第4話 僕の寿命がこんなに短いわけがない。 その①


※※※


 国を滅ぼす。


 気に入らないものを滅茶苦茶にする。

 

 そっか。


 そうすればよかったんだ。


 気に入らない両親も。

 気に入らない学校も。

 気に入らないギルドも。

 そして、気に入らないこの国も。


「簡単なことだったんだ!」


 目の前の相手を、僕はナイフで一突きにした。


「なぜ、俺の攻撃を躱せたんだ……!?」

「それも簡単な話、僕は死ぬ気でやってるからだよ」


 ずるっ、と相手は地面に倒れこむ。

 こいつのスキルは確か、【追尾ストーカー】。遠距離攻撃に追尾性能を加えるスキルだ。


 この相手に対して僕は十四回くらい死んで、十五回目の今やっと倒した。

 五で割り切れてキリがいい。狙ってたわけじゃないけど。


 ちなみにどうやって倒したかというと、要は相手の攻撃は追尾してくるだけで遮蔽物を貫通するわけじゃないから……っと。

 これ以上は言葉にしづらいから説明するのはやめとく。


 お互いに時間の無駄だしね。


『おめでとう、さすがえーくん。相手が|初対面の敵⦅・・・・・』とは思えない戦いぶりだったわ』


 交信魔法テレパスでミアの声が僕の脳に直接送られてくる。

 それにしても『初対面の敵』か。


 まあ、僕以外にはそう見えちゃうから仕方ないけど。


「これで僕は同期を何人殺した?」

『今ので4人目。一人当たりにかかる時間はだんだん短くなってる』

「で、僕らの同級生は全部で何人いるんだっけ」

『120人ね』

「30分の1は倒したわけだ」

『正確に言えば、私たちを除いて118人。59分の2ってところかしら』

「細かいよ、ミア。君の胸と同じで」

小児性愛者ロリコン相手にはそっちの方がいいのよ』

「ふーん。僕は大きい方が好きだな」

『あんなの異常よ。人間じゃないわ。二足歩行をする動物が上半身に過剰な重量を追加する必要性なんて、私には分からないけどね』


 巨乳に対する嫉妬がすごい。


「ミア博士の生物学的な知見の広さにはいつも驚かされるよ。それじゃ、帰りのルート指示をお願いする」

『そのまま直進』

「あの、川に落ちるんだけど」

『胸の大きい女にしか興味ないような奴は、川に落ちて死ね』

「言ってなかったけど、実は僕貧乳の方が好きなんだ」

『背後の路地に入って右に。その後直進、ルートの3番を通って私の部屋まで。早く帰ってきてね。待ってるわ』

「了解」


 僕らが出会ってから、5日。

 僕らは、とりあえず同級生から始末していくことにした。



※※※



「でさ、ミア」

「何?」


 僕はミアと一緒に、料理屋に来ていた。

 もちろんミアの奢りだ。僕はお金を持っていないから。


「どうしてギルドや国の中枢を襲ってしまわないの? そっちの方が早いと僕は思うんだけどな」

「同級生と戦うのが嫌になったの?」


 ミアはフォークで付け合わせの野菜を突き刺しながら言った。


「別に」僕は答える。「嫌になったわけじゃないよ。ただ、さっきも言ったように、ちょっとやりかたが回りくどいんじゃないかなと思ってさ」

「その話はもうしたつもりだけど。一番むかつく相手から順番に殺していくんでしょう?」

「そういえばそうだったね」


 僕もミアに習って、付け合わせの野菜を口に入れた。

 マズくはない。普通の味だ。


「最初に殺したのは、えーくんを貧乏人ってバカにしたダニア君。彼はこの街のギルド所属の冒険者だったわ」

「最初の相手にしてかなり手強かった。多分僕は百回くらい死んでる」


 言いつつ、僕は焼いた肉の塊をナイフで切り、食べた。

 考えて見りゃ、この肉も死体みたいなものか。

 牛の死体は皿の上に、ヒトの死体は墓の下に、か。


「それから次は、いつも大人に媚びてばかりいたダカミアさん」

「女の子だった。顔は可愛かったよ。そんなに強くなかった」

