第30話 気づいてしまった
やる気を奪う暑さがやってきたと思えば、夏休みが始まった。夏休みは約1ヶ月あるが、その分宿題も多い。先に終わらせるつもりだったはずなのに、やる気がどこかへ消えてしまった。バイトのせいで、休みという感覚もなかったから余計にしんどい。
「クーラーの温度もっと下げてくれよぉ〜」
ルームメイトの孝が服を前後に揺らしながら叫ぶ。ここ最近資源の枯渇が深刻化してきており、僕たちの住む児童園では節電を心がけているのだ。僕は言葉を発するのが面倒くさいと思うほど、怠かったので、その言葉を無視した。机の上に置いた本を汗がつかないように気をつけて読むのも疲れてきた。
「け〜た〜海行こうぜー」
「海って……電車乗らないと行けないじゃん。電車の中はさらに暑いと思うけど」
「んじゃ、市民プール。こっから近いだろ?」
「勝手に行ってきたらいいじゃん」
僕はあくまでも外に出たくないのだ。もちろん、怠いからという理由だけで。
「1人じゃ寂しいからさ、他のメンバーも誘ってみんなで遊ぼうぜ! 熊雄とか陽路とか真希とか呼んでさ。亜子とかも誘ったら来てくれると思うけどな」
僕は何を想像してしまったのか、急に市民プールへ行きたくなった。遊びたいではなく、見たいという気持ちが抑え切れないほど増幅した。
「まぁ、そこまで言うなら行くか」
「よっしゃ! 早速準備すっか!」
いきなり腹を返したのに、孝は気に留めていない様子だったのでホッとした。
「よーし、行くか――って、今⁉︎」
「当たり前だろ? 思い立ったが吉日って言うじゃねーか」
まだ心の準備(鼻血が出ないように構える)が出来てないのにと思いつつも、準備を始める。
そして、友達の家を回って遊べる人を集めたところ、陽路、大夢、真希、智子、亜子の5人が集まり、合計7人という多人数で市民プールに押しかけることになった。その他のメンバーはタイミングが悪かったらしく、家にいなかった。
「うわぁー、人いっぱいしてるな」
「そりゃあ、夏休みですし」
孝の独り言に智子が反応する。いつものようにメガネを持ち上げ、知的ぶる仕草は誰も見ようとしない。
「着替え終わったらここに集合な」
そう言い残して、孝はさっさと更衣室へ行った。それに続いて陽路も早歩きで向かう。僕と大夢も彼らを追うように更衣室へ入って着替えた。
先に着替えた孝たちは、先に水浴びしてくるから待ち合わせ場所で待っててと言って更衣室から出て行く。
「あいつら、こんな暑さでよくもまぁ、あんなに元気出るよな」
「そういうものだと思うけど。逆に啓太はテンション低すぎると思うけど」
「そ、そうか?」
表面上は平然としているが、内面では、ドキドキワクワクが止まらない。小学校6年の冬ごろまで他人に興味がなかった上に、中学の体育の授業は男女別れて行うので、女子の水着姿を見たことがないのだ。見て何かあるわけではない。ただの自己満足であるが、とにかく見たい。そんな気分なのだ。
目や口が緩んでないかしっかりと確認した上で待ち合わせ場所で女子のメンバーを待っていた。
「あれ、他のメンバーは?」
真希が問いかける。彼女は細くて美しい体を惜しむことなく見せつけて、堂々とした姿勢で立っている。胸はそこまでないが、周囲の男性は必ずと言っていいほど彼女のところで目が止まった。きっと彼女のアイドル的美貌に吸い寄せられたのだろう。
「他は先に行ったよ」
僕は呆気にとられて何も答えられなかった。大夢、ナイスカバーと、心の中で呟く。
「まぁ、男子はそういう生き物ですし」
いつもはメガネをかけている智子がメガネを外すと、とても新鮮に感じられた。メガネの代わりに空気を持ち上げる動作に、思わず吹き出しそうになる。
それにしても、智子の発育状況に対して、鼻血がこんにちはするところであった。まさか、智子がこんな……。うん。想像出来なかった。
体がそろそろ限界であることを訴えるので、これ以上変なことを考えるのはやめようと思った。
「じゃあ、私たちも行こうよ」
真希の後ろに隠れていた少女が呟く。彼女は自分に自信が持てないのか、肩をすくめ、こちらに姿を見せようとしない。
「もう、どうせ遊んでたら見られるんだよ?」
「だ、だってぇ……」
「じゃあわかった」
真希は何か思いついたように少女の方を向いて肩を掴んだ。
「えい!」
真希は少女を軸にして、少女の背後を取った。そして、やっと少女の姿が現れる。
「あっ、ちょっと!」
亜子は恥ずかしげに顔伏せる。僕は彼女のその仕草に魂を持っていかれた。
可愛いな。
「そんなにじっと見ないで……」
「あ、ご、ごめん!」
僕は慌てて目線を外すが、さっきまでの映像が脳にしっかりと焼き付けられており、思い出してしまう。そして、顔が熱くなっていき、太陽よりも熱くなった。どこか遠くへ向かっていく感情が抑えきれなかったのだ。
なんとか、気を取り直し、孝と陽路のいる場所へ行く。泳ぐ速さを競ったり、プールの中で鬼ごっこしたりして遊びまくり、意識がなくなりそうなほど疲れたので、帰ることになった。
帰り道、夕暮れの空を見上げて一つ思うことがあった。しかし、その考えが正しかった場合、僕は、最低な男になるか、苦しみに溺れるか。どちらかになるだろう。だから、その考えは無かったことにして、亜子の横顔を見つめる。
彼女は僕の視線に気づき、どうした? と一言。僕は何でもないと首を横に振った。彼女の、首を傾げる仕草すらも愛おしい。
「楽しかったな、って思っただけ」
「本当に楽しかったね。また来よう!」
心地よい風が街を駆ける。僕はどうしようもないこの感情を、この風に運んでもらえたらなと思った。それと同時に自分が怠惰で、強欲な生物なのだと感じる。
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