第2話 お手紙の正しい燃やしかた


 時は、少し遡る。



 ヒト“以外”の者たちが今日ものんびりと暮らす辺境の地、ラケア村。


 大半の村人たちと同じく魔物の血を引く少女アレイアも、その平穏な隠れみのの中で日々をゆるやかに過ごしていた。


 念願の“女友達”と、馴染みの八百屋でじっくり野菜選びに興じている時のことだ。


「このカボチャ、いい艶してる。皮まで美味しそうじゃない? メル」

「そうね。私だったらシチューにするけど……アレイアなら、どんなお料理にするの?」


 色白な細腕に引っ掛けた籠の中に次々と野菜をとり込みながら、聖術師メリエールは微笑んだ。

 彼女宅には二人――うち一人は、食欲があるのも不思議な“亡者”だ――しか住人がいないはずだが、店の小さな籠は品物の重量にミシミシと悲鳴を上げはじめている。


「うーん……そうだなあ。うちには“大の甘党”がいるから、レトラ糖で甘辛く煮つけてみようかな」

「まあ、美味しそう! 私も今晩やってみようかしら」

「あはは。あんたの食卓、いったい何品目並ぶの?」


 アレイアが苦笑していると、店の奥から背の高い美女が姿を現した。店主の奥方、ポーラである。


「そうそう、アレイアちゃん。うちの主人から、預かり物があるのよ」

「手紙?」


 紐がけされた分厚い書簡を受けとり、少女は首を傾げた。

 事実上隔絶されているに近いこの村に、郵便夫が来ているのは見たことがない。


「貴女にというか、ログレス先生になのだけど。今朝、結界の脇に落ちていたそうよ。そばには、不思議な魔力を帯びた木彫りの人形が焼け焦げていたのですって」


 すみれ色の唇を妖艶に持ち上げ、ポーラは訳知り顔で笑んだ。


「心配しなくても、女の筆跡ではなくてよ」

「ぽ、ポーラってば! そんなの、べつに……!」

「あら? その封蝋は」


 頬が上気しはじめた瞬間に割り込んできた友の声に、アレイアはほっと胸を撫で下ろす。籠から飛び出している野菜の葉を揺らし、メリエールは翠玉の瞳を瞬かせた。


「ディナスの学術院からだわ。こんなところまで文を飛ばすなんて、相変わらず“熱心”ね」

「熱心? よく送ってくるの?」

「貴女のお師匠様に訊けばいいわ。教えてくださるかは、わからないけれど」


 悪戯っぽくそう答え、友はよいしょと会計処へ満載の籠を押し上げる。


「……」


 剣と杖が交差した、長い歴史を感じる雅な封蝋。


 それを見下ろして荷に大事にしまい、アレイアはどこか落ち着かない気分で商品選びに戻った。





 冬らしい早さで陽が傾き、夕刻。

 友と心行くまでお喋りを楽しんだアレイアは、足取りも軽く帰宅した。


「ただいまー。ごめん、遅くなっちゃった!」

「……構いませんよ。こちらも、今戻ったばかりです」


 机に突っ伏している師を見下ろし、弟子は大げさに肩をすくめてみせる。


「帰宅してすぐ、バスケットいっぱいのお菓子を平らげちゃう人っている?」


 気怠そうな様子のログレスは、クッキーのかけらだけが残された菓子入れをちらと眺めて呟いた。


「冬でも元気な“勇亡者”が、暇だから手合わせしろとうるさく……」

「あはは、それでたくさん魔力使っちゃったんだ。丁度よかった、今晩はあまーいカボチャの――あ! そうだ、これ」


 八百屋からの頼まれごとを思い出し、アレイアは荷から手紙を引っ張りだして渡した。差出人を確認した師は、あからさまに紅い目――闇の魔力を高めた者の象徴だ――を細める。


「ああ……院からですか」

「そこって、あんたとエッドの母校でしょ。よくここがわかったよね」

「あれでも一応、大陸一番の学び舎ですから。手紙を運んできた“使者”が、村の結界に突っ込んで蒸発していなければいいのですが」

「……そう、だね……」


 八百屋の奥方から聞いた使者の顛末は語るまい。

 そっと心に誓うアレイアを置いて、ログレスは杖で魔力を注いで封蝋を溶かす。本人でなければ解けない一種の封印術だ。


「大事なもの?」

「いえ、特には。しかし学院製の羊皮紙は丈夫で長く燃えるので、薪がわりにはうってつけです」

「も、燃やしちゃうの!? 母校からの手紙なのに」


 さっそく書簡を暖炉に投げ込もうとしていた師は、弟子の驚愕の声にその手を止める。


「……。以前から思っていたのですが、貴女は学院のこととなると熱心ですね」

「え。そ、そうかな」


 指摘されると、妙に恥ずかしい。しかし自覚もあるので、アレイアは正直に告白する。


「あたし、どこの教育機関にも行かなかったから……たぶん、羨ましいのかも。二人の学院生時代の話とか聞くと、楽しかったんだろうなってわかるし」

「……あの亡者、余計なことを話していないでしょうね?」

「その“余計なこと”が聞きたいんじゃん。――でも、さ」


 鼻の頭を掻き、アレイアはそっと呟いた。


「やっぱ、いろいろ想像しちゃうんだ。二人が通った学び舎は、どんなに素敵な場所だったんだろうって」

「……」

「もしあたしがそこに通ってたら、どんな学院生活を送ってたのかなー、なんてさ」


 都会を闊歩する、夢にあふれた学生たち。


 友と肩を並べて勉学に励み、講義後には仲良く甘味処に立ち寄る。

 課題らしき羊皮紙の海を広げ学びの所感を語り合ったあと、結局は他愛のない話に花を咲かせて――。


 そんな光景を何度となく目の端に映すたび、世知辛い現実を歩んできた少女はため息をついてきたのだった。


「……今でも、機会があれば学んでみたいと思いますか?」

「え? う、うん。あっ、でも、あんたみたいなすごい人に師事を受けてるのに、そんな贅沢言ってちゃダメだよね! ごめんなさい」


 決して今の状況が不服なわけではない。むしろ以前に比べれば、天地の差を感じるほど恵まれている。

 ふいと目を逸らした師を見、アレイアは慌てて話題を変えた。


「ちょっと待ってて。すぐに夕飯の準備するね! 今日は、すっごくいいカボチャが手に入ったんだから。期待しててよ」

「……ええ。それは大いに楽しみです」

「?」



 やけに素直な想い人の呟きに首を傾げ、アレイアはエプロンの紐を締めた。


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