第11話 とある弱者の瀕死目録 その④


「わざわざ僕に会いに来るなんて、意外と暇なの?」

「ボクらの仕事は人殺しだ。暇に越したことはないさ。だけど、最近は君のせいで忙しい」

「心から申し訳なく思うよ。できればそのまま暇でいて欲しかったけど」

「そういうわけにはいかない。嫌でもやらなくちゃならないのが仕事だからね」


 僕はカップをシロめがけて投げた。


 隙を作るためだ。


 コーヒーの茶色い液体がカップから飛び出る。

 だけど、相手は僕から目を逸らすことなく、それらを全て受け止めた。


「行儀が悪いな、えーくん……だっけ?」

「……あいにく、親の躾が悪かったんでね」


 躾が悪かったって言うのは嘘だ。めちゃくちゃ厳しかった。じゃなきゃ魔導学院なんかに入れられてない。


 もっと甘やかされていれば、こんな白髪ホモに狙われず済んだかもしれないのに。


 っていうかこいつ、僕の呼び名を知ってるのか。

 個人情報ダダ洩れじゃないか。


 そのとき、僕は気付いてしまった。

 僕が投げたはずのカップが消失していることに。


 カップだけじゃない。飛び散ったはずのコーヒーも、すべてが綺麗に失くな・・・・・・・・・・っていた・・・・


「それよりも、ボクなんかに構っていていいのかい?」

「……先にぶつかってきたのはそっちのはずだけど?」

「なるほどね、確かにまだ帳消し・・・にはなってないか。それじゃあボクから二点アドバイスをさせてもらうよ」

「アドバイス?」

「そう」


 シロは頷いて、人差し指と中指を天井に向けた。


「一つ目は、解毒剤はボクが持って・・・・・・・・・・いる・・こと。二つ目は、ボクらが標的としているのは、君だけじゃないってことさ」


 標的が僕だけじゃない?

 おかしいな、僕は万年ぼっちの一匹狼、誰ともつるまない単独行動が信条のはずだけど……。


 あ、いや、違う。

 忘れてたわけじゃないけど、思い出すのに時間がかかった。


「ミアか!」

「ご名答」


 気持ち悪いくらい爽やかに、シロは笑った。


「……僕としては今すぐにでもミアの所に戻りたいところだけど、お前はそれを許してくれないよね?」

「いや、ボクがここで君を見逃して、それですべては帳消し・・・さ。【異能力者処理統括機関ファーバ】で待っているよ」


 シロは何事もなかったように立ち上がり、そして店を出て行った。


 僕はその自然な立ち振る舞いに、一瞬呆然としてしまった。

 だけど、ミアのことを思い出し、僕はすぐに店を飛び出した。



※※※



「ミア!」


 ミアのアパートのドアを開けた僕の目に飛び込んできたのは、床に倒れたまま動かないミアと、その傍らに立つ緑の拘束衣を着た人間だった。


 拘束衣が僕の方を振り向く。

 藍色の長髪をした女だ。


「遅かったな、えーくん☆。残念だがミア・ミザルは私のスキル【毒物ズューサー・トート】の前に敗れたぞ☆。フフ、実にあっけなかった。抵抗する間も与えずに処理した私の能力もさすがというべきだが。リーダーに言われていなければとどめを刺していたものを☆」

「えーと……」

「おっと、焦るなよえーくん☆。これはゲームなんだ。私たち【異能力者処理統括機関ファーバ】と君のな。この、汚いジャギア族の娘はまだ生きている。ギリギリ限界首の皮一枚繋がっているという状態でな。もしこの娘を救いたければ私たちを倒すしかないというわけだよ。どうかな。わくわくするだろ」

「あの……」

「これを考えたのはリーダーだ☆。あの人も性格が悪い。それはそれとして、最初の相手は私ということになるのかな? フフ、えーくん。私の【毒物ズューサー・トート】の威力を存分に、」

「ちょっとうるさいんで、死んでてもらっていいですか?」


 僕は、拘束衣の女を殺した。

 瞬殺だった。


「ミア、ミア!」


 駆け寄り、抱え起こしても、ミアはぐったりとして動かない。


 し、死んだか?

 でも、怪我をしている様子はない。


 じゃあ何にやられた?


 しまった、拘束衣の女を急いで殺しすぎた。

 もう少し情報を吐かせてから殺すべきだった。


 ええ? でもどうしよう。

 とりあえず病院か?

 王立病院なら急患でも大丈夫だよな。


 うん、そうだ、とりあえず病院だ。

 僕は、人を殺したことはあっても生き返らせたことはない。

 魔導学院で回復魔法とかいうのは習ったけれど、習っただけで使った試しがない。


「ミア、とりあえず病院に行こう」


 僕はミアを抱えたまま立ち上がった。

 だけど、突然腕を掴まれて、僕は思わず立ち止まっていた。


「……えー、くん」


 僕の腕を掴んだのはミアだった。

 うっすらと目を開け、弱々しく顔を上げる。


「ミア! 無事なの?」

「えーくんが、そう思うならね」

「いや、そうは思わないけど」

「じゃあ、無事じゃないわ」

「やっぱり?」

「それよりも、えーくん。私は大丈夫だから、ベッドに寝かせて」

「え? でも今無事じゃないって言ったじゃない」

「……ごめんえーくん、何でもいいからとりあえず寝かせて」

「う、うん」


 ミアに言われた通り、僕は彼女をベッドの上に寝かせた。


 ミアは何度か静かに深呼吸した後、僕に笑いかけた。

 無理して笑ってる感じだった。


「ごめんね、えーくん。私のせいで」

「いや、そんなことないよ。安心して。ミアをひどい目に合わせたあの女は、僕が始末しといた。何にやられたの?」

「毒よ。種類は分からないけど、多分気体に溶け込むタイプの毒だわ。息がうまく吸えない。頭がぼうっとする。体がだるい」

「どうしたらいい? どうしたら、元の元気なミアに戻ってくれる?」

「分からない。毒を中和するものがあるはずなのだけれど……」


 毒を中和?

 解毒?


 解毒剤……。

 あっ。


「そういうことか……」

「どうしたの、えーくん」

「まあ、大丈夫。僕に任せておいてよ。敵の場所はどこ?」

「もう特定できているわ。敵の数は五人。そのうち二人はもうカタが付いているから、実質三人というところかしら」

「よし。じゃあちょっと行ってくる。すぐにミアを治してあげるから!」

「方法があるの?」


 ミアはベッドの上で、僕の方に顔だけを向けながら言った。


 ミアの顔色は真っ青で、彼女の赤い瞳も輝きが鈍かった。

 そんな彼女の様子を見ていると、なんだか、心臓の奥の辺りが妙に痛む。


「……解毒剤は、あのクソエリート白髪ホモ野郎が持ってるんだよ」



※※※


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