少女は狼の夢で踊る3
「芦野さん。僕に…何か聞きたいことはない?」
誘宵先生が学校に来てから早3日。その機会は意外なほどあっさり訪れた。
文化祭前のこの時期だけ、普段気楽な文化祭実行委員は一時的に作業に追われる。
クラスと委員会の橋渡しのほか、渉外、飾り付け等、分担しても骨の折れる仕事が満載だ。
私も例にもれず、休み時間に、朝届いた大量の軍手や塗料をひとまず倉庫に格納しようとしていたが、段ボール箱2個を抱えた私をみかね、誘宵先生が、親切にも手を貸してくれた。
気遣いに感謝する一方、廊下ですれ違う女生徒たちの冷たい視線が突き刺さり、正直居心地がすこぶる悪い。
そんなこんなで口がなかなか開けずにいたところに、先生の方から願ってもない言葉をもらい、至極面食らった。
「あっ、え?え?え?ど、どうしてですか?」
「あぁ、突然ごめん。芦野さん、どことなく物言いたげに見えたから。」
「…その、お話ししたい、ことはあります。でも、あ、と…えーっとですね…えーっとぉ……。」
言葉選びに迷う。流石に「夢で先生にキスされました」等という電波な妄想を口に出すわけにはいかない。
良い口実がなかなかひねり出せずにいると、
「ここじゃ話しにくいかな。
ねぇ、委員の仕事に追われる時期だと思うけど、…今日の放課後少し時間を設けてくれるかな?
2人で話そう。」
「えっ!いいんですか?」
胸をなでおろした私に、先生は目を細め、クスリと優雅に微笑む。
「もちろん。
先生、6限以降はずっと第2化学室にいるから。待ってるよ。」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
信じられない!まさか先生から気にかけてもらえるなんて。
倉庫の前で先生の背を上機嫌で見送りながら、ふと狼牙のあの言葉が脳裏をよぎる。
『不用意には近づくな。』
…そういえば第2化学室、あそこは3階の一番奥にあり、普段生徒や教員の往来が少ない閑静な場所だ。
そんな場所で2人になってしまって大丈夫なのだろうか…?
いや、でも名目はやましいものでは断じてないし、人気が無いといっても学校なのだから、いざとなればどうとでもなるだろう。
それにこの3日間、先生は多くの女生徒に囲まれている姿を何度も見た。
もし何か良からぬ考えを持っていたとしても、一息つくのも苦労していそうだし、何なら(不謹慎な言い方だが)その親衛隊に狙いを絞った方が絶対に早い。
それに、まだほとんど会話したことはないけれど、なんだか彼はそんなに悪い人のようにも思えない。
うん、大丈夫だ。狼牙には、とりあえず書置きを残しておこう。
――――――――――
「…
先生、6限以降はずっと第2化学室にいるから。待ってるよ。」
破顔し礼を言う教え子に手を振り別れを告げた男は、踵を返すやいなや、スマートフォンを取り出し、誰かに連絡を取る。
その表情は先ほどまでの良き教職者の顔から一転、凍てついた仮面に変わる。
「俺だ。で、どうだ?
…
フン、愚図が。
…
まぁいい、折角『ヤルンヴィド』まで来たんだ。
とにかく…
…
…
あぁ、今日だ。計画に変更はない。
芦野りんごは、必ず喰らう。」
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