第6話 僕の寿命がこんなに短いわけがない。 その③


『えーくん、聞こえてる?』


 ミアの声に我に返った僕は、また建物の影に立っていた。


「聞こえてるよ。今日パンツ履いてないんだろ」

『履いてるわよ! 確認する?』

「帰ったらね」

『えっ、本気なの?』


 慌てたようなミアの声。


「……冗談だよ」


 99.9%本気だったんだけど。


 しかし、ミアのパンツを見ようが見まいが、今の事態は何も変わらない。

 逃げ続けることは可能だけど、それじゃいつまでも敵は倒せないままだ。


 どうにかしてあの黒い鎌を潜り抜け、僕が死なないうちに敵を殺さなくては。


「ねえミア、僕とあいつのステータス差は?」

『わずかにえーくんの方が上だわ』

「じゃあ、やってみるか」


 男の足音が近づいてきている。


 やろうと思えば、相手は多分今の距離からでも十分僕を殺せるだろう。

 せっかちだとか時間の無駄だとか言いながら、向こうは僕を嬲っているわけだ。


 なら、その慢心を、僕は殺す。


「ミア、敵の位置は?」

『近づいて来てるわ。えーくんからもあと少しで見えるはず』

「オッケー。引き続き位置案内よろしく」


 僕は僕の背後の建物を見上げた。

 そう高くはない。


 このくらいなら登れる・・・・・・・・・・

 僕は建物の壁を・・・・・駆け上がった。


 実際、壁を走ることは理論上可能だ。

 自分の体が落下する前に、次の一歩を踏み出し続ければいい。


 死に続け、ステータスが上がり続ける中、僕はこの妙技を身に着けていた。

 ……もしかしたら、サーカス団とかに転職したほうがいいかもしれない。ちょっと本気で考えておこう。


 建物のレンガ造りの屋根までたどり着いた僕は、屋根の上によじ登り、そこから敵を見下ろした。


 それほど高くはない。少なくとも、落ちて即死するほどの高さじゃない。

 上手く壁を滑り降りることができれば、気づかれる前に相手を殺せる。


 だけど、さっきから何かが引っかかってる。

 僕の中に、僕の気付かない何かがある。

 それを確かめるためにもやっぱりここから降りるしかない。


 僕は、いつも学校の教室でやっていたように最大限気配を消した。そして壁を滑り降りた。


 夜の冷たい空気が僕の頬を掠めていく。

 男はまだ僕に気付いていない。


 殺れる。


 僕はナイフを構えた。


 そして、僕のナイフが男の首筋に突き刺さる寸前。

 男は僕を見上げた。


「……クソガキが!」


 男が僕の体を払いのける。

 空中じゃ躱しようがない。


 当然僕の体は地面に叩きつけられた。


「危ねえことをするじゃねえか、ガキ」

「純然たる一般庶民の僕を殺そうとするあなたの方が、よっぽど危ないと思うけど」

「うるせえ。死ね」


 男の背後で、あの黒い鎌が持ち上がる。


 だけど、僕の勝ちだ。


「……ありがとう」

「あ?」


 男が顔をしかめる。


「今まで僕を殺さないでいてくれて、ありがとう」

「はっ、懺悔ってわけかい? 同情はしねえぜ、殺人鬼」

「いや、同情してるのは僕の方・・・・・・・・・・だ。僕のような底辺ゴミクズクソザコ人間に逢わなきゃ、あなたももう少し長生きできたかもしれないのに」

「何?」

「僕が生まれた時から不幸だったのと同じように、あなたもなかなか運がなかったってことさ」

「なんだと?」

「これ以上おしゃべりしても時間の無駄・・・・・だよ。あなたは時間の無駄が嫌いなんだろ? それに……」

「!」


 男の全身から血が噴き出る。

 その背中には、あの黒い鎌が突き刺さっていた。


 そして、その鎌は、僕が振るったものだっ・・・・・・・・・・


「よく言うじゃん、死人に口なしってね」


 男は、自分の血の中に沈んでいった。

 さっきまで僕を追い詰めていた男が。


 この能力は、一撃で敵を即死させられる。

 これこそ僕の望んだ能力だ。

 【死線デッドライン】と名付けよう。


 ……だけど。

 だけど、これは嫌な能力だ。


 僕は今まで、何度も死にながら、僕を何度も殺してきた相手を倒してきた。

 この能力は、そういう僕の必死の努力を無意味なものにしてしまう。


 平等に、簡単に、簡潔に他人を殺してしまう。

 何の理由もなく。


 はっきり言って、セコいんだよな。

 それに、キャラがいまいち安定していないこの男が使っていた能力っていうのも気に入らない。


 出来るだけ使わないでおこう――出来るだけ。使わないとは言っていないけど。

 もしかしたらすぐに使っちゃうかもしれない。まあ、その時はその時だろう。


 僕は、目の前にできた血だまりに背を向け、ミアの待つ部屋に向かった。

 彼女は本当にパンツを見せてくれるのだろうか?



※※※



「え? 嫌だけど」

「あ、やっぱり?」


 一応土下座までしてみたけど、ミアはパンツを見せてはくれなかった。


 クソ、そこまで言うならいいよ! 別に僕もミアのパンツにそこまでの価値を見出してないよ!


「…………」

「ど、どうしたのミア。急に僕を睨んだりなんかしちゃって」

「えーくん、何か私に失礼なこと思ってないかしら」

「別にそんな、ミアのパンツなんかよく考えたら全然興味なかったとか思ってないし!」

「…………」


 キリキリキリ。

 と、音がしそうなくらいミアの視線が鋭くなる。


 かと思えばいきなり立ち上がり、


「いいわ。見せてあげる、私のパンツ」

「え? いや別にいいよ。そんなに興味ないし」

「遠慮する必要はないわ。えーくんになら見られても構わないもの。むしろ、今ここで脱いだものを手渡したっていいくらいよ」

「何それ、きたなそう」

「な、なんでなのよ! まあまあ清潔よ!」

「一日中履きっぱなしなのに綺麗なわけないだろっ!? 本気で言ってんのかぁ!?」

「な、なんで急にマジギレしてるのよ!?」

「僕が女の子の蒸れて汚れた下着に興奮すると思ったら大間違いだからな! 全く興奮しねえからな! ハァハァ……じゅるり」

「お巡りさんっ! ここに変態が居ます!」


 ハッ……しまった、ついうっかり性癖を暴露してしまった。

 僕は下着という餌にまんまと引っかかってしまったというわけだ。

 ここまで計算していたとは。恐るべし、ミア。


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