二、コレクターの夫婦

「離婚ですって!」


「ああ、そうだ。君が若い男に入れあげているのは知っている」


「嘘よ。そんな事してないわ」


 夫がテーブルに数枚の写真をばらまいた。


「これでもしらを切るつもりか!」


 そこには、私がスポーツジムのトレーナーに抱き締められている写真があった。


「これは! たまたまよ。向うがたまたま、私がダイエットに成功したって言ったら抱きついてきたのよ」


「は、言い訳ならもっとましな答を用意したらどうだ?」


「あなたこそ、会社の女の子と浮気をしているくせに!」


 ここからは、泥沼だった。私は疲れてしまった。こんな男と同じ屋根の下で暮らせない。


「いいわ、もういい。出て行くわ。こんな家にいられない」


 激しく叫んでいた。


「ここに住めないのは俺の方だ。君の両親の家なんて、前から出て行きたかったんだ」


 夫が作り声で私の口まねをする。


「お母様が生きていた時はこうだった。あれもだめ! これもだめ!」


 彼の眼がぎらぎらと憎しみに燃え上がった。


「もう、うんざりだ!」


 彼は捨て台詞を残して出て行った。

 一体何が悪かったのだろう。この結婚そのものが間違っていたのだろうか。

 結局私達は離婚することに。後は財産をどう分けるかだ。私達には子供がいない。親権を争わないだけましかもしれない。

 弁護士が作った財産目録を見て、私ははっとした。イラン九世紀の壷が載っていない。確かににあれは非合法に手に入れた物。表に出せる代物ではない。夫もわかっているようだった。

 夫の弁護士が手にもったボールペンで手元を叩きながら言う。


「黄色地にアラベスク紋と青い鳥が描かれた壷があるそうですね。なんでも思い出の品だとか。財産的価値はありませんが、ご主人が蚤の市で見つけた品だそうで、ぜひ、引き取りたいと言っています。いかがでしょう?」


「いいえ、あれは主人が見つけたのではなく、私が見つけたのです。譲るつもりはありませんわ」


「何をいう。あれは僕が見つけて値段の交渉をしたんだ」


「いいえ、私よ」


「では奥様は、ゆずる積もりはないのですね」


「ええ、ないわ」


 夫が鼻先で笑い、弁護士に耳打ちした。弁護士が気の毒そうに言う。


「でしたら、家から出て行って頂くことになるのですが」


「はあ? な、何を言うの。あそこは、父が私に残してくれた家じゃない。出て行くのはあなたの方でしょ」


 夫がにやりと笑った。勝利者の顔だ。


「君の親父さんは、僕らがあそこで仲良く暮らすなら、僕のものにしていいと言ってたんだよ。既に土地建物の名義は僕の物になっている。会社社長が自分名義の土地建物がないと銀行に受けが悪いからね。だが、もし、あの壷を僕に譲ってくれるなら、今のまま住んでいいぞ。僕はあの家には住みたくないからね。多少だが家賃は貰うよ」


「ひどい!」


 テーブルをバンッと打って立ち上がる。


「何がひどいんだ。ひどいのは君の方だろう」


 夫に掴み掛かろうとしたら、弁護士から止められた。


「奥さん、ここは一つ、条件を吟味してみてはいかがですか? 次回の打ち合わせは、二週間後ということで」


「いいわ、わかったわ」


 二週間の間になんとかしなければならない。あの美しい壷を夫に渡してなるものですか!

 あの人に壷の美しさがわかる筈がない。彼は金になるかならないかしか考えていないのだから。

 私はツテをたよって、陶磁器のコピーを作れる人物をこっそり探した。

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