第3話 最弱常敗の即死雑魚 その③


「えーと、とりあえずそれはそれとして、君のスキルって何? よかったら教えてほしいんだけど」

「いいわ、見せてあげる。【開示ヴィジュアライズ】」


 ミアがそう言った瞬間、僕とミアの間に数字の羅列が出現した。


「何、これ?」

「これはあなたという存在を数字で表したもの」

「そりゃ凄いや。で、それで何が分かるの? 宝くじの当選番号?」

「一言で言うなら、あなたのステータスが分かるわ」

「へえ」

「ここがあなたの筋力、こっちが俊敏さ、こっちが……」

「分かった、もういいよ。ありがとう」


 思ったより面白くなかった。

 僕はベッドから立ち上がった。


 だけど、運の悪いことに、そのまま足を滑らせてしまった。


 そしてテーブルの角が僕の眼球に直撃する。

 ぐちゃ、と嫌な音が僕の頭の中に響いた。


 うわ、死んだな、こりゃ。

 真っ赤になった視界が、徐々に暗くなっていく。


 ミアの悲鳴が聞こえる。


 彼女が僕の体を起こそうとするのを感じる。

 だけど、ちょっと、遅かった。


 そして時は巻き戻る。


「いいわ、見せてあげる。【開示ヴィジュアライズ】」


 つい数秒前に聞いたはずのミアの声に、僕は我に返った。

 目の前にはあの数字の羅列が浮かんでいる。


「えーと、説明はいいよ。要するにこれは僕のステータスなんでしょ?」

「……どうして分かったの?」


 いぶかしげな顔をするミア。


「今から数秒後に、僕はうっかり死んじゃったんだ。だけどこうして生き返って、人生を再びやり直してるってわけ」


 ミアの視線がますます鋭くなる。

 可愛い系の顔なのに、怖い。きっと裏表があるタイプなんだろう。


「それがあなたのスキルってわけ?」

「そういうこと。話が早くて助かるよ」

「だったら、この数字が何の数字なのかも分かるのかしら?」

「数秒前にミアが教えてくれたからね。こっちが僕の筋力で、こっちが俊敏さ……」


 ミアの方に回り込んで、僕は数字をひとつずつ確認していった。


 でも、おかしい。


 なんか変だ。


 さっきと同じシチュエーションのはずなのに、どの数字にも見覚えが・・・・・・・・・・ない・・


 というか、どの数字もさっき見たものより大きくなっている。

 要するに、死ぬ前よりステータスが上昇している。


 僕の干し草でも詰まってんじゃないかって頭に電撃が走る。


 まさか。


 いや、しかしそれ以外ありえない。


「……ねえ、ミア」

「何、えーくん」

「僕を殺してくれる?」

「こ、殺す!?」


 ミアが驚いたように顔を上げた。


「そうだ。殺してほしい。別に殺さなくてもいいけど、僕に死にそうって思わせてほしい」

「ど、どうしてかしら?」

「それが僕のスキル【即死デストラクション】だからだ」

「で、でも私にはできないわ。だってあなたは私を助けてくれた人だもの」


 えーい面倒くさいな。

 こんな時に助けた助けてないなんて、関係ないんだよな。


「じゃあいいや、僕が死のう」


 幸いにもミアの部屋はアパートの二階だった。


 窓から落ちれば十分死ねる。

 僕はミアを置き去りに、部屋の窓から跳んだ。


 一瞬、体が奇妙な浮遊感に包まれる。

 夜の風が僕の頬を切り裂いていく。


 道路の石畳はもう目の前だ。


 そして、僕はもう一度死んだ。


 ――それから生き返った。


「……やっぱり私には殺せないわ」


 気づけば僕は、やはりミアのベッドの上にいた。


「いや、もう殺してくれなくていい。目的は達成した」

「どういうこと?」

「ステータスを見てくれれば分かる」


 表示されたステータスは、さっきよりもさらにその数値を大きくしていた。

 これで【即死デストラクション】の隠された能力が明るみに出たことになる。


 つまり、『死ねば死ぬほどステータスが上昇する』能力が。


 これで僕が最近チンピラと戦えるようになった理由も分かる。

 筋力や反射神経、その他諸々が強化されていたからだ。


 でも、それに気づいたからと言ってどうだというんだろう。

 『死ねば死ぬほどステータスが上がる』なんて、周りの人にどう説明したらいいんだ?


 理解されないスキルなんて、スキルが存在しないのと同じだ。

 もっと分かりやすい、敵を爆発させるスキルとか怪我をしないスキルとか、そういうのがよかった。


「……ねえ、えーくん」

「なあに、ミアちゃん」

「……いきなりちゃん付けで呼ぶの、やめてくれないかしら」

「ごめん」

「話を戻すわ。えーくん、私の背中を見ても何も感じなかったの?」

「非常に前衛的なデザインだなあとは思ったけど」

「そう。斬新な意見をありがとう」

「で、ミアの背中がどうしたの?」

「いままでこの呪印を見た人は、みんな私から離れていったわ。それだけこの国ではジャギア族が疎まれているの」

「うん、まあ、魔導学校でもそう習ったよ。ジャギア族は忌むべき敵だって」

「だけどあなたは逃げなかった。どうして?」

「どうしてって、僕は別にジャギア族に親を殺されたわけでもないしね」


 むしろ殺してほしいくらいだ、ああいう親ならば。


「もう一つだけ聞くわ。えーくんがギルドに入れなかったのはどうして?」

「僕のスキルがゴミクズ同然だと思われたからだ」

「そうよね。それって、えーくんが悪いのかしら」

「……ミアは、誰が悪いんだと思う? 僕がギルドに入れなかったことと、ジャギア族が疎まれることの原因は何なんだ?」


 ミアは、ぞっとするような笑みを浮かべた。

 マジで、小さな子供が見たらトラウマになるレベルの笑みを。


「全て、この国が悪いのよ。この魔導王国グラヌスが。この国の生きとし生けるもの全てが」

「……ふうん。で、仮にそうだとして、君はどうするんだ」

「私の望みは一つだけ」


 ミアが僕に顔を寄せてくる。

 白い肌に赤く輝く双眸が僕の顔を覗く。


 自分の胸が奇妙に高鳴っているのを感じた。


「ねえ、私と一緒にこの国を滅ぼさない?」


 僕は答える。


「すっげー魅力的な提案だね、それ」



※※※

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