切り取り共同生活。7

 今時の合格発表は専らネット上で行われる。もちろん合格証明書や入学手続きのための書類は郵送されてくるけれど、最速となるとネットになる。

 ただし、これは私立高校や大学の話。俺たちが受験した県立高校では、今でも掲示板に受験者番号が羅列される方式だった。


「……人、多いわね」

「菘、ちゃんと見えるのか?」

「私は無理ね。だから代わりに涼が見てちょうだい」

「わかった。菘は078だったよな」

「うん」


 徒歩圏内にある地元高校だからと舐めていたせいで、俺たちは後塵を拝し人混みの後方から掲示板を見ようとしていた。

 女子にしては身長の高い菘とはいえ、ここからでは流石に文字を判別できるほどハッキリとは目視できないらしい。

 しばらくして、係りの人――この学校の先生だろうか、が姿を見せた。発表を待つ人々に向かって一礼。そして、腕時計を凝視し始めた。


「それでは定刻となりましたので、合格発表を行います」


 恰幅の良い男性が大きな声で宣言をした。瞬間、ざわつきが止み緊張した空気が流れ出す。かく言う俺も内心バクバクだった。

 もちろん安全に合格できる範疇の高校を選んだつもりだし、テスト当日の手応えも悪くはなかった。

 俺が心配しているのは菘だ。三年生の夏になってから急に俺と同じ高校を受験すると言い出した菘だったけれど、その成績はお世辞にも良いとは言えないもので。それから必死に努力していたのは誰よりも俺が知っている。知っているけれど、やはり菘からすればこの高校受験は背伸びをしたものになった。

 俺の心境など知らず、掲示板にかけられた布が取り払われようとしていた。

 ゴクリと、誰のものともわからない息を吞む音。

 そして、文字列が姿を現す。


003 006 007――


 単純な数字が羅列されているだけなのに、目が滑り上手く頭に入ってこない。

 それでも必死に目を凝らし、遠方にある小さな、俺が求める数字を探す。 

 067、069。もうすぐだ。もうすぐ菘の番号がある七十番台。

 そして、


「あった、あったぞ。078!」


 隣の菘の肩を揺さぶりながら俺は言う。

 それを菘はくすぐったそうに顔をしながら、


「わかった、わかったから。もう、私より涼が喜んでどうするのよ」

「いやだって!」

「はいはい。それで涼の番号は?」

「……え?」

「え? ってなに。もしかして、なかったの?」


 菘が不安そうな表情になる。だけど、違う。そうじゃないんだ。

 恥ずかしながら俺は言う。


「俺の受験番号って、なんだっけ?」


 菘の番号を探すのに必死なるあまり、まさかの自分のそれを忘れる始末。


「……045よ」


 菘は思いっきりため息をついてから教えてくれた。

 俺も無事合格してましたとさ。

 

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