Nueroclouder(ニューロクラウダー)
ニューロクラウダー
第1話 黄泉の入り口
私は看護師。
配属は手術室。
ここは無限の世界への入り口、昔で云う「極楽浄土」か「黄泉の世界」か…。
手術を受ければ「あの世行き」。
永遠の世界
ー人間の進化は、ニューロクラウド するためにあるー
「ニューロクラウドしなかったら、どうなるんだろ」と、思わず口から漏れてしまった。たぶん、同じ作業に疲れたんだろう。
毎日同じ事(手術)を繰り返すうちに、自分のしている仕事の意味がわからなくなってしまったみたいだ。
何度も何度も同じ単語を口にしたり同じ漢字を書き続けると、本当にこの字で合っているのか、そもそも漢字の意味すらわからなくなってしまう、いわゆる「ゲシュタルト崩壊」的な現象が、自分にも起こっている。
例えば、空(そら)だ。そら、そら、そら、そら、そら、そら……?
なんで、「そ」と「ら」の組み合わせで「空」なのか、空ってなんなの?本当にこの字で合っているのかしら?「穴」と「工」の組み合わせでなぜ「空」なのか…と言うように。
「何言ってるのよ、いまさら。」
「ニューロクラウドしなかったら死ぬだけよ。死ぬって言うか抹消。
それって、人間にとって本当におしまいじゃない?」と同僚の霧子が言った。
「ここに来る人はみんな抹消されるのが怖いのよ。だからみんなバカみたいに高いお金払ってここに来るんじゃない。」
「だから、やるしかないって事」
「わたしはねぇー、昔の映画を片っ端から見るのとー、クルーザーで世界旅行して、美味しいレストランを食べ歩くんだぁ」と聞いてもいないのに、霧子は自分のクラウド後の事を話し始めた。
「もう、そっちの片付けおわった?」
「そしたら、来週の物品用意しといてー。」「私、滅菌かけてくる」
と霧子が手術室を出て行った。
今日は12人をニューロクラウダーにした。
残された躯体は呼吸はしているが、意識はもうここには無い。もぬけの殻になった躯体は一晩ほどすると息を引き取る。
ー意識は魂だー
ニューロクラウドされた躯体は、普通に亡くなった遺体とはなにかが違う。
遺体には何か恐ろしい畏怖の念を感じるような気がするが、躯体にはなにも感じない。操り人形の糸が切れて床に落ちたような、何か作り物のような…。マネキンのような…。
来週月曜日から繰り返される手術の嵐。
準備をしながら、(そもそも、滅菌かける必要があるの?清潔に手術しなくても良くない?どうせ、身体は要らなくなるんだし…。)と、思いつつ、来週からも行われる手術の準備をし始めた。月曜日は14人だ。
多い…。
この手術室だけで、今週は60人をニューロクラウダーにした。
病院には10の手術室があるから単純計算で今週600人をニューロクラウダーにした事になる。
(こんなにたくさんニューロクラウダーを送り込んで、Heavenはいっぱいにならないだろうか…。)
手慣れた仕事だ。体が勝手に動くようだ。これは考えているって言えるのだろうか?
私は8年前にこの慈旦大学病院に希望して入職した。
世界で最も優秀と言われているニューロサージャンの一人、慈旦那智(ジダンナチ)先生の元で働けると決まった時の感動は、今はすっかり薄れてしまっている。
あの時は、子どもの時から我慢を覚え、努力をし、成績と言う狭い世界で浮き沈みをしてきた自分が全て報われた様に感じた。
この最先端の設備で颯爽と働く自分を想像して、無限の未来が手に入った気持ちであまりの嬉しさに涙をしたものだったのに…。
なのに、今では自分のやっている事を完全に見失ってる。
ただ、ただ、先生の補助をして毎日毎日、グッタリ人間を作って…。
果たして私は何をしているのだろうか?
…。
「七々美、終わった?」
「カンファレンスあるから、早く行こ。月曜は14人だし」
霧子は何も感じないんだろうか。
同期だけど、仕事の付き合いだ。悩み事やお互いの事はほとんど話したことがない。
彼女はなんでも要領良くこなすし、明るく、他のスタッフとも和気あいあいと過ごしている。決して美人と言う訳ではないが、そう見える様に努力しそれが馴染んでいる。わたしから見たら、悩みなんてあるのかしらと羨ましく思う事もある。
この職業は給料が良い。
社会に出て間もない頃から、不自由な思いをしない程の手当てをもらえば、自分の価値を勘違いする者も多い。
霧子も例外ではない。
いわゆるブランド大好き人間。いつも質の良いしつらえの服や鞄を身につけて、月に一度はかかりつけの美容院に行く。
それが自分の価値につながっていると信じている。
物に保証された価値観…。
否定する理由も無いし、だけど、わたしには彼女は刹那的な生き方に囚われている様に思えてならない。生に対する執着がない様にも見える。私とは違うタイプの人間だ。
30歳でクラウド入りするって話してたっけ。
もう、残すところ2年もない。買ったものはどうするんだろう…と余計な心配をしてしまった。物に囚われているのは私かもしれない。
「私、もうアバターも決めてあるんだぁ。今度見せてあげるね。」
「結構、真面目に、そっくりに作っちゃったんだぁ」
「アバターなんて、好きな顔に作ればいいのに、なんでだろうね?」
カンファレンスルームに移動している間に、霧子が言った。
霧子のアバター、ちょっと見てみたい気もする。
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