少女は狼の夢で踊る4
放課後。
「失礼します。」
委員会で仕事を急ぎ片付けた私は、先生との約束の、第2化学室の扉を開ける。
「やぁ、待ってたよ。」
校庭を眺めていたのだろうか、誘宵先生は窓際から私を招き入れる。
黄昏に濡れた彼はどこか神秘的で、ここにあってここにない、不思議な雰囲気をまとっていた。
「陽が沈んできたね。やっぱりこのタイミングは君に無理させちゃったか。」
「いえっ、そんな。今日の分の仕事は終わりましたから。
こっちこそすみません、待たせてしまって。」
先生はゆっくり私の方に近づき、ガチッと教室の戸の錠を下した。
密室…。他意はないのかもしれないが、一抹の不安が胸を突く。
「鍵かけるんですか?」
「ああ、一応、使用中だからね。さ、どうぞ。」
緊張しながらも先生が引いてくれた手前の椅子に腰を下ろし、自分と対面になるように椅子を移動させた先生も、優雅な所作で組んだ足の上にカルテを置き、面談の準備を整える。
「さて、化学、進路、悩み、あと僕のこととか。
先生、一応大学で養護保健科の授業も履修してたから、何でも相談してくれて構わないからね。」
「…実は先生が赴任する前、先生が夢に出てきて。」
「…僕が?
なるほど予知夢か。へぇそれはすごいね。」
口調ほど驚きもせず、冷静に長い脚の上のカルテに聞き取った内容を書き込んでいく。
そしてペンを止め、私が二の句を継ぐのを待つ。
「えーと…。
ごめんなさい、特にそれだけで、悩みでは全くないんですけど。
すみません、いきなりそんなことだけ言われてもキモイですよね…。」
言ってどうなるでもない、無意味な会話をしていることに話している間に気づき、恥ずかしくなる。
単純に、先生と話したかっただけといっても、せっかく先生に時間を割いてもらっているのに、もう少し話題を考えてくるべきだった…。
「夢占いの観点では、面識のない美しい男に会う夢は新しい出会いと吉兆を表すそうだよ。」
「へぇ~…そうなんですか。」
先生のフォロー。
そして自分で美しいって言った。
「そう、美しい男と、出会う夢は。」
「そこ念押します!?」
フフフ、と二人で笑いあう。
「うん、やっと笑ってくれたね。浮かない顔よりずっと似合ってるよ。」
容姿補正の乗った破壊力抜群の社交辞令に心音が跳ね、思わず真に受けそうになる。
きっと先生にお似合いの華のある女性ばかりでなく、私のような冴えない子の扱いも心得ているのだろう。
「ありがとうございます、すみませんちょっと緊張してて!
あ、新しい出会いが現実でも誘宵先生と会ったことだとすれば、その出会いそのもの、もしくはそれをきっかけとしたよいことが起こる、かも。
というところでしょうか?」
「夢占いの見地からはね。夢は自分の記憶や心理状態の投影ともいわれるから、もしかすると深層心理では、君は現状を変えたい、新しいことをしたい、と思っているのかもね。
何か心当たりとか、あったりする?」
「あー…その、ああ。
…今気になる人がいるんですけど。」
正直、男の先生に、大して深刻でもない、しかも恋愛の相談をするのはちょっと場違いだとは思う。
でもこの人なら…。
「その子、私の幼馴染で、放っておけないところがあるからついお節介を焼いてしまうんです。
だからそばにいる時間が長いし、それで鬱陶しがられたこともないから、少しは私に気を許してくれてるんだと思ってる…んですが。
出来るなら、もし叶うなら、彼と…付き合いたいんです。
でも断られて、大切な彼との時間が失われてしまう事になったらと想像すると、怖くて勇気が出せなくって。
そんなことになるくらいなら少し辛くても今の関係を守っていきたいですし。
やっぱりこういう時って、ダメもとでも告白した方がいいんでしょうか?」
私はつらつらととりとめのない不安感を吐き出す。
気恥ずかしさもあり俯きがちに口を動かしていたが、いつ顔を上げても、先生は文脈の切れ間で相槌を打って、真剣な顔で私をずっと見つめてくれていて…。
話し終えるとにこりと微笑み…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます