第18話 敗北、それはデジャヴ
「話ってなんだよ……。家そこだし、帰ってからじゃダメなのか」
「それは困る、というか」
「ううん?」
香澄は弥生飛鳥――埴輪ちゃんの言葉に首を傾げる。
「……ねえ、涼。あれって」
「そうだろうな」
俺と菘は、二人から少し離れた建物の陰から顔だけ出して、その様子を見守っている。傍から見れば完全に不審者スタイル。
しかし、そんなことを言っていられる状況ではない。
「お前、埴輪ちゃんに『あれ』本当に言ったのか?」
「あれって?」
「わかっててとぼけてるだろ……。昼休みに俺が言った、あの恥ずかしいやつだよ」
「ふふ、あれね」
クスクスと菘は笑う。やっぱり揶揄われていた。
「流石に、青臭さは軽めにしたわよ。というか、私が口にするのを憚られただけなんだけど。でも、ちゃんと涼からの言葉だって言っておいたわ」
「……そう」
埴輪ちゃんをそれを受けてどう思ったのだろうか。
なんてのは愚問だろう。
意識を、前方で話し込む二人に向ける。
埴輪ちゃんは、何かを言おうとしては、口ごもる。それを繰り返す。いつの日かの俺のようだ。
俺の勘違いでなければ、埴輪ちゃんは香澄に告白をしようとしているのだろう。
「……どうなると思う?」
「それを涼が言うの? 当たって砕けろ的なこと言ってたのに」
「いや、そうなんだけど」
あんな発破をかけるようなことを言っておいて、無性に心配になった。言うまでもなく、埴輪ちゃんが香澄に振られてしまわないかに。
「なんか言いたいことでもあんのか? モニョモニョしてるけど」
「……えっと」
香澄からの追求に、埴輪ちゃんは追い詰められていた。
なんというか、それはもうデジャヴと呼ぶに相応しい光景だった。
なにも、そこまで同じ会話しなくても……。
まあ、いくら決心したところで、いざ本番になると言葉を見失うのはよくわかる。
「頑張れ……」
だから、今はこうして無力にも祈るしかできない。
ふと、俺の右手が何かに包まれる。目をやると、菘の左手が俺の手をつかんでいた。
けれど、菘の視線は俺ではなく、埴輪ちゃんと香澄に向いている。
おおよそ、緊張のあまり何かに縋っていたくなったのだろう。その手を受け入れた。
「あのね、香澄」
「うん」
いつもは埴輪ちゃんに小言を言う香澄も、流石にその空気を読んだのか、余計な茶々を入れない。
黙って、次の言葉を待っている。
無限にも思える静寂が過ぎていく。
そして、埴輪ちゃんは口を開いた。
「あたし、さ。その、あんたのこと好き……なんだよね」
「……うん、知ってる」
香澄は頷いた。いくらなんでも気づいていたらしい。まあ埴輪ちゃんあんまり隠す気もなさそうだったけど。
ひとまず、埴輪ちゃんがやるべき事は終わった。きっと埴輪ちゃんは今、もっと言い方があったんじゃないか、などと考えているだろう。けれど、きちんとその想いを言葉にして伝えたのだ。もっとも、それで喜んでいる暇はない。
あとは香澄の返答を待つだけ。しかし、こちらの方が緊張する。
俺の右手にかかる力も強くなっていた。菘はじっと、二人を見ている。こくりと、喉が動き息を吞むのがわかる。
「あはは、いつからバレてたんだろ」
「あー、小学生ぐらい?」
「マジかー。プライバシーのへったくれもないねえ」
「……それで」
「うん?」
「飛鳥が俺のことを好きなのはわかった。それだけか?」
香澄、お前……。その言い方はどうなんだよ……。
いや、たしかに埴輪ちゃんはその後どうしたいかなんて言ってない。言ってないけど、汲み取れるだろ。
「そ、そんなことない」
埴輪ちゃんは首を振って反駁する。しかし、その先が出てこない。ありったけの勇気を振り絞って告白をしたから、もうそれ以上の気力が残っていないのだろう。
それでも埴輪ちゃんは、香澄の目をもう一度見つめた。
「付き合って欲しい。友達じゃなくて、幼馴染でもなくて。恋人になりたい」
俺の告白とは比べ物にならないぐらいに、埴輪ちゃんは真っ直ぐで健気だった。
それなのに、
「……すまん。それは、難しい」
「……えっ」
思わず漏れてしまったその声は、埴輪ちゃんのものなのか。はたまた、俺か菘か。きっと全員だろう。香澄の答えに、絶句していた。
「……どうしてなのかは聞いても大丈夫?」
それでも埴輪ちゃんは続ける。まだ、諦めていない。
「悪い。……飛鳥は、そういうのじゃないっていうか。本当に、すまない」
と言って香澄は走り去ってしまった。これでは、俺の告白とは真逆だ。告白を受けた側が逃走してしまった。なんて、そんなことはどうでもいい。
今、香澄はなんて言った?
――飛鳥は、そういうのじゃない。
聞き覚えしかないフレーズだ。
告白を断るときは、そうやって受け流すのが流行りなのか。
気づくと、俺の右手は自由になっていた。
菘は、呆然と立ち尽くす埴輪ちゃんの元へと歩んでいく。盗み見していたことがバレてしまうが、どのみちこの結果はすぐに知ることになる。
「……飛鳥」
菘がそっと、名前を呼んだ。
こちらに振り返った埴輪ちゃんは、突然現れた俺と菘に驚くわけでもなく、ただ静かに笑っていた。
「あたし、振られちゃった」
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