四、美術評論家
美術館では講演会が行われていた。
講演のタイトルは「シルクロードの陶磁器」とあった。美術館の中庭に設けられた演壇の前に百人程の人が集まっている。演壇の上では高名な美術家がテーブルに並べられた五つの壷を年代順に説明していた。
「このような壷が無傷で現代に残っているとは、正に奇跡であります。皆さんは、かつてシルクロードに栄えたローマやペルシャの王侯が使っていた素晴らしい芸術品を目の当たりにしているのです。どれをとっても素晴らしいですが、特に、このイラン九世紀の壷、黄色地にアラベスク紋と青い鳥が描かれたこの壷が美しい。この壷は恐らく、王の居室を飾っていたのでしょう。或は、女性的な形状からして王妃の居室を飾っていたのかもしれません。悠久の歴史の彼方から、彼らの絢爛として豪華な生活が垣間見えるようではありませんか? これこそ本物だけが持つ美の極致!」
と、その時、震度五を越える地震が美術館を襲った。
幸い怪我人もなく、後でわかったことだが展示品も地震を考慮した展示ケースのおかげで被害はなかった。館長を始め皆、ほっとしたが、唯一、講演会の為に中庭に出していた五つの壷が総て割れた。高名な美術評論家が大きな悲鳴をあげ、頭をかきむしる。
「なんてことだ! この美しい壷が割れるなんて!」
ブーン。
数体のドローンが中庭に降りて来た。
「アフターサービス ノ オ品ヲ オモチシマシタ」
美術評論家が唖然としている中、ドローン達が次々に壷の破片を集めて行く。
「な、何をする? それは修復に必要なんだぞ」
ドローンが機械的な声で応じる。
「ゴ心配ニハ及ビマセン。スペア ヲ オ持チ致シマシタ。コチラノ壷ハ、ナンデモツクッチャウゾー株式会社ガ、オ作リシテ、納品サセテ頂イタ品物デス」
「なんだと! これは、偽物なのか? 責任者はどこだ? どうなっている?」
「オ客様、ゴ安心クダサイ。弊社ノ アフターサービス ハ 万全デス」
五体のドローンが一斉に荷物を開けた。そこから、たったいま割れた壷とまったく同じ壷が出て来たのだ。倒れたテーブルが起され、その上に恭しく乗せられる。
「弊社デ、オ作リシタ商品ニハ 総テ 発信器ガ埋メラレテオリマス。商品ガ損傷シマスト信号ガ弊社ニ送ラレ、タダチニ、同ジ品物ト交換サレマス。コノ サービス ハ 一年間有効デス。オ客様ノ場合、三年間延長サービス ニ 御加入頂イテオリマス。マタノ ゴ利用ヲ オ待チシテオリマス」
ドローン五体から同時に同じ声、同じ抑揚で同じ説明がなされた。終わると同時に五体が飛び上がる。一斉に礼のようなポーズを取ったかと思うと、空の彼方へ消えて行った。
後には割れた壷のかけら一つ、粒一つ残っていなかった。
高名な美術評論家は、美術館館長にくってかかった。
「一体、これはどういう事だね!」
「いえ、その」
「全部、偽物なのか? え! どうなんだ!」
館長が顔から汗を吹き出しながら口ごもる。視線をあらぬ方向へ彷徨わせ、評論家の追求をなんとか逃れようとしている。が、突然何を思ったのか、自身の携帯に向って叫んだ。
「講演を再生しろ! 最後の言葉だ! 再生しろ! スピーカーに流せ」
携帯に搭載された人工知能が瞬時に館長の命令を実行した。美術館の中庭に大音量で講演が再生される。
「……これこそ本物だけが持つ美の極致!」
同じフレーズがリフレインされる。
「……これこそ本物だけが持つ美の極致!」
「やめろ、やめさせろ、すぐに止めないか!」
評論家が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「あんたは偽物と見抜けなかったじゃないか! 何が高名な評論家だ!」
館長が勝ち誇ったように怒鳴り返した。評論家がぐぅっと唇を一文字に引き結ぶ。悔しそうに顔を歪ませる。館長がせせら笑った。にたにたと笑い、エセ評論家なぞ、出て行けと言いかけた時、大人しく聞いていた聴衆の一人が立ち上がった。若い男だ。ジーンズにTシャツを着ている。
「本物は? 本物はどこです? 僕達は本物を見に来たんだ」
「そうよ、本物を出しなさいよ」次々に立ち上がる。
「本物! 本物!」とシュプレヒコールが中庭を満たす。群衆がじりじりと館長を壁際に追いつめた。
「お前達は本物っていうが、今まで、気が付かずに信じてたじゃないか」
「ああ、そうだ。僕らは専門家じゃない。美術館を信用するしかないんだ。美術館が本物と言って展示してたんだぞ。疑うわけがない。あんたは僕達の信頼を裏切ったんだ」
美術館館長は、いまや馬鹿にしていた一般大衆に追いつめられていた。
「ま、待て。聞いてくれ。このレプリカは原子レベルまで、本物と一緒なんだ。唯一、発信器が入っている所が違うが、そこだけなんだ。見た目は全く一緒なんだ。ほとんど本物と言っていい。だから裏切ったわけじゃない」
「でも、レプリカなんでしょう。レプリカならレプリカと言ってみせるなら詐欺じゃない。だが、あんたは本物と言って、本物そっくりな偽物を見せたんだ。立派な詐欺じゃないか。さあ、本物はどこにあるんです。本物を出しなさい」
「ほ、本物はある。ちゃんとあるんだ。私が自宅に保管している。出来心だったんだ」
遠くで「なんですって!」という声がした。コレクターの妻だ。館長はしまったと思ったが、もう遅い。金を返さなければならなくなるだろう。
若い男が更に館長を追求する。
「で、自宅はどこです? この地震でも割れないように保管してあるんですよね」
「も、もちろんだ」
館長の携帯が鳴った。
「待ってくれ、娘からだ。ちょっと、待ってくれ」
携帯の受信ボタンをタップする。可愛らしい女の子の声が響いた。
「パパ! 大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。お前達も無事か?」
「うん、みんな元気よ。ただね」
「ただ、なんだ?」
「おうちがね、地震でスリップしたトラックが突っ込んできて、潰れちゃったの。何もかも屋根の下敷きになっちゃったんですって。ママが泣いてた。でも、ママもおばあちゃんもお兄ちゃんも、みんな元気よ! 生きてるのが一番よね! ね、そう思うでしょ。パパ!」
館長は真っ青になって立ち尽くした。
『天網恢恢疎にして漏らさず』
悪事はいつかバレるもの、罰が下るものである。
(了)
本物は? 青樹加奈 @kana_aoki_01
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