた。
しかし近年はその実用性と学問性が認められ、このディナス学術院にも専門の課程が設けられるほどになった。
個人での学びを深めた末、音もなく冥府の闇に引きずり込まれてしまう若者たちを管理したいがため――という魔術管理協会の意向だという噂もある。
そんな若者たちを内包する学院が誇る、広大な屋外演習場。
冬の澄んだ空の下、朗々とした声が響き渡っていた。
『来たれ、壊乱の使いよ! 我に牙を剥きし狼藉に――』
「詠唱に力が入りすぎです。足元をすくわれますよ」
真面目に呪文の全文を唱えている若者に、“特別教術師”は漆黒のフード頭をふる。
無慈悲に思えるほどの速さで杖に魔力を集約すると、力ある言葉を放った。
『
「うわっ!?」
影が沼のように広がり、その上に立っていた術者セルジオを簡単に引きずり込む。影の沼が腰のあたりまで呑み込んだ頃に、ログレスは術を解いた。
「く……! は、はやいっ……!」
「貴方たちが遅いのですよ」
無様に地面にめり込んでいるセルジオを含めた全員が、その素直すぎる所感にうめいた。クラス一番の希望であった彼があっけなく敗れたことで、演習場に満ちていた熱気がついに霧散していく。
「予想はしてたけど。詠唱も省略するし、容赦ないなあ……」
ふくれあがった身体の一部をさすったり、ぶつぶつと謎の呟きを落としているクラスメイトたちの後方で、アレイアは頬を掻いて苦笑した。
“これより、書類では計れない貴方たち全員の実力を拝見させていただきます”
演習場に着くなりログレスが催したのは、“実力把握”と称した事実上の決闘であった。
“ええっ! そ、そんなの無茶です、レザーフォルト先生!”
“そうだよ。今日の実技は、昼からの予定だし……”
現役の大闇術師の相手が務まるわけがない。堅実な院生たちは、みな腰が引けていた。
しかし、そこはさすがの師である――
“では見事、僕に一撃を与えた者には……院生では入手不可能な、貴重な品を差し上げましょう”
“おおーっ!”
“い、一撃くらいなら!”
賢くあっても、全員が血気盛んな若者には違いなかった。
謎めいた褒賞に目が眩んだ院生たちは、勇敢に杖を握って我先にと身を躍らせた――それが、この結果である。
「いたた……」
『ゾブマディ、バロボルア……』
「ちょっと、誰かマーティを起こすの手伝って! 聞いたことない言語喋ってる!」
「演習場中、穴だらけだ。これ、まずくない?」
防御術のひとつも展開していないログレスは、手に握った杖を見下ろす。
「……これは、僕が院生だった頃からある“借り杖”ですね。いい加減、備品も一新したほうが良いとダリアンに報告しておきましょう。魔力の通りが悪すぎます」
年季の入った茶色い杖を懐かしそうに眺め、特別教術師はひとり呟く。アレイアが見慣れた彼の黒い愛杖は、まだ腰のホルダーに収まったままだ。
「“借り杖”でこの威力だって……? ど、どうなってんだよあの人……」
「おれに向けられた“
「わたしなんか上がっちゃって、詠唱噛んじゃった……」
誇り高い優等生たちは、久々の――もしくは、はじめての――挫折に苛まれているようであった。
「……」
アレイアはそっと背後を盗み見る。自分より後方に陣取っているのは正規の教術師、ウォレンだけだ。
自分の教え子たちが次々と敗北していくのを見て、その仏頂面がますます恐ろしさを増している。
「二十五人……あとひとり、足りないようですね」
「先生。今日編入してきたアレイアが、まだ戦っていません」
「うっ!?」
自力で地面から這い出たセルジオが、目ざとくアレイアを指差して告発する。
「ほう。そういえば、編入生がいたのでしたね。同じ日に配属になった身としては、奇妙な縁を感じます。ぜひ、お相手願えますか?」
(……何を隠れているのです。全員と言ったでしょう)
現実の発言と、頭に送りつけてくる思念との落差にアレイアはうめいた。
「ま、まあ。買いかぶりですわ、“先生”ったらあ……!」
(ほ、ほんとにやんの!? あたしの力なんて、あんたはよく知って――! それに、貴重なご褒美ってなんなのさ。それくらい聞かせてよ)
割れた人垣の奥で待ち構えている黒い影に、アレイアは胡乱げな目線を送る。
それを受け取った師は、無表情のまま悪びれずに言った。
(そのようなものを期待して精神を乱すと、初級の闇術さえ失敗してしまいますよ)
(もしかして――なんにも用意してなかったの!?)
(“万が一”にもそのような功績を上げる者がいれば、後ほど然るべき品を用意させて頂きましょう。……まあ)
“借り杖”をくるりと手の中で回して構えると、教術師は遠慮なく細い杖先を愛弟子に向けて妖しく笑んだ。
(その栄光を掴む可能性は、すでに貴女にしか残されていないわけですが)
「!」
師の言葉に、アレイアは自分に注がれる視線が彼のものだけではないことに気づく。
まだ名も知らぬクラスメイトたち。その全員が今や、期待するようなまなざしを送ってきていた。
謎の編入生が秘めた力をこの目で見ようと、後方の院生たちも残らず首を伸ばしている。ひと際強い眼光を放っているのは、もちろんセルジオだ。
「……!」
冬だというのに、嫌な汗がじっとりと首筋に浮かぶ。
(貴女が“こういう場”を苦手としているのは承知しています。しかしそれは、克服の機会が巡ってきたとも言えるでしょう。ええ、本当に――幸運なことです)
(ま、まさか……あんた、ほんとはそれが目的で!?)
アレイアの狼狽した思念に、大闇術師は答えない。代わりにその足元には、可視できそうなほどの冷気が集まりはじめる。
人垣は注目する視線はそのままに、塊になってすばやく後退した。
「語らいは、杖ですることといたしましょう。さあ――遠慮せず、どうぞ」
「……もう。知らないからねっ!」
腰から愛杖を引き抜くと、アレイアは晴れた冬空に向けてふり上げた。
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