「えーくん」

「何、ミアちゃん」

「ダカミアさんの胸は?」

「まあまあ大きかった。30点の加点ってとこかな」


 ミアの目つきが鋭くなる。

 まるで砥いだばかりの刃物みたいに。


「あ、でもまあ、僕はミアの方が好みかな。総合的に見て」

「えーくんと私は運命共同体なんだから。仲良くしましょう、えーくん」


 僕の言葉に、ミアが笑顔を返してくる。


「僕も仲良くしたいと思ってるよ」


 だから、急に不機嫌になるのはやめてほしいな。

 いや、口には出せないけど。


「で、三人目は……」

「もういいよ、ミア。全部終わった話だろ」

「……そう? だったらもう言うのはやめるわ。その代わり」

「その代わり、何?」

「私、人がものを食べてる音が気になるタイプなの。ねえ、えーくん。何か面白い話をして私の気を紛らわせてくれないかしら」

「残念ながら、魔導学校には女の子が面白がるような話を教えてくれる授業がなくてね」


 それに僕自身、学校に通っていた間ろくに他人と会話していない。

 トークスキルは皆無と言っていい。即死レベルに。


「じゃあ、面白くなくてもいいわ。えーくんの話を聞かせて」

「そう? だったらこういうのは? 僕はこの魔導学校を受験するまで、世界には僕と両親しかいないと思ってたんだ」

「どうして?」

「それまで家から出たことがなかったからね。正確に言うと、出してもらえなかったんだけど。両親以外の人間を見たことがなかったんだよ」

「たくさんの人を見て、驚いた?」

「かなりね」

「どう思ったの?」

「人間っていっぱいいるんだって思ったよ」


 この中から何人かいなくなったとしても、誰も気づかないだろうな……とも。

 考えてみれば、今この料理屋にだって何人もの人間がいる。

 そして、その全員がいずれ死ぬ。

 そこにあるのは、遅いか早いかの違いだけだ。


 もしくは、自分自身がその死を受け入れられるか否か……。

 幸福なまま死ぬか、不幸だと嘆きながら死ぬか。


 死は平等。


 いや、不平等だ・・・・


 だって僕は人の何倍、何十倍、何百倍、何京倍も死んでるから。

 あ、嘘。何京倍は言い過ぎ。


 せいぜい何十倍くらいだろう。

 それに、平等とか不平等とか言い出したらキリがない。


 僕より偉そうだから、僕より幸福だから、僕がムカついたから、


 殺す。


 理由はどうだっていい。あってもいいけれど、単純な方がいい。

 余計な考えは僕を惑わせる。

 ナイフの一振りを遅らせる。


 僕は、皿の上の焼いた肉を、ナイフでもう一切れ切り取った。


「ミア、食べたい?」

「いいえ。もうお腹いっぱいだわ。でも、えーくんがどうしてもって言うなら、食べてあげないでもないけれど?」

「じゃあ、どうしても食べて」

「分かったわ」


 ミアが僕の皿へフォークを伸ばす。

 僕はそのフォークを、僕のフォークで止めた。


 不満げな顔をするミア。


「なんで止めるのよ」

「僕が食べさせてあげる」

「えっ」

「口を開けて」


 フォークで肉の一切れを突き刺し、僕はミアの口へ持って行った。

 僕の上半身が、自然とミアの方に流れる。


ミア・・よく聞いて・・・・・

「!」

「僕らを狙ってるやつがいる」


 僕はミアの耳元に囁きながら、フォークを彼女の口に突っ込む。


 ミアがむせた。


「あ、ごめん」

「丁寧にやってよ、バカ!」

「次は気を付けるよ」

「次があると思ってるの? 私、帰るわ・・・・・


 そう言い残して、ミアは店を出て行ってしまった。

 というか、出て行かせた。


 テーブルの上には食事代が置かれている。多分、ミアが置いていってくれたんだろう。


 よかった、危うく食い逃げ犯になっちゃうところだった。



※※※


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