第12話 タンジュンに長生きを求めるのは間違っているだろうか。 その①

※※※


 まったく不幸だ。


 僕らを見下してきた奴らに気持ちよく復讐していたら、ファーバとかいうなんだかよくわからない奴らに目をつけられてしまった。


 それだけじゃなく、ミアまでやられてしまった。


 挙句の果てには、解毒剤を賭けたゲームに付き合わされる羽目になるなんて。


 まったく、僕はついていない。

 不幸すぎます。


 でもまあ、いいさ。

 相手は王国の一機関。エリートの集まりだ。

 僕みたいな底辺ザコクズ人間に壊滅させられたってことにでもなれば……きっと面白いことになるだろう。


 結局僕はそういうところにしか楽しみを見出せない根暗な人間なんだな。


『えーくん、止まって』


 交信魔法を媒介に、ミアの声が僕の頭の中に響く。


「ここが敵の拠点なの?」


 僕の目の前にあったのは、閑散とした街並みにぽつんと立つ、古びた酒場だった。

 いや、古びたというのもちょっと飾った表現かもしれない。

 その酒場は廃墟同然で、シロアリやネズミの巣の方がよっぽど立派なんじゃないかと思えるほどだった。


『そう。私の調査とグルツさんの証言から考えられるのは、そこしかないわ』

「すごいところに住んでるんだね、あの人たち」

『その見た目は、多分カモフラージュよ。反乱分子を秘密裏に処理する機関があんまり目立つところにいちゃ、不都合でしょ?』

「それはそうだね」


 僕は酒場の入り口らしき穴から、その中へ足を踏み入れた。

 酒場の中は薄暗く、一歩進むごとに床がきしみ、そしてやはりというべきか客は一人もいなかった。


 さすがにこんなところにお酒を飲みに来るような物好きはいないってことか。

 こういう陰気臭いところなら、僕は常連になってもいいくらいなんだけど。


 僕以外の足音が聞こえたのは、その時だった。

 顔を上げ、音のした方を見ると、そこには一人の男がいた。


「よお、お客さんかい?」


 髪を一部だけ赤く染めた男はバーテンダーのような制服を着て、カウンターの内側に立っていた。


「あ、店員さん? ええと、この店、解毒剤とか売ってる? 僕に食べ物をくれる女の子が通りすがりの暗殺機関にやられちゃったんだ」

「そりゃ大変だったな。まあ、こっちに来て座れよ。飲み物は何がいい?」

「ああ、残念ながら僕はお酒が飲めないタイプで。ミルクある?」

「……お前、本気か?」

「何が?」

「俺が店員なわけねえだろ! こんなボロ酒場がまともに酒場をやってるとでも思ったのか? まず疑え! 俺を!」


 なんだこいつ。


 なんなんだこいつ。


 意外と。


 意外と――まともじゃないか。


 びっくり。


「君が僕にお客かどうかなんて聞くから、勘違いしちゃったんだよ。責任は君にあるだろ?」

「常識で考えろよ。勘違いするバカがどこにいるっつーんだ」

「ここに」


 僕が答えると、男は鼻で笑った。

 鼻で笑われた……。


「やっぱりよ、魔導学校の落ちこぼれってやつはここも足りてねえんだな」


 男が、自分の頭を人差し指でつつく。


「君にユーモアのセンスが欠落してるとは考えないわけ?」

「お前にあって俺にないものなんて、それこそ存在しないぜ。そこを勘違いしないことだな、落ちこぼれ」

「そう学歴に拘らないで欲しいな。悲しくなるよ」

「そんなのはいいわけだぜ。一度落ちこぼれたやつは一生落ち続けるのがこの世の常ってやつだ、今のお前みたいな。なあ、落ちこぼれ」

「……ねえ君、もしかして前に会ったことある?」

「おいおい、落ちこぼれすぎて脳細胞までどっかに落としてきちまったか? 俺だよ。魔導学校のぶっちぎりエリート、切れ者で知られたこの俺様だ!」


 ……あっ。

 こいつあれだ、覚えたてのスキルで僕の部屋を切り刻んだ奴だ。


 つまり知り合いだ。

 道理で馴れ馴れしいと思った。


「ああ、思い出したよ。じゃあ、もしかしてここは少し早めの同窓会場かな?」

「そんな冗談言ってる余裕あるのか、落ちこぼれ。お前は俺たち【異能力者処理統括機関ファーバ】に殺されるためにここへやって来たようなもんなんだぜ」

「それじゃ、君、もしかして卒業後はここに?」

「そうよ。俺様くらいのエリートになりゃ、国の諜報機関からお呼びがかかるのさ。てめーにゃ想像もつかねえだろうがな!」


 こいつ、あの白髪ホモの下で働いてるのか……。

 心中お察しする。


「つまり、要するに、君の話と僕の考えをまとめると、君を倒さなきゃ僕は先に進めないってこと?」

「先に進む? バカ言ってんじゃねえ、お前はここで終わりだぜ。このぶっちぎりエリートの俺様、コードネーム【血肉の赤ロット】様の前に敗れてな!」

「君の名前を覚えられるほど僕は賢くないけど、一つだけ訂正させてもらう。僕が悲しくなるのは、学歴に拘ったまま死んでいく君の気持を想像しちゃうからだ」


 僕はロットの方へ(あ、名前覚えてる)一歩踏み出した。


「悪いけど、君とのお喋りに付き合ってあげられる余裕がないんでね。早速だけど決着をつけさせてもらうよ。【死線デッドライン】」


 僕の背後から現れた黒い鎌が、ロットめがけて振り下ろされる。

 しかし、ロットはそれを見てもピクリとも動かない。


「これだから落ちこぼれは落ちこぼれなんだよ!」


 次の瞬間、僕の鎌は細切れになって、四散していた。


「なっ……!?」


 うわ、絶対勝ったと思ったのに。

 決め台詞まで言っちゃったし。恥ずかしー。


 とにかく、一撃目を防がれたこの状況はマズい。一度どこかに身を隠さなければ。


 と、僕が一歩目を踏み出したとき。


「おいおい、もう決着はついてるんだぜ、落ちこぼれ」

「決着?」

「気づいてないのか? 俺のスキル【切断キル・ユー】は、もうお前を切り裂いて・・・・・・・・・・


 ロットが言い終わった瞬間、僕の視界は斜めに傾いていた。


「え?」


 いや違う。

 僕の体が斜めに滑っているんだ。


 恐る恐る下を見ると、僕の体は肩から脇腹を境目に、真っ二つに切り分けら・・・・・・・・・・れていた・・・・


 切られた体は血で滑りながら二つに分かれていく。



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