第33話 乱れ模様

 風呂から出た俺は、入念に身体を拭いてから服を手に取った。

 あれ、でもどうせ脱ぐなら着る必要ないような?

 と、思ったものの、部屋に現れた俺がいきなり裸だったら菘も嫌だろう。菘がどんな格好で俺を待っているかは知らないけれど。

 緊張して乾ききった喉を潤すために台所にある冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。風呂上がりと、そしてこれから菘とすることに対して火照った体に冷水が染み渡る。

 どうせこれから汗をかくことをするんだから、飲みさしのペットボトルも部屋に持っていこう。

 ……しかし、どうしよう。俺、本当に今から菘とするんだよな。

 裸はもう何度も見た。そのまま抱き合いもした。なんなら、胸だって舐めた。

 けれど、それらは全て突発的で、心の準備というものを許すことはなかった。本能が理性を置いてけぼりにしていたからこそできた凶行とも言える。

 でも、今回は違う。事前に布告されている。宣言と実際に行為へ及ぶまでにタイムラグが存在しているのだ。

 モラトリアムというには、あまりにも心臓に悪い。

 無駄にリビングをぐるぐると歩き回る。この間にも、菘は俺の部屋で待っている。きっと、俺と同じように心中は穏やかではないだろう。

 早く部屋に向かってやるべきなのはわかっている。今更尻込みしたところでだ。

 そもそも、俺はなにを不安に思っている? 

 菘は俺のことが好きだと言ってくれた。なんなら、以前からずっと俺とエッチなことをしたかったとまで暴露していた。

 菘が俺を拒むことはない。なら、どうしてここまで心配になるのだろう。

 男子高校生なら小躍りして然るべきなシチュエーションだというのに。

 そうこう言っているうちにも時間は過ぎる。

 結局、俺は出たとこ勝負で行くことにした。つまりは突貫。万歳突撃。

 自分の部屋だというのに、そのドアノブにかけた手が震えていた。

 恐る恐る戸を開く。

 部屋の電灯は消されていた。


「えっと、菘? いるんだよな」


 廊下から差し込む光で薄らと存在は確認できていたのに、意味もなく問いかける。


「……ええ。遅かったわね」


 ベッドに腰かけた菘が答えた。その声音は揺れ、掠れている。

 

「……えと、入っていいか?」

「いいもなにも、ここはあなたの部屋でしょう」

「そう、だな」


 ぎこちないやり取りを経て、俺は菘が待つ部屋に足を踏み入れた。後ろ手に扉を閉めると、暗闇と静寂に支配される。目が慣れると、菘のシルエットが目に映った。落ち着きなく、身体が揺れていた。


「電気、つけていいか?」

「……ダメ。何のために消したと思ってるの?」

「そりゃ、恥ずかしいからだろうけど」

「わかってるなら、聞かないでほしい」

「……でも、さっきまで普通に明るいところで裸でしたよね」


 と、それらしい正論を述べたものの、ただ単に菘の身体が見たいだけなんだよな。

 自分に正直になろう。


「身体は、いいの。そうじゃなくて」


 身体はいいのかよ、というツッコミはさておき。菘の言葉が続くのを待つ。


「……顔、見られたくない」

「俺、菘の顔なら誰よりも見てるし、目瞑っててもすぐ思い出せるけど」

「そういう恥ずかしいこと言わないで……。顔ってそういうことじゃなくて、だから、変な顔になるから」


 ……ああ、なるほど。

 つまるところ、菘は恍惚とした表情を見られたくないと言いたいようだ。

 だけど、それは受け入れられない。

 当然ながら暗闇だろうと自分の部屋だから電灯のスイッチの場所は把握している。

 菘の願いを無碍に、明りを点けた。

 

