第17話 公開処刑はすぐそこで
いつものように、菘と並んで歩く帰り道。
菘がスーパーに寄りたいというので、家路からは離れたところを進んでいた。
途中、そこまで大きくはない川にぶつかる。そこに架かっている橋を渡れば目的のスーパーはすぐそこだ。
夏もとうに終わり、冬の気配すら感じる今日この頃。少し肌寒さを覚える気候の中、俺は変な汗を流していた。
そう、この河川敷は俺が菘に告白し、あえなく玉砕した地。言わば俺の墓地だ。
ざらりとした苦みが口に広がる。二度と来たくはなかった。けれど、生活圏内のど真ん中にこの河川敷はあるのでそれは難しい。
ちらりと隣の菘を伺う。あの日と同じように、夕陽に照らされた横顔が眩しい。
……菘は、この場所に何か思うことはあったりするのだろうか。
タンクトップ一枚で河川敷を走る老人とすれ違った。周囲に人がいなくなったからか、菘は口を開いた。
「涼は、どうしてここで告白しようと思ったの?」
「なんかロマンチックだろ?」
「そう? この川、ちょっと臭いけど」
「もしかして、振られた原因はそれか」
「違うわ」
だろうね。そんなふざけた理由だったら、いよいよ寝込むよ。
「でも、どうしてそんなこと聞いたんだ」
まさか、その答えによっては告白を断ったことを撤回してくれたりしたんだろうか。
「告白って、しようと思ったらやっぱり勇気がいるじゃない。元々仲が良いとしてもね。涼や飛鳥を見てたら、当たり前だけどそのことに気づいて」
「まあ、そうだな。実際、あの日は俺死にそうだったし」
「覚えてるわ。私が何言っても、上の空で」
菘は思い出したように静かに笑った。
「それで結局、私が引導を渡したのよね。何か言いたいことがあるなら言って――って」
「なんともお恥ずかしい限りで……」
いや本当に。記憶から消したい。挙動不審な自覚はあったけど、こうして本人から聞かされるのはやはり辛いものがある。
「でも、それとさっきの質問は何の関係が?」
「うーん、とね。ようは、ゲン担ぎみたいな理由で、この河川敷を選んだのかと思って。告白定番スポットだとか、二人の思い出の地だとか色々あるじゃない。そういうの」
「ああ……。でも、ぶっちゃけ場所はどうでもよかったんだよな」
「そうなの?」
「うん。人気さえなければ。それより俺が重視したのは時間だな」
「まあ真っ昼間よりは、夕暮れのほうが雰囲気はあるわね」
「いや、そうじゃなくて。大事のなのは、下校途中ってことで……」
「どうして?」
「それ、説明しないとだめ?」
「ダメよ」
優しく、それでいて逃げ場潰すように菘は言った。そもそも、俺は基本的に菘からのお願いは全部聞いてしまう質なのだ。だって好きだから。
しかし、これから語ることはあまりも恥ずかしいというか、少女めいているというか。
思わず、少し黙ってしまう。
「あ、あの。別にそこまで嫌なら大丈夫よ? だいたい、私は涼にこんなこと聞ける立場にはないんだから」
「いや、いいよ」
というか、むしろそんな風に言われると余計に話さないと、という気持ちになる。
俺が勝手に告白をして、勝手に振られたのだ。すべて独断。それについて、菘が責任を感じるのは、俺としても嬉しくない。もちろん、全く気にしないような態度を取られてもそれはそれで虚しいのだが。
「ついこないだ、俺とお前が一緒に登下校しなくなった時期の話しただろ?」
「したわね。って、ああ」
それだけで合点がいったのか、菘は得心したように頷く。
「あとはもう、お察しの通り。俺がお前を好きだって自覚したのは、一緒に登下校しなくなったからで……。まあ、それにあやかって下校の時に告白をしようと」
「なるほどね。でも、どうして言うの渋ってたの?」
「いやだって、恥ずかしいだろ。なんか、女々しいというか」
「そう? 私は素敵だと思ったけど……」
「そらどうも」
……ん?
いや、なんかおかしいだろ。
「素敵と思うならなんで振られたんだよ!」
「……いや、あの時はその事情知らなかったし」
「なら、今ならいいんだな!? よし、菘! 付き合おう!」
「やけになってない?」
「なってるよ!」
ヒートアップする俺をよそに、菘は何か思い詰めたような顔をしている。
まずい、強く言い過ぎただろうか。
「あのね、涼。聞いてほしいことがあるの」
唐突に菘は真面目なトーンで切り出した。
その表情は、依然として夕陽に照らされて判然としない。
しかし、これではあの日と立場が逆みたいだな。
「たしかに、私は涼の告白を断ったわ。今でも酷いことをしたと思ってる。でもね、それにはちゃんと理由があるの」
「そういうのじゃない、ってやつか。ようは、俺は幼馴染であって恋人にしたいわけではないって意味だろ?」
「……違うの」
「……え?」
菘の予想外の否定に思わず口が詰まる。今まで、てっきりそれが理由で断られたのだと思っていた。
けれど、どうやらそれ以外の理由があるらしい。
俺はその先を聞きたかった。しかし、それ以上に怖かった。
もし、更に厳しい理由だったとしたら。もし、菘が俺に靡く可能性がゼロに等しかったら。そう考えるだけで、足が竦んでしまう。
だから、情けないことに俺は、菘が話を再開するのを無言で怯えながら待っていた。
菘は菘で、言葉を選んでいるのか、しばらく黙ったままだ。
それからしばらく会話はなく、とっくに河川敷も過ぎてしまっていた。この住宅街を抜けると、すぐに目的地であるスーパーについてしまう。
スーパーに至る道、その最後の曲がり角で菘は立ち止まった。
そして、意を決したように俺へと向き直る。
「驚かないで聞いてね。私、その、涼のことが……す――」
しかし、俺はその菘の言葉を最後まで聞くことはなかった。
先に弁解しておこう。逃げたわけじゃないし、耳を塞いだわけでもない。ましてや、ここで突然難聴系になったわけでもない。
俺が、菘の口を無理やり手で塞いだのだ。喋っている途中にそんなことをしたからか、手には菘の唾液がつくのがわかった。しかし、今はそれで興奮しているわけにはいなかった。
俺はそのまま、菘を引きずって建物の陰に入った。
「ちょっと、涼!」
「静かに」
当然ながら菘は怒っているが、それも封じる。
俺は指である方向を指した。
そこには、
「飛鳥と、山科君……?」
二人の人影を確認した菘が呟いた。
夕暮れの帰り道。
俺達ではない幼馴染が二人、真剣に向き合っていた。
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