少女は狼の夢で踊る5
「告白しなよ。」
「えっ。」
誘宵先生はシンプルな回答を私にストレートで打ち込んだ。
「でも、彼のそばには、ずっといたいんです…。
振った相手とこれまで通りの関係を続けられるなんて、そんな虫のいい話ないじゃないですか。」
「そりゃあ、リスクのない選択肢に出会うことの方が少ないだろう?だから、勝ち得たものに価値が生まれる。」
人は毎日いくつもの選択に直面して、取捨を繰り返している。
そのことは自分もよく理解しているし、実際実践もしている。
ただ、狼牙のことは、今の私にとってとても大きな、判断を間違えれば取り返しのつかない重大な分岐点だ。それ故に、踏ん切りがつかない。
まだ悩み続ける私に、先生は続けた。
「ねぇ、芦野さん。君が怖いのは、間違えた選択をしてしまうこと?」
「…はい。あはは、自分でもそんなんじゃダメだってわかっているんですが、どうしても気持ちを受け取ってもらえなかった時のことを考えると…。」
「なに、そう怖がる必要はないよ。
人生は試験と違って正解不正解なんてないんだから。
ただ、白紙回答で0点だった答案と、一生懸命やれるだけ全部埋めたけど0点だった答案を想像してみて。
2つを死に際に振り返ったとき、きっとやれることをやり切った、後者の方が満たされた気分で往生できると思わないかい?」
そう持論を語る先生の目は、いきいきとして生命力に満ち溢れているように見えた。
「…なんて、僕も全然人のことは言えないから、偉そうには言えないんだけど。
でも、チャンスは明日も明後日も同じように巡ってくるとは限らないし、想いを告げることも抱えることもどっちみち苦しいなら、俺なら、ツーペアでも勝負に出る。」
「…。確かに、そう、ですよね。まず行動しなきゃ何も始まらないし。」
…人生に正解不正解はない、か。
自分の生き方なのだし、突き詰めれば当然のことかもしれないけれど、なんだか勇気の湧いてくる言葉だ。
最初は恋愛相談をするつもりじゃなかったけど…、誘宵先生に話を聞いてもらって、よかったかもしれない。
「それに、こんなに自分を想って悩んでくれる優しい子を振るなんて、それは男としてだめだ。こんないい子をもったいないよ。
君のことをよく理解しているならなおさらね。」
「ちょっと!持ち上げないでください。あーだめだ、先生に気持ちが傾いちゃいそう!」
私は照れくさいのを何とか冗談交じりにごまかす。
さっきから本当にさらりと気障なセリフを言える人だ。慣れない大人の男性からの賛辞に、すぐに舞い上がってしまう。
「いいよ。」
「…へっ?」
「りんごちゃんなら、いいよ。」
下の名前…。
「短い時間だけど、ちょっとビビッときたし。」
誘宵先生は私の頭を優しく撫でた。
「えええええええ!ちょせんせぇ!!」
動揺した私は椅子が倒れるほど勢いよく立ちあがり、後ろにのけぞる。
許されない…、こんな、仮にも教師が、大人の余裕で教え子を弄ぶなんてこと…。
それに、好きな人の事を話した舌の根も乾かないうちに、よりにもよってその相談相手にときめきを覚えている自分自身も…!
が、勘弁してくれないのは先生の方で、夢と同じ、少し意地悪い顔をしながら機嫌良さげにこちらに近づき、グイっと肩を抱かれる。
何なんだろうこれは、何が起こっているの?
全く理解が追い付かない。
…これじゃ夢と…
バンッッッ!!!
突然の大音量の衝撃音にビクッと体が震える。
心臓が破裂しそうになったが、おかげで本来自分と縁遠い空間から我に返ることができた。
振り返り発生源を探ると、狼牙が化学室の扉を掴んで立っていた。
恐らく先ほどの聞き覚えのない音は、力任せに扉を引いたときのものか。
でも…いくら男といっても施錠した扉を無理くり破る程の力って…?
「りんご。」
狼牙が恐ろしい剣幕で私と先生を睨み、部屋の中に踏み入る。
「そいつから、離れろ。」
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