第9話 あめでしゅ
昼寝から起きたあと、森を歩きながらも採取をしたり戦闘したりしている。森自体も奥に行くほど木の幹が太くなり、枝も重なっていて周囲は薄暗い。
魔物も奥に行くほど活発で強力になっているのか、すぐに出くわしてはバトラーさんが風魔法や雷魔法で殲滅かーらーのー解体をしていた。お肉も果物も充分集まっているから、当面の間は食料の心配をしなくてもよさそうだ。
「ふむ……」
「どうしたれしゅか?」
「雨の気配がする」
「あめ、れしゅか?」
「ああ。樹洞か洞窟を探して、雨宿りしよう」
ふいに立ち止まって空を見上げたり、周囲を見回すバトラーさん。人型になっているとはいえ、魔物だ。
だからなのか、雨の気配がわかるらしい。
きょろきょろを見回したあと、右のほうへと逸れていく。その先にあったのは、小さい私だと埋もれてしまうくらいの高さがある、綿毛をつけた植物だ。2メートルくらいはあるかな?
土から30センチくらいのところまでは緑色の茎があり、その先の全てが綿毛に覆われている、不思議な草だった。布団にしたら気持ちよさそう~!
「これはクッションや布団に用いられる草でな。もし樹洞がなくて洞窟で雨宿りをするとなると、必要になる。下が冷えるからな」
「しょうなんでしゅね。バトラーしゃんはふとんもちゅくれるでしゅか?」
「さすがに布団を作ることはできないが、この上に布か毛布をかけて寝ると温かいぞ」
「おお~」
綿の役目をする植物だったか! この植物をどうするんだろうと首を傾げていたら、バトラーさんは風魔法をつかって根元を切るとそれをどんどん収納していく。根っこさえ残っていればすぐに芽が出てきて、二週間もするとこの高さになるんだって。
凄い生命力だなあ。
一面に広がっていた綿毛がついた草を全部刈り取ると、そのまま真っ直ぐ歩くバトラーさん。上を見ると薄いグレーの雲が広がっているのが見えるけれど、まだ青空も見えている。
本当に雨が降るのか不思議に思ったけれど、バトラーさんが嘘を吐くとは思えない。だからバトラーさんにしがみついたまま、質問をすることなくそのままでいた。
三十分も歩くと木々の間に岩が見えてくる。その一部に穴が開いていて、中に入れるようだ。
「ふむ……。他の魔物の気配もしないし、ここで雨宿りをしよう」
「あい」
入口は背が高いバトラーさんがかがまないと入れなかったけれど、中は割と広かった。ゆるい上り坂になっていて、奥に行くほど広くなっていく。これなら雨が入ってきたり、水が逆流してくることもなさそうだ。
最奥はティーガーになったバトラーさんでもゆったりと寝そべることができるくらいの広間になっていて、ここなら雨宿りができそうだ。ただ、岩だからなのか外よりも空気が冷えている。
ああ、だからあの綿草を刈り取ったのかと納得した。
寝る準備としてバトラーさんが不思議植物を敷き詰め、私が鞄から敷物と毛布を出し、その上に載せる。上に座ってみると、羽毛布団のように柔らかくて温かかった。
これならクッションや布団の材料になるのも納得だ。町か村に行くことができたら、これで布団を作ってもらいたいなあ。
食事の用意もしないといけないからと、寝床とは少し離れたところに竈と焚火をする場所を作り、外に出てバトラーさんと一緒に薪拾いをする。たくさん集めたところでポツリと何かが頬に当たった。
「降って来たな。本降りになる前に、洞窟へ戻ろう」
「あい。あ、しょのくらものがほしいでしゅ」
「これか? ああ、これも美味そうだ。夕飯に食べよう」
「あい!」
バトラーさんにお願いして採ってもらったのはペルシクという名前だったが、形は桃だった。甘い香りを放つペルシクはとても美味しそう! もちろん鑑定をしてからもいでもらったよ。
美味しそうに見えて実は毒がある……なんて果物があるからね、この森は。逆に、毒々しい色をした紫色のキノコが美味しいと鑑定に出た時は目を疑ったけれど、食べてみたら本当に美味しいというのもあるみたいだし。