「ちょ、ちょっと」


 菘は真っ赤に茹で上がった顔を手で隠す。なぜか、ベッドの上で正座をしているがそんなことはどうでもいい。

 それ以上に気になることがあった。


「……なんで制服?」


 電灯をつける瞬間、頭の中では菘はどんな格好なのか想像を巡らせていた。

 裸なのか、それともさっきまで着ていた家着か。もしかしたら、扇情的なベビィドールかも? と期待もした。

 けれど、そんな予想とは裏腹に菘は、見慣れた高校の制服を身にまとっていた。

 黒のタイツまで履いて、完全に学校へ行くような格好だ。

 

「私、女子高生だから」

「理由になってないけど……」

「……そうね、ほら制服デ〇ズニーってあるじゃない? あれみたいなものよ」

「夢の国と性行為を一緒にしてるよこの子」


 全然関係ないけど、菘とデ〇ズニー行きたいな。今度行こう。


「いやまあ、制服でしたいのはわからなくもないんだけど……」

「でしょ? でしょ? だから、ね」


 菘が目配せをしてくる。

 これはつまり、


「俺も制服を着ろと」

「もちろん」

「……まあ、いいけど」


 ここは俺の部屋なので、制服はすぐそこに掛けてある。

 家着を脱いで、Yシャツとズボンを履く。


「ブレザーはどうする?」

「うーん、シャツのままでいいわよ」

「じゃあ、まあ。これでいいか?」


 いつも通りの制服姿――ブレザーは羽織っていないので夏服スタイルになる。

 そんな俺を見回してから菘は満足げに頷いた。……普段見てるだろうに、何がそんなに嬉しいんだろう。

 まあ、いいか。

 そんなことよりもだ。やれ制服がどうこうというやり取りをしているうちに、少しだけ緊張が解けた。

 ベッドに座る菘に歩み寄る。

 隣に腰かけた。拳一つ分の隙間もも空けず、密着するように。

 タイツ越しに菘の太ももに手を置いた。サラサラとした感触を楽しむように撫でまわす。


「結局、電気は消してくれないの?」


 拗ねたように菘は言う。


「菘の顔、ちゃんと見たいし」

「……もう。でも、その気持ちもわからなくもないから、許してあげる。……私も、涼の顔見たいし」

「そう言われると電気消したくなってきた」

「我儘ね」


 軽く胸を小突かれる。俺の胸に伸びたその手を掴んだ。指と指を絡ませる。若干ぬめりを感じた。多分、俺も菘も手汗をかいている。それだけ緊張しているこということだ。

 けれど、俺たちはそんなことは気にせず、互いに手をにぎにぎとする。

 合図もなく俺たちは手を同時に離した。そして、腕を身体にまわして抱き合う形になる。

 さらさらと黒髪を指でもてあそぶ。対抗しているのか、菘は俺の頭を撫でた。

 菘の熱っぽい吐息が顔をなぞる。潤みきった目が俺を、俺だけを見ていた。

 俺も、菘も、今はきっとお互いしか認知できていない。ここがどこで、今がいつかなんて忘れて。二人の世界に没頭していた。

 徐々に顔を近づけていく。菘もならって、目を閉じて受けれ入れる姿勢を見せてくれる。

 そっと、菘の唇に触れた。

 一度目は、触れるだけ。

 二度目は、互いに唇を食みあって。

 三度目は、少し長く。

 四度目は、唾液を交換して。

 五度目で、舌を絡ませ合った。


「はむっ……、あ、りょう……。ん、じゅる」


 ざらついた舌が俺の口腔内を犯していく。負けじと菘の口にねじ込む。

 口の端から唾液が零れることすら目もくれず、俺たちは舌を何度も何度も出し入れする。

 しばらくして、呼吸を忘れていたことを思い出して口を離した。

 

