第8話 とある弱者の瀕死目録 その①
※※※
街は、休日なだけあって賑やかだった。
「……ねえミア」
「なに、えーくん」
「このよく分からない食べ物は何?」
「魚をすり身にして固めたものらしいわ。東側の国から伝わって来た食べ物よ」
「よくこんな生臭いものが食べられるね?」
僕らは、屋台で串焼きにして売られていたこの食べ物を買ってみたところだった。
串に刺さっているこの食べ物は、表面には焦げ目がついていて、触感は柔らかい。
「そう? 私はおいしいと思うのだけれど」
「じゃあ、僕の分も食べる?」
僕は、僕の分の串をミアに差し出した。
「えーくんは何を食べるの?」
「別の物を買うよ」
「私のお金で?」
「うん」
「…………」
黙ってしまうミア。
あれ、僕、変なこと言ったか?
「いいえ、えーくんは何もおかしなことは言っていないわ」
「だよね?」
「…………」
「なんで黙るの?」
「ねえ、えーくん。ひとつだけ絶対に変わらないことを教えてあげる」
「なあに? 僕が永遠に童貞って話?」
「それはえーくん次第だわ。そうじゃなくて、この世に存在するものは
とよ」
そう言うと、ミアは財布を取り出し、さかさまにした。
数枚の小銭が零れ落ちる。
「……つまり、どういうこと?」
「実は生活費が底をつきました。残念」
「リアルガチマジで?」
「リアルガチマジで」
「仕方ない、次襲うべきは銀行だな。ちょっと待ってて、すぐに札束を用意するよ」
「分かったわ。さっそく襲う銀行の手配をしましょう。侵入経路と脱出経路の確保は私に任せて」
「オッケー。それじゃあ僕は……」
と、そのとき。
僕は何かやわらかいものを踏んでしまった。
何だろうと思って下を見ると、そこにはおじさんが倒れていた。
ぼろぼろの衣服を身に纏ったおじさんだ。
「やっべー、やっちゃった」
死体だろうか。
「生きてるかもしれないわ」
ミアがおじさんの方に屈む。
「……どうしてわかるの? やっぱ、おじさんの扱いには慣れてるから?」
「えーくん」
「なあに?」
「怒るわよ」
「ごめんなさい」
「見て、呼吸してるわ」
「呼吸くらい僕にだってできるよ。生きてるだけで褒めてよ!」
「はいはい偉い偉い。私はえーくんが生きててくれて本当に嬉しいわ。それはそれとして、この人、どうしようかしら」
「ほっとけば? どのみち僕らは凄腕の医者ってわけでもないし、手術と引き換えに法外な値段を請求しようってわけにもいかない」
僕もミアの隣に屈んで、おじさんを眺めた。
結構丸いおじさんだ。
「……れ」
おじさんが掠れた声を発する。
「? 何か言ってるみたいだけど、ミア?」
「私?」
僕らは耳を澄ましてみた。
「……く、くいもん、くれ……」
「ちょうどよかった。僕の食べかけがあるんだ。これを与えてみよう」
僕はおじさんに向かって、魚のすり身が突き刺さった串を差し出した。
その瞬間、おじさんは目にもとまらぬ素早さで僕の手から串を奪うと、勢いよく食べ始めた。
ミアが露骨に嫌そうな顔をする。
「どうしたの、ミア?」
「人がものを食べる音、私、苦手なの」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたね」
僕らにお構いなしに、おじさんは串焼きを食べ終わってしまった。
「……生き返ったでおじゃるな」
おじさんが立ち上がり、言葉を続ける。
「すまぬな、若人よ。おかげさまで助かったでおじゃる」
おじさんは太り気味の体をしていて、背はそれほど高くなかった。
丸々とした愛嬌のある顔をしている。
「あ、いえ、僕は特に何も」
「いやいや、一食の礼は忘れぬのがこのわし、グルツ・テンド・ハルフォードの信条でおじゃるよ。君たち、何か困っておることはないで
おじゃるか?」
思わず、僕とミアは顔を見合わせていた。
「どうする、ミア?」
「どうするったって、どうするのよ」
「どうしようか」
「ほほう、困りごとがないのが困りごとでおじゃるか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんですけど」
僕が言うと、
「それならわしが勝手に恩を返させてもらうでおじゃるよ。君たち、お金を持ってはおらぬか?」
「……いいえ、今ちょうど尽きたところなの」
「おお! そうだったでおじゃるか。ならば好都合。わしにほんの一枚紙幣を渡してくれれば、何倍にでも増やしてあげるでおじゃるよ!」
「ふーん。だってさ、ミア」
「信用できないわね」
「お、おやおやおや、このわしを信用できぬと申すでおじゃるか!? このグルツ・テンド・ハルフォードを?」
「だって、お金っていうのはそう簡単に増やせないから、お金としての機能が果たされるのだわ。それを増やそうなんて言う人、信用でき
なくて当たり前じゃない?」
「むっ……」
グルツなんとかと名乗るおじさんは、言葉を詰まらせた。
「まあ、いいじゃんミア。ちょっと任せてみようよ」
「任せるのは構わないわ。でも、この人に渡すほんの一枚の貨幣すら、今の私たちは持っていないのよ」
「……マジ?」
「それなりにマジ」
「それなり?」
引っかかる言い方をするじゃないか。
「ええい、ならば仕方ないでおじゃるな。証拠を見せてあげるでおじゃる。二人とも、この石ころをよく見ておくでおじゃるよ?」
グルツが、道端に落ちていた石ころを拾い上げ、僕らの方に向けた。
「手品でも見せてくれるの、おじさん?」
「若造、見ておるがよいでおじゃる。【
すると、グルツの手の中の石ころは、一瞬で二つに増えていた。
手品?
いや違う。
何かのスキルだ。
「これだけでは終わらないでおじゃるよ。ほら!」
二つに増えた石は、次は四つに増えていた。
グルツが手を下に向けると、ばらばらと石ころが転がり落ちてきた。
その数は、八つ。
どれもが、大きさも形も全く同じだった。
「このように、わしは物体の数を増やすことができるのでおじゃる!」
「すごいわね。どうして大道芸人にならなかったの?」
「はっはっはっは、大道芸人とは面白いことを言うお嬢さんでおじゃるなあ」
大声で笑うグルツを、ミアが冷ややかな目で見る。
「つまりおじさん、僕らがおじさんにお金を渡したら、おじさんが文字通り増やしてくれるってこと?」
「そういうことでおじゃる」
「ふーん、面白そう。ミア、渡してあげれば?」
「こんな胡散臭い人に?」
「でも、多分本当に増やしてくれるよ」
「もし手の込んだ詐欺師だったら?」
「
「……分かったわ。グルツさん、あなたを信じましょう」
「あれ? でもミア、財布の中身は空なんでしょ?」
「そこに関しては心配しないで」
いうが早いか、ミアは来ていたワンピースの胸元に手を突っ込んだ。
そして取り出したのは、一枚の紙幣だ。
まさか、胸に隠していたのか?
でもおかしい。ミアの胸は、谷間を作れるような大きさじゃないはず……。
一体どんなテクニックを?
最近はやりの
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