第38話 死へのカウントダウン


「うっ……」


 夏も近くなっているのにも関わらず、冷んやりとした空気が漂う空間にいた。硬い地面で横になっていたため、体中が痛む。


 そういえば、どうして僕はここにいるのだろうか。記憶を掘り返してみると、そこには、授業中に突如現れた煙が脳裏を過った。そして、それを吸い込んでしまった瞬間に、僕は深い眠りについたのだ。教室はクーラーをつけていたため密室で、教室から出るという考えに辿り着く前には煙が教室の中を埋め尽くしていた。


 目が覚めた時にはもう、未知の場所で手足を拘束されて、たくさんの電子機器がある四角の小さな部屋にいた。1人の男性が、パソコンの前にある椅子に座っていて、僕が起きたことに気がつき、椅子をこちらへ向けて回転させる。


 ちょび髭で目つきが悪く、脳の奥深くにある嫌な記憶を嘔吐物として引き出させる姿が、そこにはあった。


「目覚めたようだね啓太くん。さぁ、楽しいゲームを始めようじゃないか」


 呆気にとられている僕の目の前で、甲高い笑い声を上げる。僕は、それを見上げることしかできなかった。


「――津久田蒼馬」


 思わず名前を口にしてしまった。彼がどうして、ここにいるのかわからないし、僕がここにいる理由もわからない。しかし、お互いに同じ空間にいることは確かで、僕は彼を恨んでいる。その事実はどうあがいても変わらない。


 僕の持てる限りの力を眼に込めて彼を睨みつけるが、彼はその様子を面白そうに見下ろす。


「おぉ、私のことを覚えていたとは、実に光栄だ。ならば、話が早い。それで、ゲームの内容だが、10分後、君を含めたクラス全員の中の誰か1人を殺す。あ、それと、今、この部屋のやり取り全てが、君のクラスメイトがいる部屋に映し出されているからね」


「ど、どういうことだよ、それ」


 殺すという言葉に僕は怖気付き、震え、弱気になってしまった。


「まぁ、話を聞け。その、死ぬ人はどうやって選んでも構わない。まぁ、自主性が理想だけど、君が選んでも構わない。とにかく、生け贄を1人選ぶんだ。時間内に決められなかった場合、あっちの部屋にいるやつらは爆発音と一緒に粉々になるぞー」


 寝起きであるにも関わらず、たくさんのことを瞬時に理解、推測できた。僕たちのクラスは丸ごと誘拐されたのだろう。犯人は津久田で、彼は僕に死んでほしい。あるいは、罪悪感に苦しむ僕を見たい。どちらにせよ、僕たちを使って遊ぼうとしていることは確実であった。


 他人事のような言い草に怒りを覚えたが、僕たちの命が彼の手のひらにあると考えれば、今の感情を表現できなかった。


 10分以内に1人決める。その考えしかなかった時点で、僕は既に最低最悪の人間︎……いや、人ですらない、ただ自分が生きることにしがみつくだけのでしかない。


 自分が死にたくないのは事実だ。だが、この事件を持ってきた張本人のような存在で、こんな贅沢を言ってもいいのだろうか。ダメに決まっている。ならば、自分が死ぬと、そういえばいいだけだ。


「ぼ、僕が……」


 「死ぬ」なんて言えるはずなかった。どうせ夢もないし、特にやりたいことがあるわけでもないが、生存本能はやけに素直で僕の意思とは真反対の方向に力を加える。よって、力が釣り合って動けなくなったのが、今の状況だ。結局僕は臆病で、勇気も無ければ力も無いのだと、改めて痛感した。


「どうした。ほら、早くしないと全員殺しちゃうよー?」


 自分さえよければそれでいいわけがない。だけど、脳と体が分離してしまい、両者が上手く溶け合ってくれない。停滞すらも許してくれない時間制限の設定によって、焦燥感が増すけど、それは僕の行動になんの影響も与えてくれなかった。


 刻々と時間は過ぎていき、あと3分という警告。


「あー、そうだ。あっちの部屋と会話できるようにするか」


 残り3分で選択肢を増やし、自分が死ぬという選択肢を消去させる言い訳にできるようになってしまった。


「啓太! お願いだ! 俺は選ばないでくれ!」


「私、啓太のこと信用してるから!」


「田中を選べ!」


「そうだ! 田中最近うざいから、田中にしてくれ!」


 みんな口々に自分を選ばないでくれと叫んでいる。自分の命が何よりも愛おしいのは当たり前だ。しかし、いじめじみた言葉が聞こえ、僕は悲しくなってきた。


 1つのいじめを潰しても、いじめは嘘のように平然と日常に紛れているし、無数にある。な僕は雨粒を数えるのに等しいことをしていたのだと気づいた時、絶望という感情を知った気がした。


 命乞いをする声がうるさく感じたらしく、津久田はうるさくしたら殺すぞと脅し、騒ぎを鎮火させた。


「あと1分しかないぞ。どうする?」


「……」


 どうしようもなかった。一切関わったことのない人を殺せば楽だろうか。あるいは、指名されている人を選んで、被害を最小限にするか。死んでもいいと言われているのだから、悲しむ人が少なくなるのではないかと考えた。


「10秒……8、7、6……」


 でも、田中を指名してしまえば、僕もいじめをしたことになる。そんなことしたくない。


「5、4、3……」


 もう優柔不断になっていられない。覚悟を決めて自分が死ぬことを宣言しなければ。


「2、1――」


 決意こそできていないが、最終的に僕は殺されるだろう。そう自分に言い聞かせて、僕は目をゆっくり閉じ、口から深く息を吸い込んだ。

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