「……」


 菘は蕩けた目で、しかしどこか思いつめたような表情をしていた。

 がっつき過ぎただろうか。


「……菘? どうかしたか?」

「え?」

「いや、なんか怖い顔してたから」

「ああ……。ううん、なんでもないの。ただ、キスが気持ちよくて」

「気持ちよかったのに、怖い顔してたのか」

「……学校とかで、我慢できるか心配になったのよ」

「してもらわないと困るんだけど……」

「大丈夫、恥ずかしいだけよ」

「百歩譲って恥は忍ぶとしよう。でも、菘がそういうことしてる姿は誰にも見せたくない。だから、ダメだ」


 俺が言うと菘はまた唇を重ねてくる。今回は急だったために、俺が一方的に攻められた。

 水音をたてながら顔を離した菘は、


「そうやって、すぐ恥ずかしいこと言う涼が好きよ」

「……そりゃよかった」


 菘は褒めているつもりなのだろうけど、俺はこそばゆさを覚える。

 けれど、本音に変わりはないので否定はできない。

 顔を赤らめて、甘えるように俺に引っ付いてくる菘は俺だけのものだ。

 反撃と言わんばかりに俺は菘の口を舌でこじ開け蹂躙する。

 

「んんっ……!」


 初めは菘も驚いたようで身体を硬直させていたが、すぐに対応して舌を差し込んでくる。

 今度はちゃんと呼吸も忘れない。お互い荒い鼻息を吹きかけあう。

 口は離さないまま、菘は俺の手を取った。そのまま、スカートで隠れた股間部に俺の手は導かれる。


「ん、ちゅぱっ……、涼……ん、しゃわって?」


 キスをしたまま喋るものだから、口調がたどたどしい。抗いがたい淫靡なおねだり。

 言われるがままに、菘の秘部に指をなぞらせる。

 下着とタイツはまだ履いたままのはずなのに、指が湿る感覚。一度、触るのを止める

 指にはヌルヌルとした液体が付着していた。

 俺がその様を確認していることに気づいた菘はキスをとめて、


「……涼とキスしたからこうなったわけじゃないわよ?」

「その嘘は無理があるだろ……」

「嘘じゃないわ。だって、私涼と引っ付いてるだけでこうなるもの。キスなんて必要ない」


 そっちかよ。


「ていうか、俺に近づいただけでこれって生きづらくない?」


 流石の俺でも、菘が隣にいるだけで立ちあがることはほぼほぼない。


「学校では心を殺して対策してるわ」

「うちでは?」

「……私、この家に来てから空き時間はずっと涼の部屋で本読んでたり……ずっと涼といるじゃない?」

「そうだな」


 今思えば、あれは俺が好きだから一緒にいたかったってことなんだろう。

 菘が俺のことを好きだと示唆するヒントは、俺が気づいていないだけでもっとありそうだ。


「あの時は大変だったわ。学校と違って周囲の目もないから……」

「つまり、菘は人知れず発情してたと」

「ええ。三日前に涼のこと起こしに来たでしょ?」

「あの、起きたら菘が俺に乗ってたやつ」

「あれが一番やばかったわね。私が部屋に来たら、涼のそれが大きくなってたし……」


 それは生理現象だから。放っておいてほしい。


「涼は涼で、私のこと抱きしめてくるから……。お母さんが来なかったら、どうなってたことやら」

「どうもこうも、こうなってたんじゃないか」


 そう言って、俺は再度菘の秘部に触れた。さっきよりも、さらに水気が増している。

 タイツと下着があっても熱く濡れた柔肉の存在は隠しきれていない。

 

「んっ……ふぅ、ね、ねえ、涼?」

「なんだ?」

「……もっと強く触って? 優しくしてくれるのは嬉しいんだけど、余計に切なくなる」

「わかった。もっと強くだな」


 どうやらビビッて力が弱すぎたようで、菘にそう懇願されてしまった。

 菘の願い通り、指に込める力を強める。おそらく、割れ目があるであろう箇所を、タイツの上から執拗に何度も指圧する。


「……ぁあ、ん、やぁ……」


 菘は俺のシャツの裾を握って、快感にもだえる。時折合う目は更なる刺激を欲しているように見えた。その表情に情欲を搔き立てられて、更に指を動かすスピードを早める。

 ぐちゃぐちゃと淫らな音と、菘の控えめな嬌声だけが無音の部屋で響く。


「ん、はあ……、あっ……、りょ、涼、キスして……」

 

