第3話 アパート

 病院を出たのは19時半頃だった。

 わたしは病院から一駅離れたところにあるアパートに住んでいる。

 病院の敷地内には月額1000円と言う破格の看護師寮があるが、少しでも病院から離れたいと言う気持ちもあって、家賃5万8千円するアパートを借りた。

 もっと高い物件も借りられるのだが、遠い将来クラウド入りするのに少しずつ節制している。

 通勤は片道約45分位で、気分転換には丁度良い。

 帰る途中にコンビニに寄って、チキンと酎ハイを買う。

 いつもほぼ同じメニューだ。あれやこれやと食べるものを考えるのも煩わしい。ただ、手術が多かった日はチーズタルトやシュークリームをご褒美として買う事もある。

 コンビニも顔認証が進み、ものを選んで出口で顔認証をすればそれで支払いが完了する。人と会話することなくすんなりと買い物ができるので、仕事の後に言葉を発する気力もない時はとても助かる。


 仕事以外で人と会話することなど、普段はないかもしれない。


 コンビニを出てファストフード店の前に来ると、サンタの帽子をかぶった(かぶせられた?)若い女性が笑顔でチキンを売っていた。

(あぁ、今日くらいはここでチキンを買っても良かったかなぁ)なんて思いつつ、まるで関心のないような素振りをしてその前を過ぎ去った。


 カンカンカン…と安い音がする鉄製の外付けの階段を上り、アパートの鍵を開けた。

1LKの狭い部屋だ。昭和の時代で見た昔ながらの部屋をモチーフにしている。その方がなんだか落ち着くからだ。

電気をつけてコタツに入り、すぐさまプシュッと酎ハイを開ける。

 冬で空気が乾燥しているのもあって、炭酸とレモンの酸味が喉に染みる。

 あぁ、疲れたぁ…。

 コタツの熱で足先がジンジンして温まってくる。あったかい…。ずいぶん体が冷えてたんだなぁとしみじみとコタツのありがたさを感じ、肩まですっぽりと入り込んだ。

 寝転びながらTVをつけると漫才をやっていた。長い一週間が終わって酎ハイ片手にぼーっとする至福のひととき。

 昔は漫才なんてくだらないと上から目線で思っていたが、最近は芸人さんの情熱を感じる事が出来て、笑えるようになった。

 人間の滑稽な様や愚かさを面白おかしく表現して、人を笑わせる。その表現が的確であればある程、笑える。鋭い洞察力と機転が必要だなぁと感心するし、尊敬も感じる。


 年末が近いんだなぁ…。と、思うと実家の両親の事が頭に浮かんだ。

(そろそろ顔出さないとダメかなぁ)と思いつつ、実家にはコタツは怠惰になるから…と言う理由で無いし、漫才なんて下品そのものと言う考え方だ。幼少期を教育チャンネルや教材のビデオなどを見させられて、ピアノ、英会話、塾の掛け持ちで、楽しかった記憶なんて実家にはほとんどない。

 まぁ、父は国家公務員、母は教員と、聞くだけで窮屈になるような肩書きを持つ両親に育てられ、やはり、一挙手一投足をいちいち注意されるような育てられ方をしたせいもあって、実家には出来るだけ近寄りたくなかった。

 実家は長崎で、リニアを使っても3時間はかかる。忙しいのを理由にして3年も帰っていない。

 明日、体裁をつくろう為に電話する事にしてTVを消した。帰省しない理由は何にしようかなぁと思うと、せっかく休日の前の日だっていうのに、すっかり白けてしまった。


 重い体に鞭を打たれて働かされる奴隷の様にのろのろコタツを出て、ユニットバスにお湯を溜めた。湯船につかり目を瞑ると急に睡魔に襲われた。


 夢の中で漂いながら、ニューロクラウドしたら生活の煩わしさも無いんだろうなぁ…。親は泣くだろうか…。なんて思ってしまった。

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