第3話 しょうぐうしたでしゅ
なむなむと心の中で女神様を拝むと、目を開ける。
よし、バステト様にいただいた魔法を確認しよう。……使えるかどうかは別にしてね。
バステト様が私に能えたものは、そんなに多くない。本当に、一人で生活できるように考えられたものだった。
まずは【鑑定】。これはなんでも視ることができる魔法だそうだ。さっきの鞄もそうだし、植物だろうと動物だろうと、人だろうと視れる。
人に関しては勝手に鑑定したらダメだそうなので、もし鑑定するのであれば断ってからにしたほうがいいとも言われた。中には怒る人もいるから。ただ、怒ったり拒否したりするような人は犯罪を犯している可能性が高いそうなので、そういった場合は問答無用でかける場合もあるらしい。
まあ、これに関しては、私には関係ないだろうと思っている。人に使うよりも、食べ物に使いたいしね。
だって異世界だし、もし見たことがないものがあったら、私にはわからないから。
まあ、体が幼児だから、お店の人にあれこれ質問するという手もあるが。あとで自分も鑑定してみよう。
次に、【生活魔法】。これはファンタジー小説でもお馴染みのものだ。火を熾す、水を出す、服や髪を乾かす、竈を作る、洗濯と掃除(人間の体も含む)をする、灯りを出すの六つ。
お風呂がない世界だから、こういう魔法があるんだとか。
……お風呂はないのかあ。もし一人で暮らすようなら、作りたいな。衛生的にもお風呂は必要だと思うし。
それは追々考えるとして。
次は魔物に対抗できる手段として、【風魔法】【火魔法】【雷魔法】【光魔法】を教わった。風、火、雷は攻撃手段として、光は回復や防御手段として。それだけあれば充分よね。
武器で戦うことができない以上、魔法オンリーだ。
他に、スキルというのもがあり、それは職業に付随しているそうだ。国によってはジョブとも呼ばれているという。
私がもらったのは、主に食事に関するものだ。大人の体なら魔法は必要なかったかもしれないが、この幼児体形ならスキルは必須。どうりで熱心に薦めるわけだよね。
きっと、最初から幼児になるようにしたのかもしれない。もしくは手違いで小さくなってしまったか。
二度と会えない人に文句を言ったところで状況が変わるわけじゃないから、きっぱり諦める。
魔法の発動はどうしたらいいんだろう? しまったなあ……これだったら、チュートリアル的な感じで訓練させてもらえばよかった。肉体がないから練習のしようがなかったとも言えるが。
まあ、鑑定が使えたのはラッキーだ。これでどんな植物があるとか、食べられるか否かを調べることができるから。最悪、ラノベに書かれているように魔力循環なるものを練習して、それから魔法の練習をすればいいだろうし。
今私にできることは、鑑定をすることと水分を摂ることだ。それに、歩いたからなのか、若干お腹もすいてきた。
樹洞の中から空を見上げると、日が傾いてきているようで、森の中は薄暗くなってきている。暗くなる前に、樹洞を発見できてよかった。
ただね……それと同時に魔物と呼ばれるものが活発化してきているのか、遠くから遠吠えが聞こえるんだよね……。うう……、これは怖い。
樹洞の穴自体は、私が立って歩けるくらいの大きさだから、場合によっては魔物が入ってくるかもしれない。だったら、入口から見えない場所に移動して、ついでに風除けも兼ねてしまおうと、右のほうに移動する。
「ふう……。ようじのからだらと、いどうもひとくろうでしゅ……」
お茶を飲んで一息つくと、鞄をあさってみる。これってアプリみたいに最適化できないかなあ。
そんなことを考えながら無意識に鞄を触ったみたい。すると、また画面が現れた。今度は品物ごとに分類され、さらに細分化されていたのだ!
「しゅごい……。けど、どうにゃってるの? これ」
全くもって意味がわからない。だけど、こうやって細分化されているのであれば、品物を探すのが楽になる。ちょっと楽しくなって画面を眺めていたものの、どうやらまだ下にもあるようで一番下の文字が上半分しか見えなかった。
どうやって動かすんだろう? さっきみたいにスクロールすればいいのかな?
