第2話 カンファレンスルーム

 カンファレンスルームについたのは、定刻を少し過ぎた頃だった。

 カンファレンスはもう始まっていて、私たちは出来るだけ背を低くして、重厚な空気を壊さないように息を殺して一番後ろの端の席を確保した。


 来週に行われる予定の手術の最終確認が行われていた。

 壇上にいるのは辻先生だ。

 辻先生は検査科のトップで年は40過ぎくらい、背が高く180cm位の痩せ形で、顔は青白く目鼻立ちが整っている。目が特に印象的で、大きい一重のやや垂れ目。黒目が大きく茶色と緑が混ざったような色をしている。

 静かな瞳の中には寒々とする蛇のようなオーラがあって、睨みつけられたら最後…。全てを見透かされたような完全な敗北感を味わう。辻先生の前では全ての言葉は嘘となり、あとは呑み込まれるだけだ。

 多分、病院関係者で彼の笑った顔や怒った顔を見たことがある人がどのくらいいるのか分からない程だ。街でばったり有名俳優と恋に落ちる確率より低いかもしれない。


(感情ってあるのかな?)


 まぁ、検査科の仕事の内容を考えると、ニューロクラウドされる人にいちいち感情移入しては仕事にならないし、適格な判断が下せなくなるから、むしろ辻先生のような人が適任なのかもしれない。

辻先生はクラウダー適正試験で、最終面接を担当している。


「希望者CとDについて…。」

 静かな、鼻にかかったような重低音。この声は意外と好きだ。


 パラパラっと資料をめくり、希望者Cのところでハッとした。

 …子どもだ…。

 手術室の準備をしている段階から気にはなっていたが、担当(直接介助)じゃなかったのでしっかり読み込んでいなかった。

 通常はこどもはクラウドに入ってこない。

 まだ、精神発達が未熟だし、将来が未知数な分クラウドにどのような影響を及ぼすのか分かっていないからだ。


 希望者C

 10歳男性。

 急性骨髄性白血病で再発を繰り返し、骨髄移植もしたが4度目の再発。IPS骨髄も最終的に癌化してしまい、体力の低下と治療の行き詰まりが見えて来たこともあり、親が強く希望したとのこと。

 本人は親と離れたくないとのことで不安を訴えていたが、母親もクラウドに入る事を決め、母親と同時にクラウド入りすることになった。


 希望者D

 39歳女性。

 希望者Cの母親。

 希望者Cが一人っ子であることもあり、自分もCが居ない世界で生きるよりも、クラウド入りし永遠に共にいる事を決めた。


 希望者E……。


 坦々と辻先生が希望者の背景を読み続けている。

 明日の担当のAとBを聞き損ねたので、資料を読み返してみる。


 希望者A

 64歳女性。

 2人の子育てを育てあげ、孫の誕生も楽しみにしていた。だが、乳がんが発見されステージ4だった事から、治療で苦しみたくないしクラウダーになれば孫と会えるし…と、大抵の患者の平均的な動機でクラウド内でアバターとして生きる事を決定した。でも、私にとってはこの理由っていいのかな?っていつも疑問に感じる部分である。


 希望者B

 24歳男性。

 2年前に事故にあった。

 崩落したビルの壁の下敷きになり昏睡状態だったがこの程覚醒した。

 閉じ込め状態である。

 閉じ込め状態とは、意識はしっかりしているのに意思疎通の方法が眼球運動とまばたきしかできない状態を言う、身体という箱に意識が閉じ込められた状態である。IPS神経移植を受けたが改善せず、恋人からの強い希望があり、クラウド入りすることになった。

(…恋人からって言うのがちょっと厄介だな…)と思った。現世とクラウド内との遠距離?恋愛って成り立つんだろうか…。


 一通り14人の希望者情報が読み上げられ、クラウド入りに反対する意見も出なかったことから、カンファレンスは終了した。

 まぁ、検査科がクラウド入りを決めたものを反対する人はいない。このカンファレンスはいわゆる儀式的な…、こんな背景の人を手術しますよと言う紹介をする事で、その人の人生に敬意を払いましょうという趣旨が強い。


慈旦先生が辻先生のもとに行って、何か話していた。何か気になる事があったんだろうか?

いつもは取り巻きと研修医を引き連れて一番に部屋を出て行くのに…。


 仕事終わりのカンファレンスはもったりとしたのしかかるような重苦しい雰囲気で1日の疲れが余計に噴出するような気がする。毎回毎回、どこかの他人(患者)の人生を重く背負うような窮屈な感情に囚われる。

 カンファレンスルームを出て霧子と別れ、着替えを済ませて病院の外に出ると大きく深呼吸した。


どうも病院の中は空気が薄いように感じて、息苦しい…。

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