本物は?

青樹加奈

一、美術館館長

 目の前に座ってる男を私はまじまじと見た。

 線の細そうな若い男だ。黒ぶちの眼鏡をかけている。頭がいいのだろうか、この男は?

 きっといいのだろう。私の部下、学芸員Pの姿が頭に浮かぶ。


「なんでも作れる機械を作ったのよ。それも凄いけど、分析機が凄いの。分析も作るのもあっという間だったわ。私ね、適当に花瓶を持って行ったの。彼の目の前でそれを割って、破片のコピーを作らせたわけ。出来上がった破片が元の割れた花瓶にはまるかどうか、試したのよ。そしたら、ぴったりはまって!」


 ここでPは目をぐりんと回して驚きを強調。


「もう、びっくり! 彼は天才よ!」


 テレビショッピングの女性キャスターのような甲高い声に煽られ、私はここにいる訳だ。

 私は美術館の館長をしている。部下であるPが上司の私に嘘をつくとは思えない。私は曾祖父が所有していた万年筆を取り出した。


「これのコピーを作ってほしいんだが」


 発明家と呼ばれた男は、万年筆を分析機にかけ、そのデータをナンデモツクッチャウゾー初号機(このふざけた名前は何だ!)にセットした。彼がそういう説明をしてくれたのだ。


「……こちらの機械で分子レベルまで分析します。そして、こちらの機械、ナンデモツクッチャウゾー初号機、ここで笑って下さいよ、ハハハー」


「はははー」


 私は仕方なく笑った。天才となんとかは紙一重だというからな。合わせておいた方がいいだろう。


「十分ほどお待ち下さい。あ、こちらの本物の万年筆をお返ししておきます」


 発明家が私の万年筆を銀色のトレーに入れて差し出した。万年筆を受け取って背広のポケットに入れる。


「どうぞこちらにお掛け下さい。雑誌もありますのでどうぞ!」


 私は礼を言って、ソファで待った。

 チンという音がする。この機械は電子レンジか、と突っ込みたいと思っていたら、発明家が先に言った。


「ふっふっふ、電子レンジみたいでしょ。発明は楽しくやりませんとね、遊び心が大事なんですよ」


 発明家は上機嫌だ。ナンデモツクッチャウゾー初号機の扉が開いた。中に私の万年筆そっくりな物が出来ている。発明家がマジックハンドを使ってそれを取り上げる。透明な容器にそっと移され密閉された。その容器がベルトコンベアーに乗って出て来る。

 私は出来上がった万年筆を手に取ってみた。蓋を取り、分解して見る。元の万年筆にはスポイトの所にかすかにインクの残りカスがついていたが、こちらもまったく同じようについている。


「えーっと、これって全く同じなの?」


「はい、そうです。それがご希望でしたので」


「あ、そう」


 私はスポイトのインクの残りカスをためつすがめつ眺めた。


「だけど、普通、古い万年筆もってきたら、型は同じでも新品同様にするんじゃないの? 何もインクの残りカスまで同じにしなくてもさ。もっと気を利かせてよ」


 発明家が目尻を下げ戸惑った表情をした。先程の得意げな顔はどこへやらだ。


「はあ」


 目尻が下がり、ますます情けない顔になる。いいね、いいね。これでこそ、いたぶり甲斐があるってもんだ。しかし、あんまりいじめると臍を曲げるかもしれない。この辺にしておくか。


「まあ、同じ物を作ってくれと言ったのはこっちだけどさ」


 私は立ち上がった。発明家の技量がわかったので、今日の訪問は良しとしよう。

 これで、あのイラン九世紀の壷、黄色地にアラベスク紋と青い鳥が描かれた壷の複製が作れる。美術館にはコピーを飾っておけばいいのだ。美しい黄色地の上に描かれた素朴な鳥の絵。あれにどれほどの価値があるのか、入場者は知らない。展示物は飾った瞬間から生気を失い、価値は説明文の中に閉じ込められる。大衆にはコピーで十分さ。あれを横流ししよう。美術品は本当にわかってくれるコレクターの手にあってこそだ。そして、俺の懐には大金が入るって寸法さ。これぞ三方良し!

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