第12話 おてがみでしゅ

 便箋は肉球や猫が描かれている、とても可愛らしいものだった。



 『ステラへ


  食材を始めとしたものを足しておきました。

  貴女の役に立ててください。

  今さらなのですが、貴女に謝罪をしなくてはなりません。

  思った以上に貴女の年齢が低く、そして体が小さくなって

  しまったのは、わたくしのミスです。本当に申し訳ありません。

  それから、手違いで死の森に落ちてしまったことも。

  それを知って、慌ててバトラーを遣わしました。彼には

  ステラの守護をするように言ってあります。

  彼はとても強い、世界最強の一角でもある神獣、ティーガーです。

  彼がいれば、死の森であろうと、町であろうと、ステラが危険な目に

  遭うこともないでしょう。必ずバトラーと一緒に行動してほしい

  のです。とても過酷な世界だと思いますが、いつでもステラのことを

  見守っています。


  そしてその鞄ですが、森を出たとしても中身が減ることはありません。

  一晩たてば、元々鞄の中に入っていた数量に戻ります。

  ただし、この世界で採取したものを入れたとしても同じことには

  ならないので、気をつけてくださいね。

  わたくしがステラに与えたもの限定ですので。

  ステラにしか使えないものですが、念のためバトラー以外には

  話さないように。


  この世界を楽しんでいただければ、幸いです。


                              バステト』



 手紙を読み終え、溜息を吐く。

 おおう、なんということでしょう! 体が小さかったのは、バステト様のミスだったのか。

 だけど、そのミスを帳消しにするような手配と食材、道具を用意してくれたバステト様。それがバトラーさんだったんだね。

 ただね……バトラーさんによるとここは魔の森だと聞いていた。なのに、バステト様は死の森だという。

 どっちが正解なんだろう? バトラーさんが帰って来たら聞いてみないとなあ。

 思うことはあるけれど、終わったことだ。今さら文句を言ったところで覆るわけじゃない。

 はあ……と溜息を吐くと、バステト様の手紙を封筒にしまい、鞄の中に入れる。そろそろ晩ご飯の下拵えでもするかと伸びをして、準備を始めた。

 何を作ろうかな。せっかく小麦粉が手に入ったし、シチューにしようかな。それともコンソメスープ? シプリ玉ねぎのスープもいいな。

 よし、オニオングラタンスープにしてパンとチーズを入れてしまおう。メインはギャーギャー鳥の胸肉を使ったソテーにチーズを載せて、ラトマトマトソースとパセリのみじん切りをかけて。

 パンはオニオングラタンスープにも使うからバゲットにして、ガーリックトーストにしよう。付け合わせにパタタじゃがいもと、ほうれん草とコーンのバター炒め。

 そうと決まればすぐにでも始めよう。日暮れまでまだ時間はあるけれど、オニオングラタンスープは時間がかかるからね。こっちを先にある程度仕上げておけば、どうにでもなるし。

 玉ねぎをみじん切りにして、鍋でじっくり炒める。飴色になったらブイヨンを入れて味を調整。

 若干肉の味が足りない感じだけれど、コンソメじゃないんだから仕方がない。ブイヨンが作れただけ感謝だ。

 明日も雨だったら、本格的に作ればいいしね。

 スープが出来上がったころ、バトラーさんが帰って来た。薪と一緒に、お土産としてギャーギャー鳥を五羽と、キングビッグベアも狩って来てくれたのだ!

 バトラーさんは鳥肉が好きなのかな? それとも、たまたまギャーギャー鳥しかいなかったのかな?

 熊は薬になる部分もあれば、食用になる部分があると教えてくれるバトラーさん。薬になる部分は取っておいて、換金予定だそうだ。

 熊種は内臓も薬の材料になって、捨てるのは骨くらいしかないんだって。なんて便利な魔物か! この森にいる魔物はお肉も美味しいと言っていたことだし。

 よし、白菜があったし、キノコを入れて明日は熊鍋じゃー!

