おいでませ僕の迷宮世界
「せーんぱい! おっはよーございまーす!」
後ろから聞こえた元気の良い声に、僕は読んでいた文庫本を閉じて振り返る。毎朝こうして、学校まで歩きながら読書するのが、僕の新しい日課だった。
「やあおはよう、橘」
「何読んでたんすか?」
「アガサ・クリスティーだけど」
「おお! オレ、ポワロ好きなんですよ! 検察側の証人、超面白いっすよね」
ところで先輩。
橘は口に手を添えて、こっそりと囁く。
「先輩の近所の峯山さん夫婦、殺されたんですって?」
「そうらしいね。新学期早々、怖いよね。こんなに身近で殺人事件が起こるなんて」
僕は肩を竦める。ニュースでもその事件は報じられ、きっと学校でもそのことについて先生たちが話をするのだろう。そう思うと、気が重い。集会は嫌いだ。
その時、自転車に乗った女子生徒が橘に話しかけてきた。
「何のんびりしてるの? 急がないと遅刻しちゃうよ、拓巳くん」
「わ、ほんとだヤバい! じゃあ沙上先輩、また部活で!」
「はいはい。元気だなぁ」
まあ、僕は、遅刻してもいいか。
そんなことを思いながら、再び本を読みつつ歩く。校門に辿り着いた時、桜の木の下に立っている、見慣れない顔の生徒を見かけた。制服がこの学校のものとは違う。だが、聡明な顔立ちをしたその子は、そんなことなど気にも留めず確かな足取りで校舎へ入っていく。まるでずっと、この日を待ち望んでいたかのように。
その背を見送って、僕は一人、ふっと微笑んだ。
「――さあ、解いてみな。探偵さん」
絶対に人を殺すミステリー 名取 @sweepblack3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます