第10話 とある弱者の瀕死目録 その③
※※※
宣言通り、グルツおじさんは数日僕らと過ごした後、大きなバッグを片手にどこかへ旅立って行った。
それで、僕はグルツおじさんを馬車の相乗り所まで見送った。
「わしは再びハルフォードの名をこの魔導王国に轟かせてみせるでおじゃる。君たちも何か困ったことがあれば、頼って欲しいでおじゃるよ」
「グルツおじさんも、せっかく逃げだしてきたんだから、もう捕まっちゃだめだよ」
「そこはうまくやるから、安心するでおじゃるよ。それでは!」
そう言い残してグルツおじさんは馬車に乗って行ってしまった。
おじさんは親切にも、僕らがあと数年は暮らしていけるだけのお金を残していってくれた。
これで当面お金の心配は要らなくなったというわけだ。
さて。
この数日、ミアは敵の戦力とかそういうのを調べていて、その間僕も休憩の延長線上でダラダラしていたから、久しぶりに部屋から出てきたことになる。
相乗り所からミアの住むアパートまで片道徒歩数十分。
今日も空は曇っていて、石造りの建物が鬱々しい雰囲気を醸し出している。
こんな日は僕の魔導学院時代を思い出すなあ。
覚えたての火炎魔法で僕の教科書を燃やしたあいつとか、僕を固有スキルの実験台にしようとしたあいつとか。
……いいや、思い出すのはやめよう。あんまり楽しいもんじゃない。
固有スキルで僕の部屋をズタズタに引き裂いて卒業していったあいつのことなんか思い出したって、暗い気持ちになるだけだろう。
ノーモアクライ。
「おっと、ごめんよ」
ずれ違いざまに、僕の肩に誰かがぶつかってくる。
立ち止まり僕の方を振り返るそいつは、真っ白な髪をしていた。
白いシャツを着ていて、年齢は恐らく僕とあまり変わらないくらいだろう。
「あ、いや、別に。大したことじゃないんで。ぶつかられるの、慣れてるんで」
僕はそう言って立ち去ろうとした。
だけど面倒なことに、白髪のそいつは僕の前に回り込んで、
「いやいや、そういうわけにもいかないよ。大丈夫? ケガはないかい?」
「全然大丈夫なんで。ケガとかしてないんで」
「そうかい? いや、しかしぶつかったのはボクの方だからな。この罪は
「あ、マジそういうのいいんで。急いでるんで」
「その割には、君の歩く速度はゆっくりだったように思うな。とにかくお詫びをさせてもらいたいんだ。少しだけ時間をくれればいい。お茶の一杯でもご馳走するよ」
「あ、僕、アレルギーなんで」
「お茶の? だったら別のものを」
「いや、その、ヒトアレルギーなんで」
白髪は一瞬、きょとんとした顔をした。
それからふいに大声で笑いだし、
「気に入ったよ、君。ますます興味が出た。君がいくら嫌がろうとも、ボクについて来てもらうよ」
白髪が僕の肩に手をかけ、気持ち悪いくらいさわやかな笑みを浮かべる。
……なんだこいつ、ホモか?
※※※
そして、そんな男にホイホイついていっちゃう僕も僕だよな。
僕と白髪は、喫茶店のテーブル席で向かい合っていた。
「さて、君のことを教えてもらえるかな?」
「いや……知らない人に個人情報を教えちゃダメだって、学校で習ったんで」
「そうかい? だったら、ボクのことを話そう。ボクの名前はシロ。王国関係の仕事をしている」
王国関係ということは、この魔導王国の運営にかかわる仕事をしているってことだ。
いわゆるエリートじゃないか。
「凄いですね。自慢ですか?」
「そんなことはない。ただ、ボクは運が良かっただけさ。人には自分に適した場所というものがあるだろう? ボクにとっては、それが今の仕事だっただけだよ」
「なるほど。じゃあ、部屋の隅のジメジメした場所が一番落ち着く僕は、ナメクジか何かに転職したほうが良いですね」
「ちなみに今、君は何をやってるんだい?」
「呼吸……ですけど」
「質問を変えよう。今の仕事は? 失礼かもしれないけど、君、ボクとそう変わらない年齢のはずだ。何かやってないのかい?」
「無職……ですけど」
「ムショクか。ますます気に入ったよ。何にも染まっていない、真っ白だ。君の未来はまだまだ可能性に満ちてるということだね」
「まあそりゃ、僕が世界を征服して美少女奴隷ハーレムを作れる可能性だって、ゼロじゃないでしょうけど」
ちょうどそこへ、店員さんが僕らの飲み物を運んできた。
カップに入っていたのは、茶色い飲み物だ。
白髪――シロがぜひ僕にと頼んだものだ。ちなみにシロ自身はホットミルクを頼んだらしく、飲み物が目の前に置かれるとすぐに飲み始めた。
「飲まないのかい?」
「あ、いや、これ、何の飲み物だろうと思って」
「コーヒーとかいう、外国から伝わった飲み物だよ。本当は淹れるのに豆を使うらしいけど、一般に流通しているのは、王国のお抱え魔導士たちが魔法で複製したものだね」
僕はカップに口をつけ、一口すすってみた。
めちゃくちゃ苦い。
「ところで君は本当に面白いね。ボクが思っていた通りだ」
「……バカにしてる?」
「いや、本当にそう思っているんだよ。
「!」
僕は咄嗟に椅子を引いて立ち上がっていた。
その衝撃で僕のカップが揺れ、中の液体が撥ねた。
コーヒーの茶色い水滴がシロのすぐ前に落ち、テーブルクロスにシミを作る。
「ボクは差別主義者でもないし、生きとし生けるもの全てを平等に尊重したいと思ってる。それが
シロは言いながら、机の上のシミに手をかざした。
そして、彼が再び手を元の位置に戻したときには、そのシミはきれいになくなっていた。
「真っ白なものは美しいよ。そして、それを汚すものはきれいに
「あんたの仕事って、王国の掃除夫か何か?」
「ある意味では正解だ。君のような王国への反逆人を掃除して排除するのがボクの仕事だからね」
やっべえ、こいつ敵だ。
そもそも僕に物を買ってくれるような奴がまともなはずがない。
多分、今すぐここから逃げ出すのが正解だ。
「そんな、王国の掃除人が僕に何の用?」
「掃除人が必要とされる場所と言えば、汚れてる場所だけだろう?」
「と、いいますと?」
「君を殺しに来た。そういえば分かりやすいかい?」
「えーと、いつから僕を狙ってたの?」
「魔導学院の卒業生が立て続けに殺されたころからだね。ボクらの仲間も一人やられた」
仲間?
ああ、あのキャラが定まらない黒いコートの男か。
ということは、目の前のこいつは……。
「もしかしてあんた、ファーなんとかっていう……」
「そう、【
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