第2話 なまえをきめたでしゅ

 叫んだところでどうにもならず、肉体年齢に引っ張られているのか、涙が出てきた。精神年齢がいくら三十五といえども、肉体には敵わないってか?

 …………よし。誰もいないし、誰かいれば泣き声に反応してくれるかもしれん。ここは恥をかなぐり捨てて泣き喚こう!


「うわあぁぁぁん! くしょー、めがみしゃまのばかーー‼」


 子どもにしてはかなり大きな声で泣いたと思う。が、森の中は風がそよいでいるだけで、動物の声すら聞こえない。

 これは本格的に泣きそうだ……。って、もう泣いているんだっけ。

 ポツンと一人でいるから、心細いということもあるんだろう。それに、いつまでもこんなところにいて、もし肉食獣に出会ったらひとたまりもない。

 私のサイズでも入れるような、樹洞があればいいんだけれど……。

 とにかく、泣きながらでもいいから歩くか立ち上がる前に、鞄からタオルを出し、首にかける。タオルの柄は猫だった。これなら顔を拭けるし、汗も拭くことができる。

 確か、水筒もあったはずだと鞄をあさってみると、これまた可愛い猫柄が刻印されている、日本でも見たことがあるような形の水筒が出てきた。

 ……これ、この世界にあるものなんだろうか。女神様はこの世界にあるものを用意したと言っていたが、マジでこんな水筒があるの?

 疑問に思いつつ、とにかく泣いたことで失った水分を補給する。子どもは水分がたくさん必要だからね~。水分を摂らないと。

 ただ、ひとつ心配なことがある。この紅葉の手で蓋を開けられるかということだ。考えてもしょうがないしと、本体を足に挟んで右手で持ち、左手で蓋を捻る。すると、幼児の手でも簡単に開いた。

 あ、私は左利きなのだ。そんな情報はいらん? さよか。

 蓋を開けると、赤いボタンがついている。これを押せばいいのかな?

 強さがわからないが、とりあえず軽く押してみると、パカっと音がして、閉まっていた一部が開いた。


「おおお……」


 香りからして水じゃなさそうだけれど……なんだろう? コップにもなっている蓋に少しだけ入れ、一口飲んでみた。


「おちゃらー。うまうま」


 適度な温度になっている緑茶だった。お腹はすいていないから、とりあえず食べ物はいいとして。

 ハタ、と我に返り、水筒と鞄を眺める。疑問に思うことがある。

 鞄は猫の顔になっていて、大きさは20センチくらいの楕円形。まんま猫の顔を模しているものだ。色は黒、ビロードのような手触りですべすべしてて気持ちいいし、いつまでも撫でていられる。

 入口のところには猫耳がついていて、表には猫の顔、裏には尻尾が描かれている。

 もちろん、鞄の横も装飾品として、縞々の猫の尻尾がついている。

 うん、とっても可愛いよ? 幼児が持ってても違和感ないくらい可愛いよ?

 だけど、水筒の大きさは、長さ30センチはあるのだ。どうして鞄よりも水筒のほうが大きいの? 普通ならはみ出すよね⁉

 もらった魔法の中で有用なのは、きっと【鑑定】の魔法だ。それを鞄にかけてみることにした。


「かんてい」


 そう言葉をかけると、目の前に10インチタブレットくらいの大きさの画面が出て、そこに文字が。


「おお……しゅまほやたぶれっとの、けんしゃくきのうみたい」


 くっ……! 幼児の舌足らずめぇ!

 今はそうじゃなくて、画面をみないと。



 【 魔法の鞄マジックバッグ 】 外神話級オーパーツ

 

   空間無制限と時間停止、重量軽減がかけられている鞄

   地球の女神バステトが用意した、持ち主のためだけに作られた一品物

   名前指定:???



 なんという性能か! あれか、これがファンタジーによく出てくる、亜空間とかインベントリとか、そういうやつなのか。便利だけど、遠い目になってしまうのは仕方がない。

 いろいろ突っ込みたいよ? 確認もしたいよ?

 けれど、ここでは危なくてできない!

 そして女神様の名前を見て、鞄がどうして猫だったのか、納得した。バステトってエジプトでいうところの、猫の神様じゃん!

