第39話 対策会議

 昼休み。弁当を持って、俺と菘、それから埴輪ちゃんは生徒会準備室に来ていた。

 

「香澄、結局来なかったな」


 朝から姿を見せていなかった香澄だが、昨日に引き続き欠席しているようだった。

 担任に聞いたところ、風邪だかで体調不良と訴えてるらしい。


「でも仮病使ってられるのも限界があるよねえ」


 埴輪ちゃんがウィンナーをモグモグしながら言う。


「それは香澄の親次第じゃないか?」


 学校をサボろうと思えば、高校生という身分である以上保護者の援護が必要だ。

 ちなみにうちの親は適当なので、休むと言えば多分許してくれる。

 葵さんもあんな感じなので、菘も同じだろう。


「いやー、山科母は厳しいからねえ」

「てことは、いずれ仮病は使えなくなって、学校に来ざるを得ないか」

「最悪、あたしが乗り込んでもいいんだけど……」

「今、飛鳥が押しかけても、山科君は相手してくれないと思うわ」


 菘が至極真っ当なことな意見を言う。

 

「そういえば、一昨日ここで俺と埴輪ちゃんが一芝居打っただろ? で、香澄はキレて出ていったわけだけど」

「あの三文芝居?」

「そう。その時香澄を追いかけたのは菘だったけど、香澄となに話したんだ?」

「ああ……」


 菘が記憶を引きずり出そうとしているのか、視線を宙にさまよわせる。

 

「大した話はしてないわ。ただ、一つだけ山科君に聞かれたわね」

「なんて?」


 机からぐいっと身を乗り出して埴輪ちゃんが菘に顔を寄せる。


「『菘ちゃんはあれでいいのか』って」

「あいつまた菘のこと名前で呼んだのか」

「涼くん、それ今いいから」


 埴輪ちゃんに割とマジで諫められた。だって……。


「菘ちゃんはなんて返したの?」

「……まあ、山科君には涼のことが好きなのは隠しても仕方がないと思って、よくないって答えたわ」


 ……だから家に帰るなり、俺のこと押し倒してきたのか。


「それで香澄はなんて?」

「そうだよな。って言ってどっか行ったわ」

「むぅ……」


 埴輪ちゃんは思った以上の情報が手に入らなかったから、息をついた。

 

「でも、ぶっちゃけそんなに気にすることか?」

「……涼くん、それどういうこと?」


 俺の言葉にキッと埴輪ちゃんが目を細める。


「いやすまん言い方が悪かった。だから、そんなに睨まないでくれ」


 コホンとわざとらしく咳をして俺は仕切り直した。


「香澄が埴輪ちゃんのことを好きなのは今回の一件でわかったことだし、そこまで焦る必要はないよなって言いたくて……。もちろん、香澄がなんで埴輪ちゃんを振ったのかは未だ謎ではあるんだけど」

「ま、それはそうだね。実際、あたしも時間が解決してくれるかなーとか思っちゃったりしてるわけで」

「なら……」

「でも、嫌だ」


 俺の言葉を遮って、埴輪ちゃんは立ち上がり拳を固める。


「菘ちゃんと涼くんがイチャイチャしてるのを、指咥えて見てるなんてまっぴらごめんだね! あたしもイチャイチャしたい!」

「はぁ……」

「だから菘ちゃんお願い! 香澄があたしを振った理由をどうにかして問い質して! 今、香澄が相手してくれるのは菘ちゃんしかいないから」


 俺と埴輪ちゃんは、香澄の中ではまだ恋人ってことになってるからな……。

 あいつが学校に来たら一瞬で噓と判明するんだけど。ていうか、もうばらせばよくない?


「任されたわ」


 菘は立ち上がり、埴輪ちゃんの手を取る。そして握手。

 菘は菘でどうしてそんなに自信満々なんだろう。なにか秘策でもあるんだろうか。

 

「具体的に策はないけれど、精一杯頑張るわ」


 無策だった。自信満々なのは開き直ってるだけか。


「それでもいい! あたしが頼れるのは菘ちゃんだけだから! 菘ちゃんだけ!」


 チラチラと俺を見ながら言うな。それだとまるで俺が役立たずみたいだ。

 事実だけど。


「ええ、いかなる手を使ってでも山科君を素直にさせてみせるわ」

「それをつい最近まで素直じゃなかった菘が言うのちょっとしたギャグだよな」

「……うるさいわ」


 ムッとされたけど、そんな顔も可愛い。


「なんかイチャイチャムード漂ってきたんだけど……」


 目ざとくも雰囲気を察知した埴輪ちゃんがやれやれといった風に首を振る。

 そこで昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴った。

 

「もうこんな時間か」

「……悪いけど、飛鳥は先に教室に帰っておいてもらえる?」

「いいけど、何するの? イチャイチャ?」

「そうよ」

「うへぇ、羨ましい……」


 苦虫を嚙み潰したような顔をしながら埴輪ちゃんは一人去っていった。

 そうなると、この教室には俺と菘の二人きり。

 菘の言う通り、イチャイチャするには充分すぎるロケーション。


「……飛鳥にはああ言ったけど」

「え?」


 てっきり、抱きついてきたりするのかと思っていたから、真面目そうに語り始める菘に驚く。


「本当は山科君がどうして飛鳥の告白を断ったのか、だいたい予想がついているの」

「どうしてそれ埴輪ちゃんに言ってあげなかったんだ?」

「山科君に悪いと思って。あんまり、人様が勝手に言いふらすことではないから……。それに、まだ予想の段階で確証もないし」

「そうか」

「……涼は気にならないの?」

「別に、菘が言いたいなら言ってもいい。けど、もし必要なら菘は自発的に伝えるだろ? それをしないってことは、俺にも知らせない方がいいって判断した。違うか?」

「違わないわ」

「なら聞かなくていいよ。埴輪ちゃんはお前に頼んだんだしな。それに、俺と香澄は曲がりなりにも友達だ。この件が落ち着いたら、本人に直接聞くよ」

「……わかった」

「話は終わりか? 教室、ダッシュで戻らないと授業に遅刻して――」


 俺が踵を返して扉に向かおうとすると、菘にその足を止められた。

 背後から、抱きつかれる形で。


「菘? 何してんの」

「……イチャイチャ?」

「俺に聞かれても」

「イチャイチャ」

「断定的に言えという意味でもない」


 とか問答しているうちに、五限目開始のチャイムが鳴った。

 遅刻確定だ。それも菘と二人揃って。


「チャイムも鳴ったことだし」

「そろそろ行くか?」

「開き直って、もっと遅れましょ」

「彼女が不真面目すぎる……」


 明日学校来る派のオッズがまた上がりそうだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る