第82話 こくろうのいこいてい、ふたたびでしゅ

 部屋の空き状況を聞くべく、セバスさんとセレスさんが宿の中へ入っていくのを見送る。空き部屋がなかった場合にそなえ、キャシーさんとスーお兄様は馭者台に乗ったままだ。

 待つこと数分、すぐにこげ茶色の毛並みの狼さんが出てきた。いや、狼というよりは犬? にしては顔が細くてキツネっぽい感じで、どちらかといえば狼に近い。

 なんだろう……と考えて、コヨーテに近い風貌なんだと思い至る。

 よっぽど私が不思議そうな顔をしてその人を見ていたんだろう。笑って私の頭を撫で、「コヨーテの獣人なんだ」とイケボな兄さんの声で教えてくれた。

 おー、コヨーテなんだ! 舌足らずながらも教えてくれてありがとうとお礼を言うと、お兄さんはニコニコしながらもう一度私の頭を撫で、蜘蛛コンビと一緒に馬車置き場に移動していった。それを見送ったあと、バトラーさんに抱っこされたまま、木造の扉をくぐって中へと入る。

 中は落ち着いた雰囲気と穏やかな空気が流れているからなのか、併設されている食堂ではまったりした空気でご飯を食べている人が多く見受けられる。まあ、冒険者もいるようで、ホーンラビット狩りのことを話しているのか、それらの話も途切れ途切れながらも聞こえてくる。

 物珍しさにキョロキョロしていると、右のほうから「バトラー? それにテトやセバスまで!」と、バリトンボイスが聞こえてきた。

 そちらを見れば、これまた見事な毛並みの、真っ黒い狼さん。しかも、見た目は二足歩行している狼さんだよ! もふもふだよ!


「アルバート! どうしてここに?」

「視察。もしかして、その幼子はステイシーが言ってた子か?」

「ああ。ステラという」


 バトラーさんの紹介で私に釘付けになる真っ黒い狼さん。……はっ! 見惚れているばやいではない! 挨拶せねば!


「はじめまちて。ステラでしゅ」

「アルバートだ。よろしくな。それにしても、めんこいな!」


 肉球付きの手が伸びてきて、わしわしと私の頭を撫でる、アルバートと呼ばれたバリトンボイスなおっちゃん、かな? たぶん。ステイシーさんを知ってるみたいだけど、どんな関係ですかー?


「部屋は大部屋でいいか?」

「空いてるなら頼む。あと商人の服も」

「あいよ。あ、ステラの分は?」

「必要ない。スティーブが張り切ってな……」

「今着てるの、全部スティーブの手作りなんだ……」

「なるほど……」


 バトラーさんとテトさんの説明に、なぜか遠い目をするアルバートさん。

 わかる、わかるよ! スキンヘッドなぶっとい指で繊細なレース編みをするオネェさん……。しかも、めっちゃ可愛いデザインの服なんだぜ……? 遠い目になるのも仕方ないよね!

 てなわけでアルバートさんに案内された部屋は、一階の奥にある大部屋。十人は余裕で泊まれる部屋だ。

 他にもお風呂とトイレ、簡易キッチンの他に、ソファーとローテーブルがある部屋もある。……もしかして、かなりお高い部屋なんじゃ……と思ったら、そうでもないらしい。

 つうか、ほぼ商人の活動をする、あるいは冒険者の活動をする時の神獣たち専用の部屋と化しているらしい。ある意味すげぇ!

 セレスさんがお茶を淹れ、アルバートさんの話になったんだけど、彼はステイシーさんの旦那さんだそうな。てことは、ブラックベオウルフという種族の神獣様ですな。

 ステイシーさんとは違い、完全に真っ黒い狼の顔をしたアルバートさんだけど、ステイシーさんのように耳と尻尾だけ生やして半獣人のようにもできるし、完全に人間のような見た目にもなれるんだって。

 もちろんそれはステイシーさんもだけど、アルバートさんやステイシーさんに限らず、神獣であればどんな姿にもなれるそうな。


 ……シラナカッタナー(棒)


 いや、最初に知り合ったバトラーさんやその後に知り合った神獣たちの今の姿を見ればわかるけどさあ……、どうせならきちんと教えておいてほしかったよ!

 ま、まあそれは横に置いといて。


「服以外で必要なものはあるか?」

「今のところはない」

「わかった。じゃあ、ちょっくら買い出ししてくるわ」

「頼む。金はあとで纏めて請求してくれると助かる」

「はいよ」


 またな、と言ったアルバートさんは、私の頭を優しく撫でたあと、部屋を出ていった。ちょっと硬かったけど、なかなかイイ肉球でした。くふ。


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