第37話 実験台


「そーいえば、借り物競争の時引いた紙、なんて書いてあったの?」


 体育祭も終わり、教室の熱気はどこかへ消え、みんな机に顔が落っこちるほど疲れたらしい。それらを後ろにして、僕と亜子は体育祭の話しをしていた。


「あ、その、あれは……その、友達って書いてあった」


 亜子は恥ずかしそうに目をそらす。他の友達もたくさんいるはずなのに、どうして僕を選んだのか疑問に思ったが、しつこいと思われたくなかったので言及はしなかった。


 休み時間終了のチャイムが鳴り、先生が教室へ入ってきた。次は総合だったっけ。何するんだろうと考えながら席に着いた。


「んじゃあ、総合の授業を始める」


 先生の声に起こされ、机から頭が上がった。ほとんどの人は眠そうな目をこすって、一部の人は頭も上がらないままである。しかし、それらを無視して、先生は話し始める。


「来年度から新しく導入される『飛び級』の話だ。おまえたちが2年生を終了した時点で、優秀な成績を収め、かつ、3年生と同じ、またはそれ以上の学力を持つ者は2年生で卒業でき、高校にも推薦で入れるという制度だ」


 先生は淡々と説明する。そこで、僕は優秀な成績という言葉に引っかかった。おそらく、これはポイントのことだろう。


「今のところ、その制度を受けられる候補は、このクラスに3人いる。関崎友哉、南原亜子、和田啓太。この3名だ。まぁ、引き続き頑張っていけば、他の人たちよりも一足先に就職できる。もちろん、他の人たちも、今から頑張れば大丈夫だ」


 1年早く就職することによって、何が有利になるのかわからなかった。経験? 収入? そんなものよりも、学生生活という貴重な時間の方が大切なのではないのだろうか。


「伝えることは伝えた。次は授業の内容に行くぞ。それぞれ体育祭の感想的なものを書いてもらう」


 そう言って、先生はプリントを配り始める。先生は全員にプリントが行き渡ったのを確認すると、僕と亜子にスタディルームへ来てほしいと言った。僕と亜子は何かしたっけという風に顔を見合わせた。当たり前だが、何かした覚えはない。


 先生についていくように教室から出て、スタディルームにある机の椅子を勧められた。僕たちはその椅子に座り、先生がその向かいに座る。


「単刀直入に言う」


 息を吸う間も躊躇いもない様子で話の本題を切り込む。


「君たちに実験台になってほしい」


「実験台?」


「まぁ、具体的に言うと、君たち2人には飛び級をしてほしい。ただそれだけだ。生活に何らかの支障が出るわけでもないし、実験の内容としては、君たちが飛び級した後の学校生活を観察するだけ。それに、この観察が功を奏したら、今問題になってる謎の死の対策ができるようになるかもしれない」


 謎の死を対策できるかもしれない。これは、僕も望んでいることだし、亜子も協力するに違いない。ならば、僕も協力しなければならないなという使命感を覚えた。


「僕はいいですよ」


「私も」


「おぉ、そうか。じゃあ、今後も成績を落とさないように、頑張ってくれ」


 話はすんなりと終結し、先生も話が長引かなくてよかったという表情を浮かべて教室へ戻った。




***




 僕たちが実験台になる理由はなんなのか考えてみたが、思いつくものは何もない。それに、観察と言っていたが、飛び級しないと得られない情報があるというのだろうか。飛び級する理由はなんなのか。いくら考えても無駄で、亜子も心当たりがないらしい。結局、僕たちは大人の事情に流されることになった。





 時は進み、僕たちは進級した。後輩ができていくらか成長した気分に浸っていると、事件が起きた。それは、にわか雨のように唐突で、現代の技術を駆使しても想定できないものであった。


 数学の授業中、僕たちに背中を向けて黙々と式を解いていく先生と、眠気と戦う生徒たちの何気ない日常が広がっていた……はずだった。たった数秒のうちに、教室から地獄へと連れていかれたのだ。

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