第17話 けはいさっちくんれんでしゅ

 くんかくんかと鼻をひくひくさせる。お腹が刺激されるような、すんごくいい匂いがする。

 あれだ、パン屋さんの前を通った時に嗅ぐ、焼き立てパンの匂い。

 香ばしいというかかぐわしいというか、お腹がすく匂いだった。

 そこでハタと気づいて飛び起きると、ガシッと大きなもふもふに押さえつけられた。おおう、何事!?


<おはよう、ステラ。飛び起きてどうした? 怖い夢でも見たか?>

「バトラーしゃん、おあようごじゃいましゅ。しょうらにゃくて――」

<ああ、パンの焼ける匂いで起きたのか。テトがいるんだ、ステラが作る必要はない>

「あ……。しょうれした!」


 すっかり忘れていたけれど、昨日死神で神獣のテトさんい出会い、ご飯は彼が作ってくれると話していたんだっけ。幼児に作らせるわけにはいかないと言って、昨日の夜から作ってくれているのだ。

 昨日食べたスープはとても美味しかったから、実は楽しみなんだよね。


<テトが呼びに来るまで、ここにいればいい>

「あい」


 大きくて真っ黒な虎の手が私を抱き込むように、引き寄せられる。男前すぎて……惚れてまうやろー!

 ちょっと硬い黒い肉球をぷにぷにさせてもらったり、ふかふかな胸毛を堪能しているとテトさんが呼びに来た。


「ステラ、バトラー。おはようございます。ご飯ができましたよ」

<おはよう、テト>

「おあようごじゃいましゅ、テトしゃん」

「ふふ。さあ、泉で顔を洗ってらっしゃい」

「あい!」


 人型になったバトラーさんが寝床からどくと、私が先に毛布などを片付け、そのあとで不思議植物をしまうバトラーさん。それを見届けてから小屋を出て泉に向かい、顔を洗ってテトさんがいるところに戻った。

 今日のご飯は焼き立てのパンとコーンクリームスープ、スクランブルエッグにソーセージとサラダという、ホテルのようなブレックファーストだ。

 朝食と言ってはいけない。あくまでもブレックファーストである。そういう絵面なんだよ、目の前にあるご飯は。

 そして飲み物はオレンジジュースであ~る。あと、せっかくだから飲むヨーグルトも提供してみた。

 食後は私が提供することになっていて、二人がストレートの紅茶をリクエスト。私は「「大きくなれ」」と二人に言われたので、牛乳。

 では、実食!

 一口飲んだコーンクリームスープはコーンの味が濃厚で、とても美味しい! 舌ざわりも滑らかだし、粒のコーンも入っていて食感も楽しいし、コーンの味に隠れるように、ミルクの味もしている。

 塩加減もいい塩梅だ。

 パンは昨夜と同じ柔らかい白パンで、プレーンと干しブドウ、チーズとクルミが練り込んである三種類。他にもハチミツの香りがするパンもあった。

 大きさはロールパンサイズだけど、私が食べるものはその半分もない、大人だと一口で食べられるとても小さなサイズだ。幼児サイズになっているのも凄いし、一応食べられる年齢とはいえ、ハチミツを直接食べさせないようにしている気遣いも有り難い。

 スクランブルエッグはふわふわしていてほんのり甘く、ソーセージも私の分は一口サイズに切られている。もちろんそれはサラダにも言えることで、ドレッシングは塩とオリーブオイルだけと、シンプルなものだった。


「おいちいでしゅ、テトしゃん!」

「それはよかった。ほら、スープもちゃんと飲んでください」

「あい!」


 にっこりと微笑みを浮かべるテトさんもすんごくイケメンである。いや、ご飯を作ってくれているからイクメンか?

 人外的な顔面偏差値の二人に囲まれ、うまうまとご飯を食べる幸せ。ああ、ここは天国か! いや、異世界だけど。私も顔面偏差値ヤバイけど。


「ステラ、ほら顔にパンくずがついているぞ」

「あう……」


 すっと手が伸びてきて、頬を触られる。手の主はバトラーさんで、ついていたパンくずはそのまま彼の口の中へ。

 おおう……こっちもイケメンやー! イケメン二人にお世話されて、私の心臓がもたない!

 ……なんてことはなく、羞恥心だけが体を支配した。

 幼児だもんな。恋愛に発展しそうにもないし、私もそんな気分になれない。

 二人の兄か父親にお世話されている気分というのが正しいかな?

