第5話 僕の寿命がこんなに短いわけがない。 その②
※※※
「で、僕を追って来てるのは何人?」
『一人だわ。どうして狙われていると分かったの?』
「僕、生まれつき肌が弱くてね。他人の視線にも敏感なんだ」
『ふうん、そう』
「冷たいね」
魔導学校を卒業しているだけあって、ミアもそれなりの魔法の使い手だ。
特に、地形の把握や人の探知、交信なんかをするサポート型の魔法が得意らしい。
『敵が近づいて来てるわ。私たちのこと、どのくらい感づかれてるのかしら』
「少なくとも、僕らが食事してるところをわざわざ見にくるくらいは、僕らに興味があるんじゃないかな」
『来たわ、えーくん。くれぐれも肌荒れには気を付けてね』
「帰ったら、きちんと保湿しておくことにするよ」
ミアからの交信魔法が途切れ、僕は後ろを振り向いた。
そこには、長髪で無精ひげを生やした、黒いローブを羽織った長身の男が立っていた。
「えーと、どちら様?」
僕の問いに、相手が答える。
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが常識だろ?」
「常識を押し付けてくる人は、僕は嫌いだな。あなたの常識が僕の常識かどうかなんてわからないでしょ?」
「今質問してるのは俺の方だ。質問に質問で返すな」
「記憶違いだったら悪いけど、最初に質問したのは僕のはずですよね」
「はっ、嫌なガキに当たっちまったもんだぜ」
「僕はあなたのような人を呼んだんだ覚えはないですよ。その恰好――もしかして、仮装パーティの会場を間違えちゃってるんじゃないですか?」
相手は首を振った。
「いいや、魔導学校の卒業生だけを狙う殺人鬼なら、お前であってるはずだ。そうだな?」
「そうだなって言われても……もし僕が犯人なら、絶対にうんとは言わないですけど」
「答えは聞いてない、ぜ」
相手の背後で、何か影のようなものが動いた気がした。
次の瞬間、僕は肩から脇腹にかけて真っ二つに切り裂かれていた。
「ぐっ!?」
「時間をかけるのは嫌いなんだ。俺はせっかちでね。できればさっさと死んでくれると助かる」
「言われなくても」
言われなくても。
僕はすぐに死ぬ。
そして、時間は巻き戻る。
「答えは聞いてない、ぜ」
男の背後の影が、再び僕に襲い掛かる。
僕は咄嗟に飛びのいた。
刃物のようなものが、僕の鼻先を掠めていく。
――少し、刃先が触れた。
「……っ」
「直撃は避けたか。さすがと言いたいが、でも、駄目だな」
「駄目? 何が?」
「すぐに分かる」
長髪に隠れた男の瞳が怪しく輝いた。
突然、僕の視界が真っ赤に染まった。
触ってみると、それは僕の血だった。
目から血が?
いや、それだけじゃない。
気づけば、僕の鼻や口、全身から血が噴き出していた。
なんなんだ、これ……。
この血の量、
再び僕は死に、直前に時間が巻き戻る。
男の背後の影が僕の目の前に迫るのが、僕には見えた。
よく分からないけど、これに当たるとマズいらしい。
僕は無理やり体をひねって、影を躱した。
影は、鎌のような形をしていた。
男の背中から伸びる鎌だ。
背中から地面に倒れた僕は、次の攻撃が来ないうちにはね起きた。
「躱したか。卒業生を四人も殺しただけのことはある」
「あんた、一体何者?」
「教えて欲しけりゃ自分から名乗るんだな」
「えーくんって呼んでくれると嬉しい」
「えーくん……? ま、お前の本名を呼ぶよりは時間がかからなくていい。気に入ったぜ。いいか、えーくん。俺はお前やお前と一緒にいた女のような、反乱分子を排除する仕事をやってる」
「僕から見ると、僕を殺そうとするあんたの方が反乱分子なんだけど」
「人の話は黙って聞け。余計な時間がかかる。でな、時々あるんだよ。お前らみたいな落ちこぼれ組が、優秀な人間を逆恨みして暴走するケースってのがさ」
本当に優秀な人間なら、僕みたいなのに殺されるようなことはないはずだけど、と僕は思った。
だけど、それを言ったらまた話が長引きそうだから、やめた。
「だから俺は、そういうケースを駆除すべく、国に雇われてるってわけさ」
「駆除ってひどいな。人を害虫か何かみたいに」
「自覚が無いようなら教えてやるが、お前は魔導王国グラヌスにとっちゃ害虫なんだよ。三年もかけて育てた果実を勝手に食い荒らしてダメにする害虫だ」
「三年かけて腐らせてきた、の間違いじゃないんですか?」
「口の減らないガキだ。そろそろ死ね」
あの鎌が、僕に襲い掛かる。
とにかくアレに当たるとヤバい。
僕はナイフを引き抜き、鎌を食い止めようとした。
だけど。
鎌に触れた瞬間、ナイフは一瞬で錆びついて壊れてしまった。
鎌はナイフを貫通し、そして僕の心臓を貫いた。
全身から血が噴き出る。
僕はまた死んでしまった。
――そして、また生き返った。
あの黒い鎌が再び目の前に迫る。
僕は最初と同じように、全力で回避した。
ラッキーなことに鎌は僕に掠りもしなかった。
というか、掠ってたら死んでた。危ない。
すぐ敵に背を向け、建物の影に隠れる。
どうしたらいい?
「ミア、どうしよう。敵がめちゃくちゃ強いんだけど」
ミアの声はすぐに返って来た。
『それは分かってる。身体的なステータスはえーくんとあまり変わらないけれど、敵のスキルが強力すぎるみたいね』
「敵のスキルの正体、分かる?」
『残念ながら、私の【
「だと思った」
『だけど、敵の攻撃は遠隔操作型みたいだわ。相手は動いてないのに、周囲の魔力が変動してる。それから……妙だわ』
「何? パンツ履き忘れてた?」
『バカ、ちゃんと履いてるわよ。そうじゃなくて、
「崩壊?」
僕の頭に浮かんだのは、あの錆びついて壊れたナイフだった。
「おいおい、逃げるなよ。長引くだろ」
男の足音が僕の方に近づいて来る。
鎌。
崩壊。
死。
なんかピンときた。
もしかして、そういうことなのか?
僕はナイフを構え、建物の影から飛び出した。
男は案外近くにいた。
この距離なら刺せる。
だけど、僕のやることはいつだってうまくいかない。
物陰を飛び出した瞬間に、男の鎌が僕の体を引き裂いていた。
再び体中から血があふれ出し、僕は地面に倒れこんだ。
男の足元では、舗装された道路がグズグズに風化し始めていた。
「飛び出してきたと思ったら、呆気ないぜ」
だけど、これでようやく分かった。
相手の能力。
それは、
人に触れれば、その肉体を。
ナイフに触れれば、その切れ味を。
道路に触れれば、その強度を。
万物の命に当たる部分を破壊するスキル。
あーあ、それってさ。
僕が欲しかったようなやつじゃん。
本当は僕のスキルって、そういうやつじゃなかったの?
なんで僕のは自分を殺すスキルなの?
なんで向こうのは他人を殺すスキルなの?
不平等だ……。
そして相手は貰ったスキルがたまたま強かっただけで人生勝ち組だ。
僕と相手に、本質的な違いはないだろうに。
なんかイライラして、僕は最後の力を振り絞り、右手のナイフを男に向かって投げた。
ナイフは、
その軌道に僕は見覚えがあった――が、それに気が付いた時には既に僕の命も尽きていた。
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