第23話 宣戦布告

 午前中の授業はついぞ上の空で、全くもって身に入らなかった。どうやら埴輪ちゃんも同じようで何度も目が合ってはお互いに頷きあう不思議なことを繰り返していた。

 それも偽装恋人の一環だと言えばそうかもしれない。そういうことにしておこう。

 時は一瞬として過ぎ去り、昼休み。

 俺と埴輪ちゃんは、それぞれの想い人のところへ向かう。


「菘、飯行こう。今日は埴輪ちゃんと香澄も一緒に」

「ええ、それはいいけど……。急にどうしたの? それに飛鳥と山科君は……」


 菘は言いよどむ。埴輪ちゃんと香澄が昼食の場で同席することに疑問を覚えているのだろう。

 それもそのはずだ。埴輪ちゃんが香澄に振られたのは先週の金曜日。今日は週が明けて、一日目の月曜日だ。まさかそんな短期間で二人の関係が修復しているとは考えられない。

 事実、埴輪ちゃんは金曜日以来香澄とは、電話ぐらいでしか口を聞いてないらしい。

 香澄の元へ、昼食の誘いに行った埴輪ちゃんを見やる。やはり、どこか気まずそうだ

 それでも、香澄は埴輪ちゃんの言葉に頷いた。誘いを了承したのだ。


「ほら、大丈夫そうだぞ」

「……そうね。なら、ご相伴にあずかるわ」


 そんな二人の様子を確認した菘も納得してくれた。

 埴輪ちゃん香澄ペアと合流して、先日発見した生徒会準備室へ。

 これから話す内容は、出来るだけ内密にしたい。そう思って、この部屋を選んだ。

 扉を開くと、やはり鍵はかかっていない。室内も当然無人だ。


「こんな部屋あるんだねえ」

「私と涼が見つけたのよ」


 と、菘は埴輪ちゃんにドヤ顔で解説している。


「なんだ、涼はここで菘ちゃんと乳繰り合ってんのか」

「一応学校だぞ? そんなことするかよ」


 まあ、乳繰り合いかけたことはあるけど……。未遂は未遂だ。


「ま、それもそうだな。それに乳繰り合うなら、涼の家でいいか。同棲してんだし」

「その納得の仕方もどうかと思うけど……」


 などと盛り上がる。しかし、埴輪ちゃんは菘と、香澄は俺としか会話していない。

 やはり、二人には隔たりがあるようだ。

 俺たちは四つの机を、四角形になるように並べる。小学校時代の、給食を思い出すフォーメーションだ。

 まず、俺が椅子に座った。俺は一番手だからどこに座ってもいい。

 問題は次だ。

 菘はさも当然のように俺の隣の机を視界に捉えていた。そこに座ることを決めたのだろう。

 しかし、それは埴輪ちゃんによって阻まれた。


「えっ……」

「ん? 菘ちゃんどうしたの?」

「いえ、なにも……」


 菘は明らかに戸惑っていた。埴輪ちゃんはてっきり香澄の隣に陣取ると思っていたのだろう。

 しかし、どういうわけか俺の隣へ腰を下ろした。

 若干の狼狽を見せながら菘は俺の正面に着席。残った席に香澄が収まった。

 自分で仕組んだことながら、菘と香澄が並んで座っている光景は非常にムカついてくる。

 けれど、俺と埴輪ちゃんが計画していることに比べれば、それも可愛いものだ。


「涼くんのお弁当って、菘ちゃんが作ってるんだよね? あたしのおかずと交換しよ!」

「いいよ。ほれ」


 俺は弁当を差し出す。


「じゃあ、唐揚げもらうね。はい、涼くんには卵焼き」

「詐欺トレードもいいところだな! 別にいいけどさ」


 俺と埴輪ちゃんが仲睦まじく昼食に勤しんでいるのに対して、菘と香澄は二人そろって怪訝そうな顔をしている。

 おおよそ、俺と埴輪ちゃんがいつの間に、こんなにも仲良くなったのかと疑問に思っているとかだろう。

 そのあとも、俺と埴輪ちゃんはいかにも仲がよさそうに昼食を楽しむ。

 極めつけは、


「涼くん、お茶いる?」

「ありがとう」


 埴輪ちゃんからペットボトルの緑茶を受け取る。既にキャップは開封済みだ。俺はそれを何の躊躇もなく口につけた。


「なっ……」「え……」


 すると、菘と香澄が同時に声をあげた。そんな二人を無視して、俺は埴輪ちゃんにペットボトルを返す。埴輪ちゃんは戻ってきたペットボトルをしげしげと眺め、それからお茶を口に含んだ。

 流石に二度目となると、菘も香澄も声に出して驚くことはない。 

 けど、相変わらず百鬼夜行でも見たような顔をしている。

 しかし、これで終わりではない。

 俺と埴輪ちゃんはアイコンタクトをした。次が仕上げ、最終兵器だ。

 埴輪ちゃんは弁当に入っている唐揚げ――俺がさっきあげたやつを箸でつかんだ。なんでそれを選んだ……?

 

「は、はい。あーん」


 埴輪ちゃんはその唐揚げを、俺の口元へと向けた。

 なんかもう、我ながらわざとらしいとは思う。今時、世のカップルはあーんとかするのか?

 しかし、菘と香澄には効果があったようで。


「ストップ! ストップ!」「飛鳥!?」


 二人は同時に立ち上がった。菘にいたっては机を回り込んで、直接俺と埴輪ちゃんの間に入ってあーんを阻止している。

 遅れて、香澄もこちらに来た。

 二人とも、完全に動揺している。よかった、これで第一目標は成し遂げられた。


「ちょっと、飛鳥。あなた何を考えてるの?」

「涼? お前、どういうことだよ」


 俺と埴輪ちゃんはそれぞれに詰問される。その口調は苛立ちを隠しきれていない。


「どうもこうも、ねえ?」


 埴輪ちゃんがおどけたように、俺に視線をおくってくる。

 

「なあ?」


 俺も合わせて視線を返した。安易な挑発だ。

 そして、最後の爆弾が落とされる。


「あたしと涼くん、付き合うことになったから」


「「は?」」

 

 間抜けな声が二人分、静かな教室に響いた。

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