第38話 賭け事

 翌日。無事起床できた俺と菘は定刻通りに登校した。

 学校を一日休んだところで、大きく変わるようなことは何もない。

 日常の延長線。……のはずだった。

 まず感じたのは違和感だ。教室に入る際、得も言われぬ視線が向けられた。それから数人に舌打ちをされる。

 ……ここに来てイジメ? もう二年の秋なんだけど。

 先に断っておくと、俺はクラス内で居場所がないだとか、ボッチだとかそんなことはない。そもそもうちのクラスに極端に浮いている人間はいない。

 だから、急にこうもよそよそしい態度を取られると、むずがゆいものがあった。

 昨日、俺がいないところで何かあったんだろうか。

 思案しながら席に着くと、どたどたと騒々しい足音をたてながら近づいてくる人影。


「菘ちゃんと涼くん、今日はちゃんと来たんだね! おはよう」

「……声がでかいからな? おはよう、埴輪ちゃん」

「おはよう、飛鳥」


 犬を思わせる動きで話しかけてきたのは埴輪ちゃんだ。

 他のクラスメイトと違って、埴輪ちゃんの様子に変わりはない。いつも通り、どこかアホっぽい。

 

「いやぁ、あたしは来てくれると信じてたよ。うんうん」


 埴輪ちゃんは感極まったように首を縦に振る。

 そんなに俺が学校に来なかったのが寂しかったのか……?

 と思いきや、埴輪ちゃんはくるっと後ろに向いて、クラスメイトたちに宣言した。


「てことで! 涼くんと菘ちゃんは登校してきました! 配当を受け取る人はあたしまで!」


 埴輪ちゃんが叫ぶと、クラスの三分の一は歓喜、残りは落胆するように肩を落とした。

 喜び勇んでいた奴らはスキップで埴輪ちゃんの元へ来る。

 そして、埴輪ちゃんが彼らに手渡しのは……。


「現金?」


 菘が声を出してしまうのも無理はない。

 だってそれは、あろうことか日本銀行券と硬貨だった。

 みんな現金を埴輪ちゃんから手渡されている。


「ごめん、埴輪ちゃん。ちょっと付いていけないんだけど……」

「ああ、これはね。クラスのみんなで、『今日、涼くんと菘ちゃんは学校に来るかどうか』で賭けをしてたんだ」

「お前ら人がいないとこで何やってんだよ……」


 ちなみに、法律に依れば一円からでも賭博と見なされ犯罪となる可能性がある。

 こいつら全員訴えてやろうか。と思ったけど、俺に金銭的損失ないわ。訴えるとしたら……名誉棄損とか?


「うるせー!」「なんで来たんだよ!」「今日も菘ちゃんとイチャコラしとけよ!」「羨ましい!」


 負け犬が俺に吠えてくるが、知ったことではない。あと、菘を名前で呼ぶなと何度言ったらわかるんだろう。


「飛鳥はどっちにしてたの?」

「あたしは来る方! 昨日、涼くんと電話で約束したからね」


 主催者による反則まがいの行為に、またも教室は沸き立つ。そら、集金してた埴輪ちゃんがまさか俺に直接干渉してるとは思わないわな。

 敗者は不当賭博だと叫び、返金を求めているが埴輪ちゃんがガン無視だった。


「ていうか、なんでこんなことしようと思ったんだ?」

「二人が昨日、学校に来なかったからだよ」

「理由になってないだろ……」

「いや、どうせ今日も夜な夜な、あれなことをして休むのかなーって。実際、来ない側に賭けた人の方が多かったしね」


 クラスメイトが俺と菘をどんな目で見ているかよくわかった。

 そしてその視点は間違っていないので、文句の言いようがない。

 

「ちなみに明日も開催予定!」

「おい」

「さあ、みんな賭けた賭けた!」


 ……集計の結果。

 来る派、十二名。

 来ない派、二十三名。


「いや、来るからな?」

「いいや、明日は来ないね」「隔日登校待ったなし」「もう二度と来るな」「羨ましいなあ……」


 さっきから野郎の声しか聞こえないが、どうやら来ない派は男ばかりらしい。

 女の子は真面目だから助かるなあ……。


「菘ちゃんがそんな毎日、ねえ」「今里くんがしたがるならともかく」「長瀬さんも大変だね」


 前言撤回、こいつらも同類だ。


「……ふふっ」

「なに勝ち誇ったように笑ってんだよ」

「いえ、これが日頃の行いかと思って」

「お前が脳内真っピンクなこと公開してもいいんだぞ」

「誰も信じないでしょ」

「世知辛いなあ……」

「それで、明日はどうする?」

「どうもこうもないだろ。普通に登校するよ」

「……そう言っていられるのも今のうちね」


 菘はいったいどんな立場なんだよ……。

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