第六話 オーガ

 彼は床に向かって手を伸ばした。するとその部分がボコッと盛り上がり、二本の大きな根っこのようなものが生えてきた。

 その根っこは互いに絡み合い、彼がそれを掴み引き抜いた時には長い木の槍のような形状へと姿を変えていた。


——本では見たことない魔法・・・・土属性?・・・・


 そんなこと考えながら、私は詠唱を始めた。

 ドスン!ドスン!と地響きが響き渡り、あと少しでオーガは私たちのいる通路の入り口に到達する。


「ニンゲンゴトキガアァァァ!!!!!ユルサン!!!!!ユルサンゾォォォォ!!!!!」

「げ!オーガって喋れるのかよ!?実は遭遇したの初めてなんだよなぁ。」


 怒り狂ったオーガはついに私たちの元までたどり着いた。近くで見ればさらにその見た目は巨大で禍々しい。 

 だか彼は目の前にオーガが現れた時、またしてもバックから取り出した何かをオーガの目線の高さまで投げつけ、さらには同じ場所に片手に持っている松明までも投げつけた。


「目ぇ閉じろ!!」

「はい!」


 その初めに投げた物体に松明の火が接触した瞬間、私達は一斉に力強く目を瞑った。私はまだ詠唱を続けている。


「グ!?グオァァ!!?ナンダコノヒカリハ!!?ナンダコノオトハ!!!!!?」


 目を瞑っていても微かに感じるほどの強い光があたり一面を包み込んだ。オーガは目と耳を塞ぎながら何かを言って騒いでいるが、その声は私には聞こえない。

 彼の話によると、あれも魔法道具の一種であり、先程のもの同様知人の研究室から勝手に持ち出したものらしい。

 その効果は急速に物体の温度を上げることにより、眩しい光と大きな音を同時に発生させ、敵を怯ませる。

 しかし私にはその音聞こえておらず、彼も塞ぐのは目だけで問題ないと言った。


——オーガの声がまったく聞こえない?・・・・!?聞こえるようになった。


 そう、今まで私は目の前で明らかに大声を上げ呻いているオーガの声がまったく聞こえていなかった。しかしすぐに声はハッキリと聞こえ始めた。どうやら音で耳をやられていた訳ではないらしい。


「グゴォ!!!?」


 視界と聴覚を奪われ、体勢を崩しているオーガの腹に、彼は思いっきり強烈な蹴りを喰らわせた。

 何倍もの体重があるであろうその巨体をよろめき、後ろへと後退する。それに追い討ちをかけるように、彼はオーガの両足を先程作り出した槍の先で切り裂き、更にバランスを崩れたところに飛び蹴りを放った。

 オーガは後ろ向き倒れ、そのまま先程までいた下のフロアへと落ちていった。


「グガァ!クソ!ニンゲンガァ!!ニクカイニシテヤルゾ!!!ホネヲクダキ!!ニギリツブシ!!!クイコロシテヤルゾ!!!!」

「言葉を喋れても知能は低いようだな。これならオークを一匹一匹相手するよりも簡単だ。」

「ガアアァァァァ!!!!!」


 その彼の言葉に更に怒りを露わにした。するとオーガは棍棒を持っていない左腕の掌を上に突き出す。


——とんでもない魔力の流れを感じる!!今の私の何十倍もの魔力が!!!


「『ギガントクリムゾン ・ノヴァ』!!!」


 周りの空気は震え出した。オーガの掌に火の玉のようなものが形成される。初めは小さかったその火は急速に質量を増し、今にもオーガ超えるほどの大きさに変化していく。


「今だ!!サラ!!やれ!!!」

「は、はい!!『火精霊イグニーダ』」


 私の返事とともに、私の周りにも五つの私の頭と同じ大きさ程の火の玉が形成される。今私が使える魔法の中では二番目の威力を持つものだ。彼に指示を受けてからずっと詠唱していたのはこの魔法のためだ。

 私はその火の玉を全て放った。彼の後方から放った魔法は彼の横を通り過ぎた瞬間、なぜか火の玉はその大きさを変え、先程よりも数倍の大きさとなってオーガの方向へ飛んでいく。しかし狙うのはオーガ本体ではない。オーガが今放とうとしている炎の球体だ。


「オーガは高い怪力と魔力を有している。けど知性はそこまでではない分、魔法の制御はそこまで得意ではない。あの魔法も威力は高いが、精度自体は結構雑だ。だから——」


 私の魔法が直撃オーガの魔法へと直撃した。その火の玉は炎の球体へと飲み込まれていく。しかし次の瞬間からその炎の球体の形は乱れ始め、最後に鎮火するかのように消滅していく。


「ナニ!!?」

「同じ属性、要するに火属性の強力な魔法を数発ぶち込んでやればその雑な魔法のコントロールは乱れ、制御が効かなくなって最終的には失敗に終わる。」


 自分の魔法が消滅したオーガは何が起こったのか分からない様子だった。

 けど私のあの小さな魔法であの強力な魔法の力を乱せるとは思わない。恐らく、彼が通り過ぎる私の魔法に何かをして援護してくれたのだろう。


「それじゃあ終わりにするぞ!」


 彼は階段を使うことなく下のフロアへと飛び降り、オーガ目掛けて向かっていく。

 それを見たオーガは棍棒を構え、彼を空中で叩き落とそうとその腕を振るった。対する彼空いた手を頭上へ掲げている。


「バカメ!!!タタキツブシテヤル!!!」


 オーガの棍棒が彼に直撃する寸前彼が頭上からその腕を、文字通り空を切るように振り下ろした。その瞬間、彼の周りの空間、いや、空気が歪み——


ザシュッッ!!!!!!!!!!


 彼の腕の動きと同じ角度で、オーガは頭から真っ二つに切り捨てられた!

 

——あれは風属性の魔法!空気を刃のようにして敵に飛ばしたんだ!!じゃあ・・・さっき音が聞こえなくなったのは私たちの周りに空気膜を作っていたから、私の魔法が大きくなったのも彼の風と魔力で火を大きくしたから!


「バ・・カ・・・・ナ・・・・。」


 その言葉を最後にオーガは倒れ、息絶えた。彼はその遺体の横に着地し、私の方へとグッと親指を突き出して笑いかけた。


「これでクエスト達成だ。お疲れさん。初クエストでオーガを倒すやつなんてそうそういないぞ!」


 彼は私に言葉を投げかけながら部屋の階段を登ってこちらに戻ってくる。

 正直私はほとんど何もやってないと思うが、今はそれよりも初めてクエストを達成出来たことに何よりも喜びを感じていた。


「はい!これもライさんのおかげです!!ありがとうござい——」


ドスン!ドスン!!


 その私の言葉をかき消すように、突如後方から地面を踏みつけるような音と地響きが鳴り響く。


 

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