第8話 まのもりのおくでしゅ

 鞄の中身を確かめるべく、リストを出す。卵とベーコンが目に入った。そしてバゲットのようなパンも。

 けれど、食べたパンの数が減ってないのはなんでだ? 昨日、バトラーさんがかなり食べたから、減ってないのはおかしい。

 なのに、目の前の画面には、最初にもらったままの数が表記されていた。

 水筒同様に、なんて恐ろしい! だけど食料がなくならないのは助かる!

 いつ森を抜けられるかわからない以上、こういうのは助かるのだよ。

 魔の森限定なのか、それともずっとなのかはわからないが、それでも今だけはホッとした。

 私の容姿? 知らんがな。人間に会わない以上、今考えてもしょうがないし。

 とりあえず容姿に関しては放置して、まずは朝ご飯だ。卵とベーコンがあるんだから、ベーコンエッグにしてパンに挟んでしまおう。

 他にはレタスときゅうり、トマトを発見。それも挟んでBLTサンドにしてしまおうかな。あとは野菜と干し肉を使ったスープがあればいいか。

 そうと決まれば、ちょろちょろになっている火を熾そう。そう思っていたら、薪になる枝はバトラーさんが集めてくれていて、既に火が熾されていた。ありがたや~。

 フライパンを出して温め、ベーコンと卵を投入。水を少し入れて蒸し焼きにしている間にレタスをちぎり、きゅうりとトマトをスライスしておく。

 食パンはないけどバゲットに似たパンがあるんだから、それを四等分したあとで横半分に切り、竈の近くに置いて温めておく。


「いい匂いだ」

「きたいしててくらしゃい」


 スープの味付けは、しょっぱい干し肉が入っているから塩はいらない。あったまったパンにレタスときゅうり、トマトを挟み、そこにベーコンエッグも挟む。

 うん、充分立派な朝ご飯だ。いざ、実食!


「うまい!」

「おくちにあってよかったれしゅ」


 一口かぶりついたバトラーさんは、もぐもぐしてから飲み下すと、満面の笑みを浮かべてそうおっしゃった。はうっ! 美形なイケ渋おじさまのご尊顔が眩しい! そして尊い!

 伊達にオッサンスキーをしてねえぞ? 声も顔も好みとあっては、内心で悶えるしかない。

 そんなことを考えながら、私も食べる。もちろん、バトラーさんの半分以下のサイズで作ったよ。

 さすがに大きいのは口に入らないからね~。しっかり自分のサイズは把握しておりますとも。

 結局バトラーさんは一本分全てを平らげ、満足気に紅茶を飲んでいた。

 ……そんな細身の体のどこに入ったんだ? 異次元ならぬ胃次元や胃世界ってか?

 漢字文化ならではの寒いおっさんギャグはともかく。ご飯も終わったので片付けをし、鏡を見てやっぱりかと内心で戦々恐々としつつまた森の中を歩く。

 さて、ここで相談しておかないとね。


「バトラーしゃん、しょうだんがありましゅ」

「ん? なんだ?」


 これから町に行くにあたって、何かしら役割を決めておいたほうがいいかもしれないと話す。私の容姿が整っていることで、幼児趣味の変態が寄ってくるかもしれないこと、もしバトラーさんとは赤の他人だと知られたら引き離される可能性があることも話した。

 冗談じゃないぞ、おい。知り合いが全くいないこの世界で、バトラーさんほど安全な人(人じゃないけど)はいないと思うんだよね。それに、出会ってまだ二日しかたっていないが、バトラーさんと離れ難くなっている。

 そのこともしっかり伝え、髪の色と目の色の一部が同じなんだから、親子なり兄弟なりの設定にすれば、必ずワンセットで扱ってくれるかもしれないと話した。


「なるほど……。確かにそうだな。我もステラと離れるのは寂しい」

「わたちもでしゅ」

「ならば……お嬢様と従者はどうだ?」

「きゃっかれしゅ! このようしでしゅよ? きじょくとまちがえられるでしゅ」

「それもそうだな。ならば、あとは親子くらいしかないが……」


 考え込んでしまったバトラーさんに、見た目を若くすることができるか聞く。すると、できるという。


「にゃら、きょうだいでどうれしゅか?」

「ふむ……それが無難であろう。面立ちは違うが、バステト様からいただいた名前の影響か、目元や鼻筋が似ているからな」

「いわれてみれば……」


 確かにバトラーさんの言う通り、おじさまなバトラーさんでも目元や鼻筋が似ている。これで若くなったらどうなるんだろう?

 わくわくしながらバトラーさんが若くなるのを見つめると、バトラーさんが若返り、二十代前半くらいになった。見方によっては十代後半にも見える。

 おおう……一気に若くなったな、おい!

 そして若くなった分だけ、私たちはそっくりになったのが不思議。

 若くなった姿を見てもらおうと、鏡をバトラーさんに渡す。


「ふむ……若くなった分、余計にステラと似ているな」

「でしゅよねー!」

「これならば年の離れた兄妹で通じるだろう」

「やったー! これからは、だれかいるときは、にいしゃまかにーにとよびましゅ」

「兄様か……。うん、悪くない」


 兄様呼びは満更でもないようで、にっこりと笑うバトラーさん。顔面偏差値が高いバトラーさんは、余計にご尊顔が眩しい! 目が潰れそうだ!

 そんな冗談はともかく、町に着いてからの設定は決まった。あとは私がヘマをしなければいいだけだ。

 練習と称して何度か兄様呼びやにーに呼びをさせてもらいつつ、しっかり魔力循環と操作をして、レベル上げに励む。その間にもバトラーさんは魔法で魔物を倒している。

 奥に行くにつれて、出る魔物が変わってきた。灰色の毛皮だった狼――ウルフの毛の色は濃いグレーとなり、ボアもビッグボアといって倍くらい大きなものになった。

 そしてヒグマに似たグレートベアというものが出始めたり、フォレストパイソンなるヘビも出てくる始末。ヘビの長さは五メートルくらいと、かなり長いし太い。

 だけどバトラーさんにとっては敵じゃないようで、全て瞬殺していた。すげー!

 どんどん魔物を倒すバトラーさんは、倒したと同時に解体して、亜空間にしまっていく。もちろん、薬草とキノコ、果物を採取するのも忘れない。

 オレンジの他に杏があったり桃があったり、リンゴがあったりレモンがあったりとかなり季節感を無視したものが採れたけれど、バトラーさんによるとこの魔の森はそういった季節感を無視したものが多く採れるそうだ。

 何が原因でそうなっているのかはわからないが、恐らく魔素が濃いせいで季節感がないんだろうとのこと。もちろん、森の外はきちんと季節のものができるとのことだった。

 今は秋口で、あと二ヶ月もすると秋が深まり、冬が来て雪が降るという。だから夜になると気温が下がり、寒くなるそうだ。

 魔の森と呼ばれるところはいくつかあって、ここが一番危険度が高いらしい。

 おおう……バステト様、なんつーところで目覚めさせたんだ……! マジでバトラーさんに出会えてよかった!

 それとも、元々バトラーさんに預けるつもりで、この森にしたんだろうか。

 バトラーさんは何も言わないが、何となくそんな気がした。

 数時間歩くと少し開けた場所に出たので、そこでお昼。なんか肌寒いような気がするからベーコン入りの野菜スープを作り、ふるまった。

 バトラーさんが気に入ったらしく、おかわりをしていた挙げ句、夜も同じものが食べたいと言ったので頷いた。森で採れた紫色のぶどうをデザートにして食べ、お腹が落ち着いたころにはおねむタイムでござる。ぐ~。


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