切り取り共同生活。8☆

「ねえ、香澄っていっつもコーヒー飲んでるよね」


 とある日の山科家は香澄の部屋。あたしと香澄がまだ小学生だった頃の話。

 その日は外が雨だったから、珍しく香澄の部屋で遊んでいた。とは言っても、何をするでもなく、ただお喋りに興じていたんだけど。

 あたしは香澄のお母さんに出してもらったオレンジジュースを飲んでいた。対する香澄はブラックのコーヒー。


「まあな」

「ちょっとちょうだい」

「ん、いいけど。ほら」


 香澄は嫌な顔一つせず、マグカップを渡してくれた。

 あたしは心してそれに口をつけた。当たり前だけど苦かった。だけど、それを口にするのはなんだか負けた気がして、あたしは努めて平気な振りをした。


「ふーん、まあまあだね」

「まあまあって」


 香澄は呆れたように笑っていたけれど、今思えば、あれは感想に対する笑みではなく、きっとあたしの強がりを見抜いてのものだったんだろう。

 香澄はあたしから返ってきたマグカップに口を付けていた。あたしと違って本当に平気そうに飲んでいる。だけど、あたしはその時今更ながらに気づいたのだ。

 これって、間接キス?

 マセガキだとか耳年増だとか言われそうだけれど、あたしは内心それしか考えていなかった。


「……なんだ?」

「う、ううん! なんでもない……」


 じっと見ていたせいか香澄が怪訝そうな顔をしている。だけど、これは気づかれたくない。

 だって、気づかれたら、香澄は恥ずかしがってもう飲ませてくれなくなっちゃう。香澄はそういう奴だ。

 だから、あたしは黙って事実を隠した。それからコーヒーを好きになる努力をした。じゃないと、好きでもないのにおねだりをする変な子になっちゃうから。

 まあ結果としては別にコーヒーを好きになることはなかったけれど、それでも日常的に飲む習慣はついた。おかげで今でも香澄と間接キスをする機会は守られている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る