今日はそのキノコを焼いて食べてみるつもり。
洞窟に着いてすぐに雨足が強くなり、ザーっと音を立てて雨が降ってくる。
「かんいっぱちゅらったでしゅね」
「ああ。このあたりは夜になると冷えるからな。雨に濡れていたら、風邪をひく可能性があった。そういう意味でも、洞窟を発見できたのは僥倖だ」
「でしゅよねー」
雨が降って来たからなのか、どんどん肌寒くなってきているのがわかる。竈の横に設置しておいた焚火の場所に火を熾すと、すぐに周囲の空気が暖かくなってくる。
風邪をひいても困るとバトラーさんに言われたので毛布をかぶり、バトラーさんに抱っこされて火に当たる。前も背中もあたかくて幸せだ~。しばらくそのままぬくぬくしたあと、周囲もあったまったし暗くなる前に料理をしようと、毛布をはいで準備する。
竈に火を入れて、鍋の中に水を入れる。その中にギャーギャー鳥という魔物の肉や
「バトラーしゃんはシプリをたべられましゅか?」
「ああ、大丈夫だ。我はというよりも魔物は、動物にとったら毒になるような食べ物でも食べられる」
「しょうなんれしゅね」
なるほど、魔物ってそういう生き物なのか。それならばとあえて入れていなかった、シプリという玉ねぎに似た野菜も鍋の中に入れる。
寒いから、シチューの代わりにミルクスープを作るつもりなのだ。小麦粉もバターも手元にないから、ベシャメルソースが作れないんだよ。だからスープにした。
水筒の中になくならない牛乳があるからね~。たっぷり使ってたくさんスープを作ろう。
あくを取って味付けし、牛乳を入れたあともう一度味見をして塩を足し、竈の脇でパンを温めたり紫色のキノコを焼いたりして、スープがふつふつと沸くのを待つ。沸いたところで竈の火を小さくし、器に盛ってバトラーさんに渡した。
自分の分もよそったり準備していただきます。
「ほう……。これは体が温まるな」
「おかわりもありましゅよ。たくさんたべてくらしゃい」
「ありがとう」
ふうふうと息を吹きかけ、冷ましながら食べる。うん、うまー!
ほろほろと口の中で解れていくパタタと、知っているニンジンよりも甘みが強いカロート、鶏のもも肉に似た味と弾力のギャーギャー鳥。キノコも、形は違うけれどヒラタケとしめじ、エリンギの味と食感に似ていて、どれも美味しくて……。
ヤバい、これはパンがすすむ! 確実にバトラーさんがたくさん食べるね!
バゲットがあるから、今度はそれをスライスしたあと焼いて並べておき、外側はクルトン代わりにパラパラとスープの中へドボン。柔らかいパンはうまうまと食べる。それを見ていたバトラーさんも真似をして食べていた。
そして紫色のキノコを、恐る恐る食べてみる。……これは、しいたけを焼いたような味がする! 美味しい!
見た目はともかく味は美味しいとわかったので、見つけたらまた採取しよう。
日本とは違う名前に、見た目。本当に異世界に来たんだなあ……と実感する。
一人だったらとっくに魔物に食べられていたと思うと、背中に冷や汗を掻いた。早々にバトラーさんと出会ってよかったーー!
ザーザーしとしとと雨粒の大きさを変えて、降り続く雨。時々鳴り響く大音量の雷鳴にビクリと肩を跳ねさせると、バトラーさんがギュッと抱きしめてくれる。
「我がいるからな。ステラは怖がることはない」
「あい」
大きな手が、私の頭と背中を撫でる。大量に作ったミルクスープはバトラーさんがほとんど食べていて、半分なくなっていた。明日の朝もミルクスープかな?
魔力循環と操作をしているうちに、日もとっぷりと暮れる。薪は朝まで保つくらいは持ってきているし、幼児の体はそろそろおねむです。
「火は我が見ている。そろそろ寝よう」
「あい……」
毛布を出して布団もどきに寝転がると、バトラーさんもティーガーになって私の横に寝そべる。なんとかおやすみなさいと告げると、あっという間に寝落ちた。
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