 お望み通り、喘ぎ声が漏れる口を塞いでやった。


「じゅるっ……ん、やっ……、んん……」


 キスをしながら艶めかしい声を菘はあげるものだから、口を通じて直接その声は脳内で反響する。

 

「ふぁぁ、っつ……まって、まって……っ」


 菘が首を振ってなにかを拒む。俺の裾を掴んでいた手は、既に俺の腕に移っており、痛いぐらいに強く力が込められていた。

 

「やっ……りょう、お願いっ……ちょっと、だけっ……まって……」


 言葉を無視して、俺は手を止めない。タイツが割れ目に食い込むほどに指を擦りつける。

 既に漏れ出た愛液で、ベッドのシーツはびちゃびちゃだ。

 それを潤滑液に指のスピードは加速していく。

 

「あっ……、も、もうだめ……。ん、っ……、んんんっ……!」


 菘は俺の胸に顔を押し当てる。

 声にならない声をあげながら身体がビクンと跳ねた。

 絶頂、したのだろう。

 腕を掴んでいた手も、一度は握りしめられたが、すぐに力を無くしたようにすっと離れた。


「……待ってって言ったのに」


 荒い呼吸を整えて菘が最初に発したのはそれだった。


「……こういう時の待っては、もっとしてと同義と聞いたけど」

「漫画の読みすぎよ。私は、本当に待って欲しかったのに」

「理由があって?」

「……顔、隠さないとだから。ギリギリ間に合ったけど」

「そんなに見られるの嫌か?」

「……だって、絶対変な顔だもの」

「俺は――」


 ――菘のイクところ見たいけど。

 しかし、言いかけた言葉は菘の唇で阻止された。

 

「涼にお願いされたら、私断れないから」

 

 俺からゆっくり顔を離した菘はそう言った。


「だから、言わせないと?」

「……うん」

「そうか……」


 俺は菘を強く抱き寄せた。抵抗できないほどにギュッと。

 これなら、俺の発言を菘が止める術はない。

 そして、耳元で囁いた。


「菘のイクところ、見せてくれ」

「っ……。わかったわ、わかったから、お願い耳元で喋らないで」

「なんで?」

「……んっ。き、気持ちいいから……」


 ダメだと言われると破りたくなるのが人の性というもので。

 ふーっと、ゆるく菘の耳に息を吹きかけた。


「ひゃっ……」


 それだけなのに、菘の身体は快感に震える。その反応に嗜虐心が芽生えて、何度も繰り返してしまう。

 菘の股間に空いた手をまた伸ばす。


「やぁ……、同時はっ、むり……っ」


 数度割れ目の上をを擦っただけで、菘はもう限界そうだった。

 

「はっ……、んん、んっ……もっ、もうだめっ……」


 俺は菘の顔を見るために耳から口を離した。

 菘も、約束通り顔を隠す素振りを見せない。じっと、恍惚とした表情で俺と向き合っている。


「あっ……。んん、はぁっん……っ」


 また、菘の身体が大きく身震いした。そのまま俺にしなだれがかってくる。

 

「……顔、ちゃんと見えた?」

「ああ、なんというか、可愛いかったぞ」

「可愛いと言われるもの、それはそれで複雑ね」


 困ったように菘は笑った。さっきまでの、淫らな表情との対比に思わず胸が高鳴る。

 菘の全てが愛おしくなって、思わず抱きしめた。菘も腕を回してくれる。


「……する?」


 さっきの反撃かのように、耳元で淫靡な提案がされる。その言葉だけで脳が犯されているようだ。


「……そうだな」

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