第9話 とある弱者の瀕死目録 その②
「えーくん」
「何?」
「私の胸ばかり見て、何を考えてるの?」
「ひんにゅ……いや、特に何も」
ふうん、と呟いて、ミアは取り出した紙幣をグルツに渡した。
多分見抜かれてるな、僕の頭の中。
「いざという時に隠しておいたのよ。ここなら、失くすこともないでしょ」
「いや、うん、まあ、特に反対する意見はないよ」
「そう? 私にはあなたがいやらしい顔をしているように見えるのだけれど」
「元々僕はこんな顔だって。ミアの胸に物を隠せるようなスペースなんてないよな、なんてこと考えてないって」
「あら、そう」
ミアが微笑を浮かべる。
そして、笑みを浮かべたまま僕の脛を思い切り蹴る。
い、痛え……。
思わず蹲る僕を見て、ミアが満足げな顔をするのが見えた。
……ああ、そうか。
胸がないってことは、それだけ胸部にスペースが出来るってことか。
きっとそのスペースを利用したに違いない。
「さてさて、いくらぐらいに増やせばよいでおじゃるか?」
「そうね。一月は生活できるくらいかしら」
「よろしい、任せるでおじゃるよ。【
蹲る僕をよそに、グルツの手の中で、最初は一枚だった紙幣がどんどん増えていく。
いつの間にか彼の手の上には、紙幣の山が出来ていた。
「これは君たちに差し上げるでおじゃるよ」
グルツは紙幣の山を、そのままミアに渡す。
さすがのミアも少し驚いたような顔をしていた。
「へー、凄い。こんな特技があるなら、おじさん、どうして道端で倒れてたのさ?」
「君はハルフォードの名を聞いたことがないでおじゃるか?」
ハルフォード?
「ううん、全然、まったく。今初めて聞いたよ」
「そ、そうでおじゃるか」
しょんぼりするグルツ。
「ミアは? 聞いたことある?」
振り返ると、ミアは山のような紙幣を、几帳面に一枚ずつ財布の中へ入れているところだった。
「確か、新興貴族の名前だったような気がするわ。まあ、貴族ならこんなところで行き倒れていないでしょうけれど」
「いやいやお嬢さん。わしこそがハルフォード家の当主なのでおじゃるよ!」
「あなたが?」
怪訝そうな顔をするミア。
確かに、グルツの着ている服はボロボロで、お世辞にも貴族には見えなかった。
「訊くのは二回目な気がするけど、どうしておじさん、こんなところに倒れてたわけ?」
「実はこの魔導王国グラヌスに捕まっていたのでおじゃる。そして、命からがら逃げだしてきたところなのでおじゃるよ」
「捕まってただって?」
「そうなのでおじゃる。わしは気持ちよくお金を増やしていただけなのに、スキルの濫用? 通貨のバランス? 向こうは良く分からないことを言っていたでおじゃるなあ。それで捕まったのでおじゃる」
「ミア先生、解説を」
「つまり、お金を勝手に増やすのはよくないということだわ」
「なるほど、分かりやすい説明ありがとう」
「ねえグルツさん、あなたの言うことが本当なら、あなたは今国に追われているということよね?」
「そうでおじゃるな。だから、君たちもすぐわしから離れたほうが良いでおじゃる。食べ物の礼は忘れないでおじゃるよ」
「分かったわ。でも、最後に私の質問に答えて。あなたを捕まえた国の機関の名前、分かるかしら?」
「国の機関? なんといったでおじゃるかのう……確か、ふぁーば……じゃったかのう」
「ファーバ?」
「確かそんな名前だったはずでおじゃる」
「……えーくん、この人を私の部屋に連れて帰るわ」
「なんだって?」
この薄汚いおじさんを僕とミアの愛の巣に?
やっぱりミアはおじさんが好きなのだろうか。
そういう性的嗜好なのだろうか。
「どうしてさ、ミア?」
「もしこの人が捕まっていたのが【
※※※
「グルツさん、あなたが逃げてきた経路を覚えているかしら?」
「ふむ……わしも必死でおじゃったからなあ。よくは覚えておらんが……おそらくこの道をこう進んでじゃなあ……」
ミアとグルツおじさんの前には、僕らが暮らす首都シュルルツの地図が広げられていた。
結局僕らは、グルツおじさんを部屋に上げてしまっていた。
そしてミアはグルツおじさんにつきっきりで、ファーなんとかって組織の所在地を聞き出している。
つきっきりで。
…………。
べっ、別に嫉妬なんてしてないんだからねっ!
「だとしたら、貴方が捕らえられていたのはこの辺りかしら」
「おお、そうじゃ。逃げだしたとき、確かにこの辺りを通ったことを覚えているでおじゃるよ」
「なるほど、分かったわ。えーくん」
「何?」
僕は先ほどまで寝転がっていたベッドから体を起こし、ミアたちの方へ寄った。
「ここが【
ミアが、地図の中に大きな赤丸を書きながら僕に言う。
「じゃあ、僕はそこに行って目についたものを全部ぶっ壊してくればいいんだね?」
「簡潔に言えば、そういうこと」
「ちょ、ちょっと待つでおじゃる」
口を挟んできたのはグルツおじさんだ。
「何、おじさん」
「君たちは何をするつもりなのでおじゃるか?」
「この国ごとムカつく奴らを一掃するんだよ。だよね、ミア?」
「そうね」
ミアが頷く。
「ほ、本気でおじゃるか?」
「本気も何も、今の僕はそのためだけに生きてる」
そしてそのために、僕は何度も死んでる。
「そうなのでおじゃるか……。君たちは恩人でおじゃるからな、命を粗末にするようなことをしては欲しくないでおじゃる。もし金に困って仕方なくそういうことをやっているのなら、わしが手を貸してやれるのでおじゃるが?」
「グルツおじさん、僕が困ってるのは金にじゃない。僕たちが困ってるのは、たまたま自分の運がよかったんだだけなんだってことに気づかないで、運の悪い僕みたいな人間を見下しながらのうのうと生きてる人たちに対してなんだよ」
グルツおじさんは腕組みをして、唸った。
「そうなると、わしにしてやれることは少ないでおじゃるな。まあ、健闘を祈るでおじゃるよ」
「うん。で、おじさんはどうするつもり?」
「そうでおじゃるな。身支度を整えて、遠くの地方にでも行くでおじゃるよ」
※※※
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