「おお! できた! よし。しょれなら……」
ブツブツと独り言を言いながら画面をいじり、どんなものがあるのか確認していく。今体に巻き付けている毛布の他にももう一枚毛布があったので、それをラグの上に敷くことにした。
ポンと軽く毛布の文字をタップすると、目の前にポンっと毛布が出てくる。もう一枚の毛布の柄も猫で、色違いだ。
「おぉぉ? ふしぎー」
さすが、魔法がある世界だ。これは便利だな!
ふんふんと鼻歌を歌いながら今度は枕を探して出してみる。枕も猫柄になっていた。
これで寝る準備が完了。あとは食料だ。
食料はパンや果物があり、パンも菓子パンやロールパンなど、多岐に亘っていた。どれにしようか迷い、真ん中にバターが入っている、ブドウ入りのロールパンを出す。
大きさは市販されているものと同じくらいの大きさだ。ただし、幼児が食べるには大きすぎるが。
まあいいかと今度は水筒を出す。なんと、水筒にはいくつか種類があって、緑茶の他にも紅茶が三種類と牛乳、ヨーグルトと水まであるではないか!
「ばしゅてとしゃま、ありあとー!」
これはテンションが上がる! なんてウキウキしつつ、緑茶を出す。牛乳は起きたら飲むことにしよう。
そして水筒の中身だが、さっきから結構飲んでいるのに、中身が減っていない。どうやら中身が減らない仕様になっているみたい。ありがたや~。
パンを齧ってはもぐもぐして、緑茶を飲んで流す。幼児一人でやっているんだから、はっきり言って一苦労なのだ。食べ終わるころには疲れてしまい、それなりに歩いたこともあって、とても眠い。
寒くなる前に眠ってしまえと水筒を鞄にしまい、毛布を敷いてその上に寝転がる。
どれくらいこの森を歩けば、人がいる場所に辿り着けるんだろう……。そんな不安からちょっと泣けてきたけれど、首に巻きっぱなしだったタオルで涙を拭き、そのまま目を瞑る。
あっという間に意識がなくなってくる。
<……なぜ、幼子が魔の森にいるのだ?>
「うにゅ……」
<……神の気配がする。なるほど、この子がそうか>
ん……なんだか渋い男性の声がする。誰か来たんだろうか。
だけど眠気に勝つことができず、そのまま目を瞑っていたら、ふわりと温かいものに包まれたような感覚がする。しかも、なんだかとっても安心感があるというか。
どういえばいいのかな。父親に抱っこされて護られているような安心感? 誰がいるにせよ、その安心感には勝てず、そのままぐっすり眠った。
ふと意識が浮上して目を開けたら、金色の目があった。しかも、縦に瞳孔がある、猫のような目だ。
「うにゅ?」
<おはよう、幼子よ。よく眠れたか?>
「おはようごじゃいましゅ。あい、よくねむれまちた」
<それは僥倖>
つい流されてしまったけれど、よくわからないものと会話をしてしまった。そっと見上げれば、真っ黒い何か。よーく見るとそれはトラ。真っ黒で銀色の模様があるタイガー。
黒いトラっていたっけ? 中国の神話になら出てくるが。
東海竜王の第九子。黒虎の姿だと言われていて、一部では四凶の一角、
「……わたちをたべりゅ?」
<幼子をか? 食べはせん。我はバステト神の使いだからな>
「ばしゅてとしゃまの?」
<ああ。そなたからは、バステト神の気配がする>
「……」
寝起き、しかもいきなりの展開で頭が混乱している。バステト様を知っているってことは、もしかしたら私のことを聞いているかもしれないし。
この大きな黒虎ならば、ここに来た経緯を話してもいいかもしれない。
まあ、その前にね?
「トラしゃんと、しょうぐうしまちた……」
異世界で、黒虎に遭遇し、優しくしてもらいました。
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