 すまん、お兄様方。お世話をおかけします。

 そんなこんなでご飯も食べ終わり、出発の準備。魔術特化のテトさんが加わったからなのか、バトラーさんは魔術師の恰好から剣士の恰好になった。下が革のパンツで黒、上が魔術師スタイルと同じ色のシャツだ。その上に胸だけを覆う革の鎧に、足と腕にも防具が嵌められていて、左腰には剣がぶら下がっている。

 ロングソードと呼ばれる、一般的な剣だそうだ。ただし、レアな鉱石をふんだんに使って作った剣なので、強度も切れ味も抜群だし、お値段もめっちゃ高いとのこと。

 そしてテトさんは相変わらずローブを着ているけれど、背中には例の禍々しい大鎌を背負っているのがなんとも……。

 小屋に関しては、せっかく作ったからとテトさんはそのまま亜空間にしまい込んだ。この先には樹洞や洞窟があるとは限らないし、いつまた先日のように雨が降っても大丈夫なようにとの配慮からだそうだ。

 ちょうど冬になる前の雨季なんだって。日本でいうところの、秋の長雨なのかも。

 本当にありがたいなあ。私一人だったら、今ごろどうなっていたかわからない。本当にバトラーさんとテトさんに出会えてよかったなあ。

 出発準備が整ったので、移動を開始。バトラーさんが剣士スタイルになったので、抱っこはテトさんに変わった。


「じゃあ、ステラ。魔力を周囲に広げてごらん?」

「あい」


 歩きながら、魔物を察知するための訓練開始だ。テトさんに言われた通り、まずは掌に魔力を集め、それを薄く伸ばしながら広げていく。すると、魔力が当たったのを感じられた。


「テトしゃん、なにかあたりまちた」

「ふむ……おや。かなり先まで広げたんですね」

「しょうなんれしゅか?」

「ええ。ステラが感知した魔物は、80メルル先にいますから」

「おおう……」


 かなり先まで伸ばしていたらしい。凄いな、私。自画自賛しちゃう。もっとも、テトさんの教え方が上手だからだ。

 ちなみに、メルルとは地球だとメートルと呼ばれている長さの単位。創造神でもあるバステト様が地球の神様だからなのか、地球と一緒の長さだ。センチにあたるものはセルル、キロに当たるものはキルルという。

 重さの単位は地球と同じなので割愛。


「幼子にしては優秀ですね。魔力の循環や操作を教えたのは、バトラーが?」

「ああ。普通なら早くて三日、遅くとも一週間から十日はかかるところを、数時間でスキルとして生えてきたほどだ」

「なるほど」

「バトラーしゃんのおちえかたがじょうずらったからでしゅよ? とてもわかりやすかったれしゅ」

「そうか」


 最初は魔力ってなんだと思ったけど、教わってからはあっという間だったのだ。今は会話をしつつ、無意識に循環と操作ができるようになっている。

 そんな話をすると、テトさんにいいこいいこと頭を撫でられた。くふっ。

 魔力を広げつつ歩いているうちに、私とテトさんが感知したと思われる魔物の姿が見えてくる。それはマンモスのように長い牙が上に反り返った、ゾウの倍近くはあるだろう大きなイノシシだった。

 エンペラージャイアントボアと呼ばれる、ボア種の王様だ。


「ブモーーーっ!」


 鼻息も荒く、興奮したように叫ぶエンペラージャイアントボア。まずはテトさんが魔法を使い、真っ黒い鎖で拘束する。


「ステラ、顔を狙ってウィンドカッターを放ってください」

「あい。うぃんどかっちゃー!」


 おおう、噛んだ! くそう、幼児の舌めぇ!

 練習していた時よりも威力が上がっているとはいえ、そこは魔物との埋められないレベル差があるうえに、幼児が放ったウィンドカッター。ボアの王様にダメージを食らわせたとは思えない。

 それでも私が放った魔法に追随するようにテトさんもウィンドカッターを放つと、それを追いかけるようにバトラーさんが走り、自分よりも背丈があるボアの首を、ジャンプしてから呆気なく斬り落とした。

 うはっ、バトラーさんったら凄い!

 青い血を撒き散らしながら、もんどりうって倒れたエンペラージャイアントボア。バトラーさんによって解体されたあと、肉はテトさん、素材はバトラーさんの亜空間の中に入れられた。

 超高級な肉で滅多に食べられないから、お昼に食べようかとテトさんが張り切っている。

 そ、そうか……超高級肉なのか……。一塊で金貨50枚すると言われてもピンとこなかったけれど、とっても高いというのだけはわかった。


「町に着いたら、お金のことも教えよう。今は教えるためのものが手元にないからな」

「僕もないなあ。まあ、今はとても高い、とだけ憶えていればいいですよ、ステラ」

「あい」


 ラノベ的な話なら金貨一枚で一万とか十万とかだけど、この世界はどうなんだろう? 日本の物価と同じと考えたらダメなんだけれど、それでもなんとなく当てはめてしまう。

 今は必要ないし、あとで教えてくれると言うんだからそれまで待とう。

 そんな感じで森を歩きながら魔力を広げているうちにスキルになった。それを二人に教えたら、テトさんが絶句した。


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