 テンションアゲアゲで夕飯を仕上げ、バトラーさんと一緒にいただきます。まずはオニオングラタンスープを一口。

 オニオンの甘みがしっかりとスープに染み出ていて、思った以上に美味しい。ガラをもう少し増やしたら、味が濃くなるかも。あとは必要ない内臓を入れてもいいかもしれない。

 スープを飲んだあとは、パンと一緒にチーズを口に入れる。シプリの甘さとパンの甘さ、チーズの塩加減が絶妙で美味しい。

 ガーリックトーストを齧ったあと、ソテーを食べる。バトラーさんのもそうだけれど、先に食べやすい大きさに切ってあるから、それをパクリ。

 ラトマの甘みと酸味が美味しいのと同時に、ギャーギャー鳥の弾力がこれまた凄い。胸肉を使ったはずなのに、もも肉みたいな弾力なのだ。

 だけど淡泊な味だからチーズとラトマソースの相性も抜群で、もも肉を使ったらどうなるんだろうという期待がもたげる。よし、今度はもも肉のソテーで作ってみよう。

 パタタはホクホクしっとりで、口の中でほろほろと崩れ、溶けていく。今回は男爵を使ったけれど、メークインで作っても美味しいかも!

 今はバステト様がくださった地球の食材を使っているが、森を出たらこの世界の食材で料理をしてみたい。見た目も味も違う、なんてこともあるだろうし。

 そこは鑑定さんに頑張ってもらおう。

 味比べもしてみたいよね。そのためには、まず森を抜け出さないとダメなんだけどさ。


「バトラーしゃん、ばしゅてとしゃまからおてがみをもらったでしゅ。しょのおてがみに、このもりはしのもりってかかれていたんれしゅけろ、まのもりとどっちがただしいでしゅか?」

「ん? ああ、この森は死の森で合っている。ただ、人間たちは魔の森と言っているようだが」

「しょうなんれしゅか?」

「ああ」


 なんと! 死の森が正解だった!

 人間たちと呼び方が違うって、どうしてなんだろう? そう思って聞いたら、ここ以外の森は外よりも魔素が濃いこともあり、基本的に魔の森と呼ばれているそうだ。出てくる魔物も、強くてもビッグボアやホーンディア、人型だとオークまでで、たまーにブラウンベアがいるくらい。

 場所によっては屍食鬼グールやゾンビ、スケルトンやウィル・オー・ウィスプなどの、死霊系と呼ばれる魔物が出るくらいなんだとか。うへぇ……できれば屍食鬼グールには出会いたくない。

 この森よりも範囲が狭いから、そしてそこまで魔素が濃くないからこそ、人間が狩れないような強い魔物が出ないという。

 だけどこの森は範囲がかなり広く、しかも他の森よりも魔素が濃い。だからこそ、濃い魔素を吸って生きてきた魔物も強いし、魔石も大きくなるし、薬草も貴重なものばかりになるし、季節を無視した果物が生る。

 人間たちは森の浅い部分しか入っていないから、魔の森と同じだと考えているんじゃないかと推測しているそうだ。あまりにも濃い魔素だと奥まで入ることができず、入ったとしても途中で体調を崩したり、気が狂ったりするから。


「あれ? わたちはへいきれしゅよ?」

「それは、バステト様の加護があるからだ。あとは種族も関係しているかもしれん。バステト様はこの世界を創りし神だが、人間たちに加護を与えることはない。与えたのは神獣と呼ばれる存在のみ」

「しょうでしゅか……」

「ステラはバステト様の愛し子だからな。神になることはないが、普通の人間よりも能力が高くなるだろう。ちなみに、種族は?」

「しんじょくれした」

「神族か。なら、それも関係しているだろうな。神族と魔族、森の民エルフといった魔法が得意な種族は、魔素の濃さによる影響を受けないから」

「しょうなんれしゅね」


 おおう、それはそれで困るような……! 他の人間に鑑定されて、バレたりしないかなあ……。まあ、聞かないで鑑定するのはマナー違反だからしないとは思うけど、下手に拒否したら犯罪者と間違われるのは私だ。

 それは困るから、ステータスを隠蔽できないか確かめてみよう。特に称号は全部ヤバい。さっそく聞いてみると、バトラーさんの称号以外は隠したほうがいいと言われた。

 やっぱりかー!


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