 うん、猫は大好きだからいいけどね! バステト様、ありがとう!

 お礼を言ってから水筒を鞄にしまい、立ち上がる。鞄の上部はファスナーになっているから、幼児の手でも開け閉めが楽だ。

 おい……本当にこの世界にある技術なのか?

 そんな疑問は一旦横に置いといて。何歳の体になったのかわからんが、とりあえず立ってみることに。


「お? おぉ……。たてたけど、ふあんていにゃの」


 これは二、三歳くらいの体かなあ。支えてくれる大人はいないし、こんな凸凹な地面を幼児の足で歩けるとは思えん! けど、歩かないといつまでたっても安全が確保できないわけで……。

 いざとなったらはいはいでもいいかと腹をくくり、一歩歩く。ちょっと先に丈夫そうな枝を見つけたんだよね。

 それを杖代わりにして歩けば、なんとかなるんでないかい?

 よし! と気合を入れてその枝まで歩き、枝を拾う。長さは1メートルくらいかな? そして私の身長は、それよりも小さい。ぐぬぬ。

 自分の身長の低さにイラっとしつつ、棒を杖代わりにしてゆっくり歩く。足元が凸凹だからねー。気をつけないと、すぐに転ぶがな。

 幼児の頭は重いのだ。すぐに転がることは、兄や弟の子たちを見ているから知っている。

 そこから、体感で30分ほど歩いただろうか。とても大きな樹があり、そこにはぽっかりと穴が開いていた。


「おお、これなら、わたちでもはいれる!」


 そっと中を覗くと、枯れ葉が敷き詰められている。これなら、何かを敷けば濡れることなく座れそうだ。

 そっと葉っぱを触ってみても濡れているなんてことはなく――そのままダイブしてみると、ボフっと受け止められ、葉っぱが舞った。


「おおお、ふかふからー!」


 楽しくなってゴロゴロしていたが、うん。そんなことをしている場合じゃなかった。

 改めて鞄に手を突っ込み、敷物になりそうなものを探す。なんというか、鞄に手を突っ込んだら、また画面が出てきたのだ。

 恐る恐る指を出して画面をつつくと触れた。おお、スマホやタブレットみたいで面白い! それをスクロールしつつ、目的のものを探す。

 お、革でできたシートとテントを発見。上を見ても穴はないから、とりあえずテントはいいとして。革のシートと、毛布も見つけたので、それを鞄から出してみた。


「おお、ねこのラグらー! かわいい!」


 猫があちこちに配置されているラグ。とても可愛い。それを敷いてから体に付いた葉っぱを落とし、ラグに座る。そして毛布だが、これも猫の模様が描かれていた。それを羽織り、一息吐く。

 若干気温が低いんだろう。毛布を羽織った途端、あったかくなった。

 よし、落ち着けるところが見つかったし、まずは鞄をもう一度【鑑定】してみる。すると、さっき気になったところを見ると、個人指定のところが「???」になっていた。

 多分、これは私の名前ってことだよね。転生したから、まだ名前がない状態なのかも。

 どうしようかなあ。まんまユキでもいいのかなあ。だけど、それならバステト様もそう呼んだだろうし、「???」がついているところはそのままユキになっていると思うんだよね。

 それがないってことは、名前は死ぬと同時にリセットされてしまったということなんだろう。バステト様と巡り合ったんだし、彼女の名前を少しいただいてみようと思う。

 なにがいいかな。仰々しくなくて、だけど女の子っぽい名前。


「……うん、ステラにしよう」


 そう宣言すると、「???」のところがステラになった。よし、今日から私はステラだ。異世界にいるんだもの、そういう名前がいいよね。


「バステトしゃま、おなまえのいちぶをもらいましたー」

《ありがとう、ステラ。わたくしも嬉しいです》

「おお……おはなしできた! また、あえましゅか?」

《会うことは叶いません》

「しょうでしゅか……」


 それは残念だけど、あのお姿はしっかりと目に焼き付いているから、毎日お祈りしよう。その気持ちが伝わったんだろう……バステト様が嬉しそうにクスクスと笑う声がしたような気がした。


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